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『前触れ』(超短編小説)
「ゆうじ、あんたに手紙きてるわよ」
「ありがと。誰からだろ」
封筒に書かれていたのは宛先だけで、差出人の名前はどこにも書かれていなかった。書き忘れたのかな?なんて思いつつ封を切る。
中には丁寧に折りたたまれた便せんが一枚入っていた。開いてみたら何も書かれていなかった。ただ、人間の指紋と思われる跡が紙の隅っこにあった。ちょっと気味が悪かった。
まさかその手紙が、これから自分の身に起こる、常識では考えられないような、世の中の理屈では到底説明できないような奇妙な事件の前触れになるなんて考えもしなかったし、実際そうならなかった。
・・・単なるクラスメイトのいたずらだった。
「おい、子供みたいな、いたずらはやめろ」
学校でクラスメイトの山田を問いつめたらすぐに認めた。山田いわく、その手紙を出したきっかけは、学校の図書室にあった「ミステリー大百科」に載っていた話だったという。僕を驚かせてやろうという出来心でやったらしい。こういうことをするのはオカルト好きな山田しかいないのだ。
ただ、山田がひとつ気になることを言っていた。その手紙にはちゃんと文字を書いていたというのだ。そんなはずはない、白紙だったはずだ。
その時、山田がちょっとしたいたずら心から出した手紙が、まさか、家族や学校の先生や友達やマスコミや霊能者を巻き込んだ大騒動に発展していく引きがねになるなんて誰も到底想像しなかったし、実際にそんな騒動にはならなかった。
・・・気のきいた文章が思い浮かばなかっただけだった。後で山田が白状した。
山田に何か仕返しをしてやろうと思った。俺もあいつを驚かせてやりたい。いい方法はないかと考え始めた。どうせやるなら、タチの悪いいたずらをしてやろう。なんかのドラマじゃないけど、倍返しだ。
数日後、「観たら呪われるDVD」を山田宛に送りつけた。もちろん差出人不明の封筒に入れて。郵便ポストの前で、ビビっている山田が思い浮かんで、ほくそ笑んだ。
翌週の月曜日、山田は学校を休んだ。山田から連絡がないらしく、午前中に先生が自宅に電話してもつながらなかったらしい。山田の青ざめた顔を拝みたかったのに。まあ、体調でも崩したんだろう、仕方ない。
しかし、火曜日になっても水曜日になっても山田は学校に来なかった。まさか、あのDVDのせいだろうか。
結局、僕が送りつけたDVDが到着したであろうタイミングから、山田は学校に来なくなり、山田の家に行ってインターフォンを慣らしても家族すら誰も出てこず、警察が家のドアをこじ開けて家の中に入っても誰もおらず、夜逃げしたような形跡もなく、神隠しのように山田は消えてしまったのであった、というような展開にはならなかった。
・・・翌週に山田は普通に学校に来た。
風邪をひいていたらしい。先生にも伝えていたらしく僕が知らなかっただけだった。ちなみにDVDは観たらしい。驚かすつもりが喜んでいた。そうだった。山田はオカルト好きだった。
現実は、映画や小説のようにはならない。洒落た伏線も、わかりやすい前触れも、予定調和も、ドラマティックな展開もほぼない。そう、僕たちの人生には、読者も、視聴者もいないのだ。
(了)
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