小説『同窓会』1
《 残念なオスカル 》
~ 雨宮 翼 ~
お、い、か、け、て、あなたのぉこ~こ~ろ~♪…
こい、は、もうもくっ、めかっくしっ、はずし~たぁら~
「くるっと回って…」
ふ、り、むいてぇ~
「あぁ、いつもココがうまくいかない。ふ、り、むいてぇ~」
きゃはははっは・・・・
下校途中のいつもの風景。仲良し3人組は身振り手振りをまじえながら時折立ち止まり、決めのポーズをしてはまた歩き出す。当時はやりの『魔法のドレスメーカー/リアルボビン』のオープニングテーマを歌いながら帰るのが日課だった。
「つーちゃんはなんでも上手だねー」
「そんなぁ。毎日テレビの前で練習だよー。おかげでお母さんがカンカンだよ『テレビばっかり見てないで宿題やりなさーい!』って」
鬼の角のように両人差し指を突き出し、眉間にしわを寄せて自分の母親の口真似をして見せる。
「あははは…。似てる~つーちゃんママー」
「ねぇねぇ。つーちゃんはさ、大きくなったらなにになりたい?」
「わたしはねぇ…ボビンちゃんみたいな針と糸でなんでもつくろえちゃう魔女っ子になりたいなぁ…」
物まねが大好きな翼は、いつもクラスのアイドルだった。
「魔女っ子はムリだよ~」
「でもさ、でもさ。人と人とのつながりとか、夢とか、未来とか、あんな風にチクチクチク~って結び付けられちゃうなんてすっごくない?」
くるりとふたりを振り返る。
「でも、魔法なんて嘘じゃーん」
「そうだけど。じゃぁねぇ、ボビンちゃんみたいに歌って踊れる歌のお姉さんになりたい」
「え~そこはデザイナーじゃないのぉ?」
「あーそうだったかもー」
きゃはははっは・・・・
小学部時代、大声で大合唱しながら下校を共にしていた友人たちは、中等部に進学する春休みを境に「しゃなり、しゃなり…」とお姉さんのふりをするようになっていた。
〈つーちゃんは変わらないねぇ…〉
〈つーちゃんはいつまでも無邪気でかわいいね〉
〈つーちゃんだけはそのまま変わらずにいてよ〉
まわりの空気に溶け込めずに落ち込んでいる学友(じぶん)相手に、上司の肩たたきよろしく通りすがりの心無い言葉たちが、より一層孤独にさせたことを覚えている。
(なにそれ…なんで? どうしてみんなはそうなの? 無邪気ってなに?)
中等部になると別人のように、クラスメイトは休み時間に校庭に出て遊ばなくなった。
縄跳びしたりゴム飛びしたり、一緒に『魔法少女』ごっこをしていた友人たちは、制服が変わると同時に前日のアニメやバラエティー番組の話ではなく、流行のファッションやアイドルの話に夢中になり、突然教室の隅でコソコソと内緒話をするようになっていた。
(どうして…知らない人みたいな顔するの…?)
無邪気が罪なのか、単なる思春期の個体差の問題なのか、だがそんなことは現実を生きる当事者にとってうまく辻褄を合わせられるはずもなかった。
〈部活はどうする? 運動部? 文芸部?〉
〈あたしは塾があるから…無難にサボれるところがいいな〉
〈いつまでも子どもみたいに遊べないよねぇ…〉
物まねをして変顔したり、変な動きをしておどけてみたり、廊下やベランダで歌って踊って、失敗したら大声でゲラゲラと笑いあっていた友人たちは、突然ブラジャーをするようになってオーバーリアクションも少なく、くすくすと口元だけで笑うようになっていく。
・・・・ダンス部じゃないの?
・・・・コーラス部じゃなかったの?
(みんな、全然、言ってたことと違うことしてるじゃん…)
高等部に進学する頃には、派閥のようなさまざまなグループができ、朝の教室はアイドルの話に加え、気になる男の子やファッション雑誌、コスメの話で盛り上がっていた。トイレで一緒に集える友だちが一番の親友のような、そんな世界。
・・・・女子高ってつまらない。
みんなで「よーい、どん!」…って「お姉さんになりましょう」って…?
(そんな約束…?)
・・・・いつ決めたの?
・・・・あたしが乗り遅れたの?
・・・・空気読めなかった?
「そんなにすぐ、お姉さんの振りなんてできないよっ!」
まわりについていけなくなった翼は、どんどんと口数が少なくなり、授業が終わっても友だちが机のまわりに集まってくることもなく、自動的に机から立ち上がることができなくなっていった。そうして、読書が唯一の趣味となり、ひとりでお弁当を食べていても平気な生活に慣れていく。
翼の家は当時、そこそこに大きなクリーニング店だった。多くはビジネスホテルのリネン類を扱っており、従業員もたくさん抱えていた。だが、翼が高校に入学して間もなく父親が店の女子社員と蒸発、母親は気丈にも仕事を切り盛りしていたが、身内に騙され会社の権利を奪われて自殺未遂。一命は取り留めたものの記憶障害となり、今に至る。
路頭に迷うとはこういうことか…と、10代の翼は大人の事情に翻弄され無理矢理大人にならざるを得なくなった。
突然の不幸が、それまでの翼の生活を一変した。
なんで? 家族を残して蒸発とか、考えられない!
なんで? 子どもがいるのに自殺とか、無責任すぎる!
オトナは汚い・・・・
そんな現状を耳にしても翼に気を遣う友人は周りにはいなくなっていた。そうして、高校での翼の立ち位置は決まった。根暗で、名前負けした「飛びたつ要素のない地味な子」…いつしかそれは『残念なオスカル』という異名を持つようになる。
ずっと夢みていた憧れの『オスカル』。でも、残念な…。
小学部のころから憧れていた『オスカル』の仲間入りができたというのに…!
かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。
創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲(みかど あきら)〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。
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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します