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「恋愛体質」第4話
恋愛体質:BBQ
『尭彦と雅水』
寺井尭彦・次期社長、現会社員。境遇以外いいひとを絵に描いたような凡人
古河 雅水・小学校教諭。こと恋愛に関しては常に前傾姿勢
1.defenseless
「手慣れてますね~」
BBQが始まってからこっち、焼き網の前から離れられなかった尭彦に、掛けられる言葉といえばそれくらいしかなかった。
「いつもやらされてるんだ」
器用に肉を返しながら、それが「役割」とばかりに答える。
「いつも?」
「下っ端だから」
ははは……と空笑いをするのは彼の癖なのか、今日はずっとその顔がついて離れないのが気がかりだった。
「ふぅん。進んでやってるんじゃなくて?」
なんだか雅水は、その笑顔に意地悪してみたくなった。
「その笑い、辞めた方がいいですよ」
意外に長身の彼を上目遣いに見ながら、お坊ちゃん育ちのわりには筋肉質であることを値踏みする。彼に会うのは街コンから数えて今日で5度目、よくよく見ていなかったことに今さらながら気付く。
「え?」
「あなた、会社で嫌われてるでしょ」
言ってしまって「しまった」と後悔しても遅い。
「ごめんなさい。でも」
両手で大皿を持ったまま、バツが悪そうに顔を伏せる。
「多分ね。でも、昔から人と絡むのが苦手で」
そう言ってまた苦笑いを見せる尭彦に「でしょうね」と言おうとして飲み込んだ。
「街コンも。あなた、あぁいうところにいるタイプじゃないもの」
思ったことがつい口に出てしまう。いつもそれで「失敗するのに」と思っても、ふたりきりのせいかどうにも止められなくなった。
「違うよ。あれは純粋に、出会いを求めてた」
意外にも彼は、真顔でそう告げた。
「あなたが?」
「うん。変、かな? だってそういう場所だろ?」
「そう、だけど。へぇ」
次期社長は引く手数多だろうに、これは本気で社内で「嫌われているのか?」と別な疑念がよぎる。
「そうだ! 聞こうと思ってたのよ」
「なに?」
「なんで砂羽に連絡くれたのかな? しかもずいぶん経ってから。上石くんが砂羽に興味あるようにも見えないんだけど」
自分から連絡をして来たわりに、上石が砂羽にアプローチする姿を見ていない。
「もしかして他に狙ってた相手がいて、そっちがダメだったから? わたしたちは施しを受けたわけ? まぁそれはそれでルールがあるわけじゃないけどさ。それにあの和音って子。随分と上石くんにご執心じゃない? なんなのあれ、ちょっとびっくりよ。砂羽に聞いても濁されちゃうし」
「捲し立てるね」
矢継ぎ早の質問にひとことで返す、そんなところもまた雅水には鼻につく態度ではある。しかし、
「あぁごめんなさいね。だって、気になることばっかりなんだもの。今日はずっと、あの子がきてから調子狂いっぱなし」
焼きあがったお肉に、尭彦の盛りつけに合わせクルクルと皿を回す。
黙って肉を盛っていた尭彦だったが、網の上が空になったタイミングで「じゃぁ聞くけど」とまっすぐに雅水を見据えた。
「なぁに?」
「古河さんは、トモが目当てでここへ来たの?」
想定外の言葉に、雅水は拍子抜けして目を丸くした。
「そう見える?」
「いや。でも。あなたはいつも本音を話していないように感じるから。食事のときも、いつもよそ行きの言葉を使って喋ってる感じ。今のが本当の古河さんでしょ?」
「やだ。そんな風に見てた?」
確かに、彼らとの食事の際は「素」とは言えない態度で接していた。
「バカっぽいってこと?」
「いや。ただ、変な風にとりつくろわなくてもいいのにとは思った」
「あら、そ」
(意外と見る目はあるじゃない)
それは雅水が、ほんの少し心を開いた瞬間だった。
2.party
「かんぱ~い!」
妹たちを送り届けた鷺沢重音が戻った後、リビングではようやっと本来の目的である飲み会が開催された。
「改めての自己紹介はいらないわよね」
そう言って雅水は、自分の両端に座る桃子と寺井尭彦を交互に見た。
「トーコは大丈夫? 全員と話しできた?」
「うん。挨拶くらいだけど」
「あたしと砂羽は、何度か会ってるっていっても、みんな『はじめまして』も同然だから」
場を盛り上げようとしているのか、すでにアルコールが回っているのか、雅水の様子はいつも以上にはしゃいでいるように見えた。
「でも。改めて膝突き合わせてこうしてると、妙な感じよね」
くじ引きとはいえ、友也と唯十のふたりに挟まれた砂羽は落ち着かない様子だ。
