『ドラマをみる女』(短編小説)
「あんた、彼氏と寄りもどしたらしいじゃん」
「うん」
「これで何回目? 」
「4回目かな」
「まあ、あんたが幸せならそれでいいんだけどさ。くっついたり離れたり・・・そのたびに新しい男友達を紹介してる私の身にもなってよね」
「ごめん。でも私たち戻らなきゃいけないって思ったんだ」
「もう別れるなよ」
「私ね、彼がいなくなって気づいたの。逆らっちゃいけない運命ってあるんだって」
「へえー。ふーん」
ソファに横たわる妻は、煎餅をばりばり噛み砕きながら、気怠い表情でテレビをみている。今話題の恋愛ドラマである。
「・・・わかるわー」
小指で鼻をほじりながら、ぼそっとつぶやいた。その言葉を聞いて、僕は「運命のくだり? 」と返した。
「ちげーよ。めんどくせー女の話を聞かされるこの友達の気持ちだよ」
「あっ、そっちか」
「つーかさ、運命とか自分に都合のいいことばっか言って辻褄合わせてんじゃねえよって感じ。こういう女は自分中心に世界がまわってると思ってんだ」
妻は尻をぼりぼり掻きながらちょっとドスのきいた声で毒を吐いた。顎のあたりには煎餅のかすがついていて、今にも落ちそうだった。
*
翌日も、妻はドラマをみていた。また恋愛ものだ。
「皆川先輩ってぇ、彼氏とかいないんですかぁ〜」
「いないけど」
「えーっ、絶対にいそうだと思ってたのにぃ〜」
「いそう? 」
「真面目そぉだし、真面目そぉな彼氏がいそうかと・・・」
「あんたねぇ・・・ 」
「あ・・・そういう意味じゃないんですぅ。私はそんな先輩のこと大好きですよぉ〜」
「どういう意味だよ」
「けっ、しょーもな」
いつものごとくテレビ画面に向かって文句を吐き捨てる妻の顔は白いパックで覆われていて、その表情は薄暗い部屋の中でいっそう不気味さを増した。
僕は、そんな妻が意外と嫌いではなかった。その飾り気のなさとサバサバした性格に惚れて、彼女と一緒になったのだ。
「何がしょうもないの? 」
「この後輩女さあ、ぜってー性格悪いだろ」
「どのへんが? 」
「よくいるんだよ。相手を傷つけるようなことを抜かした後に、最後に『でも私そういうところが好きなんですう〜』って言ってバランスとる女」
妻はものまねの部分だけ表情と声色を変えて大袈裟に演技をした。
「こういう女はね、わかっててやってるからタチが悪い」
「なるほどね」
「あー、イライラしてきたわ。ちょ、冷蔵庫からビールとって」
「あ、はい」
僕はキンキンに冷えた缶ビールとグラスを妻に差し出した。
「サンキュー」
「なんかさ、機嫌があれだし・・・チャンネル変えない? 」
「・・・あっ変えないで」
このやりとりはもう何度目だろう。なんだかんだ言っても、妻はドラマに出てくる虚構の女たちに文句をぶーぶー言いながらボケーッとする時間を楽しんでいるのだ。そんな妻の生態を観察しながら一緒にテレビをみるのが僕の趣味である。
とはいえ、時折、テレビと離れた妻も観察したくなる。
「なあ。明日は焼き肉でも行かない?」
(了)
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