第3回:(コラム)銀行の「稟議文化」を理解する 新任財務担当者のための銀行対応マニュアル
こんにちは。
T&Aフィナンシャルマネジメントのさいとうです。
本連載は、某メガバンクで8年程度法人担当として融資取引の経験を積んだ筆者が、企業の財務担当者に新たに就いた方、または相応の銀行対応経験がありながらも、イマイチ銀行とのやり取りについてわからないことが多いと感じられている財務担当者や中堅中小企業経営者などに向けて、「銀行対応」のイロハについてお話します。
今回は銀行特有の「稟議文化」についてご説明します。
そもそも「稟議」の読み方もアヤシイ方もいるかもしれませんが、「稟議」は「りんぎ」と読み、主に業歴の長い会社や大企業などの重層的な意思決定構造が色濃く残っている会社に存在し、意思決定ラインによって定められた権限の範囲内で、最終権限者に「これやっていいですか?」とお伺いを立てることです。
例えば、1,000万円の設備を購入する際、サラリーマンヒエラルキーの中で部長が2,000万円までの設備購入の権限を持っていたとします。
その場合、担当者は稟議書を書いて、自分→主任→係長→課長→部長と稟議を回してゆき、最終決裁者である部長のハンコをもらうことでこの設備を購入できるというプロセスが行われます。
銀行はまさに「稟議文化」ともいえる、神聖不可侵な厳格な文化をもっています。
自分に権限のないことを行うことを「権限違反」といいますが、どこの会社でも権限違反はよくないですが、特に銀行においては権限違反はご法度中のご法度であり、必ず何をするにも稟議をしなくてはなりません。
言葉の使い方ですが、組織によっても様々ですが、以下の用法が一般的かと思います。
「稟議する」
…何かしてよいですか?とお伺いたてること
「稟議書」
…稟議の形式要件として必要な書類のこと
「稟議決裁」
…稟議書に最終権限者のハンコが押され、稟議された提案が了承されること
「稟議を通す」
…稟議決裁を受けるために行動すること
銀行と対峙するためには、銀行の本質的な「体質」を理解する必要があります。
先にも言いました通り、銀行の本質的な「体質」はまさに「稟議文化」です。
そのような稟議によって代表される、ピラミッド型の意思決定体質を理解することが、銀行対応において最も重要だといえます。
本記事を読んで、銀行の稟議文化というものを理解していただき、それを前提に銀行取引に当たってみてください。
≪T&Aフィナンシャルマネジメント≫
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稟議ってなんだろう?
稟議とは先ほどもご説明したとおり、意思決定ラインによって定められた権限の範囲内で、最終権限者に「これやっていいですか?」とお伺いを立てることです。
その書面のことを稟議書と呼びます。
銀行では厳格に個々のポジションによる「権限」が定められており、自分の権限を超える意思決定は絶対に許されません。
例えば1,000万円の融資であれば支店長の権限で対応可能でも、1億円の融資となると、本部の審査部の稟議決裁が必要であったりと、権限規程が明確に定められています。
従って、一般的に顧客を担当するのは肩書がない方であったり、「課長代理」などといった肩書を持つ「担当者」であり、支店でも、本部でも最終意思決定をできる人物ではありません。
我々は彼ら担当者=銀行だと思って取引の依頼をしたりするわけですが、彼ら担当者はお客様から何かを依頼された場合、銀行の中で権限規程に従って稟議をし、それが決裁されることでお客様にサービスを提供することができるようになります。
言い換えれば、稟議を通さないと、どんな優秀な担当者がついてくれていたとしても銀行の何のサービスも受けることができないということです。
銀行にはベンチャー企業や中堅中小企業のような、社長への「口頭確認」のようなスピーディな意思決定は絶対になされず、稟議した内容を稟議書に書き、ハンコ欄にラインの権限者のハンコがズラっと押され、最終権限者のハンコが押されてはじめて意思決定したことになります。
余談ですが、私が銀行員時代、ある10億円程度の融資案件を担当しました。
その際に自分が書いた稟議に押されたハンコの数は、優にズラっと10個は超え、とっても壮観だと思った記憶があります(笑)。
