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【小ネタ】貨幣成長と人は云うけれど.....

 たまにtwitterの経済クラスタで見かける「貨幣成長が大事」という言葉。この「貨幣成長」という言葉はどうもしっくりこなかったので、彼らの参照元だと思われるグレゴリー・マンキューの教科書で貨幣成長について確認してみた。

 貨幣成長は、『マンキュー マクロ経済学Ⅰ入門編』の第5章 「インフレーション:原因と影響と社会コスト」にある「インフレーションと貨幣成長」というコラム(P.154~P.157)で取り上げられている。マンキューは、このコラムで、フリードマン=シュワルツの貨幣史の研究を参考にしており、アメリカ、日本のインフレ率と貨幣(マネーサプライ)の長期データとインフレーションとマネーサプライ成長率の国際比較データを挙げている。マンキューは、「貨幣成長とインフレとの相関の高さ」から長期的には貨幣数量説が正しいということを示したいようだ。経済クラスタの「貨幣成長が大事」というのは、日本経済をインフレ的するには、マネーサプライを増やせという意味で言われているのであろう。

 私見では、マンキューの「貨幣成長」論には以下の3つの仮定条件が暗黙のうちに置かれていると思われる。

1 又貸し説

 第4章「貨幣システム:どのようなものでどのように機能するか」の4-3では、中央銀行が供給したベースマネーを市中銀行が民間企業に貸し出す又貸し説が正しいものとして書かれており、マネーサプライ量はベースマネー量に比例し、ベースマネーに貨幣乗数を掛けた分だけマネーアプライが増加するとする。(P.130~P.137) 

 内生的貨幣供給論を学んだ人なら周知であるが、ベースマネーはマネーサプライが発生した後で事後的に必要になるものである。ベースマネーがマネーサプライに先行しているわけではないし、中央銀行は受動的にベースマネーを供給しているに過ぎない。また、貨幣乗数というのは、事後的にマネーサプライをベースマネーで割った数字に過ぎない。(イングランド銀行の金融政策委員会のメンバーであったチャールズ・グッドハートは貨幣乗数論を批判し、貨幣乗数は単なる恒等式を示してるにすぎないと主張している)

1 マネーサプライはマネタリーベースに比例する。したがって、マネタリーベースの増加は、マネーサプライの同率の増加をもたらす
2 準備・預金比率が低いほど、銀行は多く貸し出すので、準備額に対して銀行が創造する貨幣額も大きくなる。つまり、準備・預金比率の低下は、貨幣乗数を高め、マネーサプライを増加させる。
3 現金・預金比率が低いほど、マネタリーベースのなかで人々が現金通貨として保有する部分は小さくなり、銀行が準備として保有する部分が大きくなるので、銀行が創造できる貨幣も増加する。つまり、現金・預金比率の低下は、貨幣乗数を高め、マネーサプライを増加させる。
(マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編[第4版], P.133)

2 「中央銀行は概ねマネーサプライを操作できる」という仮定

 マンキューは中央銀行は、「マネーサプライを完全にコントロール」できないとしているが、中央銀行は「マネーサプライに影響を与える大きな力」を有しているとしている。(P.138) 中央銀行は概ねマネーサプライを操作できるとしているが、多くの金融論の教科書で書かれているように、現代の中央銀行の金融政策の波及メカニズムは、「政策手段→操作目標→中間目標→最終目標」と段階別であり、マネーサプライは飽くまで中間目標である。利子率という細いチャンネルでマネーサプライを飽くまで間接的に操作可能(かも)としているのであって、中央銀行は直接マネーサプライを操作しているわけではない。

3 「貨幣数量説は正しく、マネーサプライが物価を決定するという」お噺

 第5章「インフレーション:原因と影響と社会的コスト」の5-1では、貨幣数量説が扱われている。(P.149~P.154)  貨幣数量説の式(MV=PT)を国民所得勘定を考慮して、以下の数量方程式が導かれている。(P.151)

MV=PY (M:貨幣量, V:貨幣の所得流通速度, P:物価, Y:実質GDP)

 流通速度Vを一定として、名目GDP(PY)の変化は、貨幣量(M)の変化に比例するとしている。


 マンキューは「生産の名目価額PYは、中央銀行が決定するマネーサプライMによって決まる。このことは数量方程式と流通速度一定の仮定から導かれる」(P.153)とし、M→PYという因果関係を見ている。

この理論は、中央銀行がマネーサプライを変化させると何が生じるかを説明してくれる。流通速度Vは変化しないので、マネーサプライMの変化に比例して生産の名目総額PYが変化する。一方、総生産量Yは生産要素と生産関数から決まるので、生産の名目総額PYが変化するのは物価水準Pが変化したときに限られる。つまり貨幣数量説によれば、物価水準はマネーサプライに比例することになる。(中略)したがって、貨幣数量説は、マネーサプライを管理する中央銀行が、インフレ率に関しても最終的なコントロール能力をもっていると主張するのである。中央銀行がマネーサプライを安定的に保ってさえいれば、物価水準は安定する。中央銀行がマネーサプライを急速に増大させれば、物価水準も急速に高騰してしまう。(P.154)

 マンキューは、M→PYという因果関係を見出しているが、これは正しいのであろうか? ポストケインジアンのジェームズ・K・ガルブレイスによる教科書『現代マクロ経済学』の貨幣数量説についての記述をまとめると以下のようになる。(P.351~P.352)

 ガルブレイスによれば、マネタリストは、中央銀行が創造すべきマネーサプライを決定し、労働市場が完全雇用と整合的な実質賃金の水準を決める。物価は中央銀行が創造することにしたマネーサプライのもとで、完全雇用の実質賃金と整合的な水準に落ち着くはずであるとする。

 一方、ポストケインジアンは、中央銀行はマネーサプライをコントロールしないだけでなく、マネーサプライは物価水準も動かさないと考える。ポストケインジアンによれば、物価の大部分は生産の貨幣費用に基づき、生産者は中間財の過去の価格と労働の賃金である貨幣費用に慣習的なマークアップを付加する。マークアップは、さまざまな市場の条件(独占度)を反映して生産物や産業で異なるが、長期的には多かれ少なかれ安定する傾向があるとする。

Pt=(1+μ)Ct-1
 (Pt : t期における価格, μ:マークアップ, Ct-1 : 直前の期の費用)

 マネタリストが、交換方程式 MV=PYの因果関係をMからPに左から右に向かう因果関係(M→P)を見ているのに対して、ポストケインジアンは、右から左(PY→M)にほとんどが向かう因果関係を見ている。ポストケインジアンは、期待などを通じて機能し、貨幣の増加率の縮小が直接にインフレの減速を齎すような市場のメカニズムは存在しないと主張している。(P.352) 個人的には、ポストケインジアンの「M←PY」という因果関係が正しいと思う。

結論

マンキューの「貨幣成長」概念は、それが置かれている仮定条件が非常に怪しい。「貨幣成長が大事」と、ことさら騒ぎ立てるものではないと思う。「貨幣成長は大事」という人々は、マネタリストの夢をもう一度なのであろうか? マンキュー流の貨幣成長という概念は、やはりよくわからないものである。


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