戦略の「意思決定」の質 #71
以前の記事で、企業の戦略の失敗について、考えました。その理由として、戦略が「実行されないこと」が問題であると論じました。
企業の戦略は大きく「意思決定」「実行」「評価」の3つのフェーズに分かれますが、前回紹介した「企業の実質90%程度は絶えず戦略実行に失敗している」という研究結果も戦略の実行力不足に原因を求めており、また、いわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Action)のマネジメントサイクルも「実行」以降のオペレーションフェーズに重きが置かれていると思います。
そのため多くの企業がこの実行力不足の問題を解消するために、組織構造を見直したり、評価制度を成果主義に変えたり、リーダーシップやコミュニケーションの能力向上に取り組んだりしています。
一方で、戦略の失敗を考えるにあたっては、「実行」の前段階であるそもそもの「意思決定」の質の問題についても検討する必要があるのではないかと思います。
「実行」のフェーズは主に現場部門が担うケースが多く、目につきやすいこと、それがまた「結果」と結びつきやすいことから、「結果」が伴わないと批判にさらされ、戦略失敗の責任を負わされるケースが多くなりがちです。それに対して「意思決定」は、「評価」との時間的距離感が遠く、「結果」との関係性が分かりづらいため、その巧拙が顕在化しにくいという特徴があります。
しかしながら、戦略の失敗には、本来「意思決定」の精度も大いに関係していると思われます。前回指摘した「戦略が総花的になっている」という点も「意思決定」の問題の範疇になると思います。
したがって、企業経営の質を高めるためには、戦略の「評価」フェーズにおいて、戦略の失敗が「実行」フェーズにあったのか、「意思決定」フェーズにあったのかを見極めることは非常に重要であると思います。
企業経営における戦略の意思決定は、マネジメントレベルで行われることが一般的であり、「組織決定」を優先して、決まったことは皆でやり切ろうという意識が組織内に働くため、戦略の失敗における「意思決定」の責任問題は棚上げにされがちです。しかしながら、実際、「意思決定」そのものに問題があるケースも顕在化していないだけで往々にしてあると思います。
なお、ここでいう「意思決定」に問題があるケースとしては、戦略の方向性がその会社の経営理念やビジョンと明らかに異なっていたり、その企業のリソースから実現性が明らかに伴っていなかったり、外部環境から明らかに参入すべきでない市場に参入したりする場合などが挙げられると思います。
このようなケースは「チャレンジ」という言葉で誤魔化される場合も多く、実際批判しづらい状況が生まれがちです。もちろん「チャレンジ」自体は否定されるべきではないですが、本当にそれを「チャレンジ」と呼んでいいのかどうかは冷静な判断が必要になります。
ところで、組織の中で「意思決定」の質をシビアに見ている者は意外に多いと言われます。
特に部下は上司や経営陣の行動結果や「意思決定」の巧拙に注目していると言われ、
上司の指示を「やり過ごす」部下は6割を超える(東京大学大学院経済学研究科の高橋伸夫教授)
という研究結果もあるようです。
そして、
組織の中における「やり過ごし」には、仕事の過大負荷や上司の低信頼性に対処して、組織的な破綻を回避するという注目すべき機能がある(小林康夫・船曳建夫著「知の技法」東京大学出版会)
との指摘もなされています。
この戦略の失敗における「意思決定」の質の問題は、実行力不足の問題と共に企業組織が対処していかなければならない重要な点であり、企業経営の質を高めるという観点からは、もっと意識される必要があります。
参考・引用:「定量分析実践講座―ケースで学ぶ意思決定の手法」深澤英弘著(ファーストプレス)