銀行対応のカギは、担当者の稟議のお手伝いをしてあげること
そんな稟議文化が色濃く残る銀行の対応のポイントは、自社を担当している担当者の稟議のお手伝いをしてあげることだといえます。
例えば、自社工場建設のための1億円の融資を申し込んだとします。
銀行員でなければ銀行内部のことは理解しづらいですが、単に「ウチの財務内容は良好なんだから、1億円くらいパッと貸してくれるよね?」のような姿勢では、担当者は稟議を通すことはできません。
どんなに優良企業への融資であっても、稟議の決裁を受けないと融資をすることはできませんし、稟議するからには諸々の検討材料が必要です。
従って、融資申し込みに際しては、ただ「貸して!」というだけではなく、銀行員が稟議に必要な検討ポイントを理解し、その検討に必要な書類などをしっかりと準備してあげることで、スピーディな意思決定を受けることができます。
融資を受ける際の検討ポイントなどについては本連載の別の回でご説明しますが、よく企業の経営者の方から、「うちは長年●●銀行と取引して、預金も億単位で置いてあげていて、かつ財務内容も悪くないと思うのに、この間融資を申し込んだ時、すごい時間がかかって驚いたよ。●●銀行はウチと取引したくないのかな?」といった声を聞くことがあります。
これは、銀行が取引先と取引をしたくないという理由というよりは、銀行担当者が案件を検討し、そして稟議するための十分な情報をしっかりと提供できていなかったことに起因している可能性があります。
当然、融資検討に必要な書類を一覧化し、お客様に提供を効率的に要請するのがデキる銀行担当者なのですが、そういったデキる銀行担当者ばかりではない状況においては、お客様の側から必要な資料や情報を先行して銀行に提供し、担当者の稟議のお手伝いをしてあげることが好条件かつスピーディなサービスを受けるポイントとなると思われます。
まとめ
銀行というと、「固い」や「杓子定規」といった印象を持たれている方も多いかと思います。
それは、稟議に代表されるような厳格な権限ピラミッドが存在し、銀行員一人では何も決められないという体質に起因しているものとも考えられます。
銀行はその社会的な存在から、金融庁をはじめとする監督官庁の規制を厳しく受けており、公正な運営を行うために、厳格な規則に縛られている業種です。
確かに、「貸して!」とお客様から言われて、担当者の一存で「はい!貸します!」みたいな金融機関は、間違いなく不正の温床となり、不祥事が起きてしまいそうなので、このような厳格な規則があることは納得的です。
今回申し上げたかったことは、今後銀行と対峙する際には、銀行の独特ともいえる稟議文化をしっかりと理解し、そのような環境にいる銀行員の志向プロセスや意思決定プロセスの中で十分に自社にとってメリットのあるサービスをうけるためには、担当者の稟議のお手伝いをしてあげることが必要、ということを理解すべきということです。
なんでお客様である我々がサービス提供する側である銀行員のお手伝いをしなくちゃいけないの?と疑問に思われる方もいるかもしれません。
ただ、銀行は企業経営において絶対必要なヒト・モノ・カネのうち、生命線であるカネをもっている(というか、貸し出すことができる)機関です。
従って、そのような生命線をしっかりと確保するためにも、銀行取引においては一歩譲歩して、自社にとって有利に経営を進めるためには何が必要か?という視点で対応するように心がけてみてはいかがでしょうか。
【新任財務担当者のための銀行対応マニュアル】
第1回:銀行対応の全体像
第2回:銀行対応の一連の流れ
第3回:(コラム)銀行の「稟議文化」を理解する
第4回:(コラム)銀行員の「来年検討します」は信用できるのか?
第5回:融資取引の開始
第6回:資金使途ってなんだろう?
第7回:運転資金借入をしてみよう
第8回:設備資金借入をしてみよう
第9回:その他資金使途借入をしてみよう
第10回: 制度融資(信用保証協会保証付融資)を理解する
第11回:担保について理解する
第12回:融資以外の取引(内為・外為・預金など)
第13回:ビジネスマッチングなど、銀行を使い倒せ!
第14回:個人取引について知る
第15回 まとめ