「結局、ふたりの仕事はなんなの? そもそもなんでふたりでやってるの?」
雅水は目の前のソファに、砂羽を挟んで座るふたりに質問を投げかけた。
「うわぁ質問攻めだぁ。もしかして雅水さんはユウヤさん狙いなんですかー」
人懐こそうに答える唯十だったが、それが雅水にはバカにしているように受け取れた。
「そういうことじゃなくて。純粋になにを売ってるのかなって思っただけよ。移動販売って言ってたけど、コーヒー? メロンパン? 」
そして雅水はあえて友也の方を見た。
「あぁ、いろいろ」
アルコールは「いただかない」という友也はコーラの入ったグラスを片手にそう答えた。
「いろいろ? 飲食じゃないってこと? 野菜、とか?」
「僕たちが車に乗ってるわけじゃないんです」
「だよなー。おまえら自分で動くタイプじゃねーもんな」
肉を頬張りながら、桃子に隣接する丸椅子に座る重音はビールを流し込んだ。
「移動販売車をやってる個人経営者何人かと契約をしてまして、面倒な場所の確保やその他手続きをこちらで担って、売り上げの何パーセントかをいただく、という感じですかね」
にこにこと悪びれもなく答える唯十は、最初の印象とは違いなにやら薄暗いものを孕んでいた。
「それって……ビジネス?」
雅水が言葉を考えあぐねていると、
「上前跳ねてるだけじゃね?」
重音が毒舌を披露。
「悪徳業者みたいな言い方やめてくださいよ~。ちゃんとしたビジネスですよ。手続きっていろいろ面倒なんで」
「まぁそうだろうけど」
勝手の解らない砂羽も、唯十の笑顔にはなにか危ういものを感じるようだ。
「僕、家が不動産屋で」
「へぇ」
「家が不動産屋さんなら、なんでホストやってたの?」
それはだれしも気にかかる、シンプルな疑問だった。
「またしつもーん。僕のこと狙ってもダメですよー。僕はユウヤさんに心酔してますから」
いちいち的外れな言葉に、雅水は少し眉を歪めた。だが、
「いい加減にしろよ、ユート」
業を煮やした友也が睨みを利かせると、素直に従った。
「はーい」
ちょこんと肩を竦め、唯十は「反抗期みたいなものですかね?」と、無機質な答えを返した。
「え、あなたいくつなの?」
当然自分たちと同じ年齢と思っていた砂羽に、
「22でーす。おねぇさん」
含みのある言い方をする。
「やな言い方するなぁ。3つしか違わないじゃない」
そんな態度に雅水は、さすがに嫌悪感を募らせる。
「3つ違えば学校では会いませんよ」
「あなたの笑顔怖いわ~。最初はホストって聞いてどうかと思ってたけど、素質充分って感じ」
雅水は徐々に言葉に棘を含ませる。
「アハハ。褒められてるのかな、それは」
「ある意味。なんか勧誘とかされたら、無条件で名前書いちゃいそうな雰囲気がある」
「ちょっと、雅水」
さすがに異変を察したのか、桃子が止めに入るも、
「そんなことしませんよ。それより、街コンの話聞かせてくださいよ。そっちの方が興味あるなぁ」
悪びれない唯十はうまいこと切り返してくる。
「無理矢理持っていくわね」
「だって興味あるじゃないですか。他からの誘いはなかったんですか? ユウヤさん以外に」
笑顔で話してはいるものの、どうにも唯十の言葉の端々には突っかかるものがあった。
3.step into
「実際どうなの?」
チラと視線を流し、珍しくこちらの状況に興味を示す友也に、
「別に、たいしたことないわよ」
自分のことには言葉を濁す雅水。
「あ~だれからも連絡こなかったんだー」
すかさず子どものようにはしゃぎ立てる唯十に「どうだっていいじゃない、そんなこと」と、不快を露わにする。
「じゃぁ、教えてくれてもいいじゃないですかー」
「とことんヤなヤツね、あんた」
若干本気モードの雅水の冷ややかな目つきに、
「雅水。本音が漏れてる」
と、笑いまじりの砂羽のひとことで我に返る。
「あら」
砂羽の気転で冷静を取り戻した雅水は、大人の余裕を浮かべて笑顔を返した。
「ごめんなさいね、つい~」
「砂羽さんは?」
唯十の興味がどこに在るのか計り知れないが、砂羽にはどうでもいいことだった。
「あたしは一件だけよ」
そう言って友也を小さく顎で指す。
「へぇ」
「むしろこっちが聞きたいわね。あなたたち、たくさん連絡きてるんじゃないの?」
そう言って右隣の寺井に目を移す雅水は、よっぽど連絡までのタイムラグが気に掛かっているようだった。
「どうなんです? ユウヤさん」
そこは唯十も興味をそそられる部分であるらしい。
「どうだっていいだろ」
友也は面倒臭そうに一瞥。
「まぁでも、人気だったことは事実じゃない? フリータイムの時、女の子が群がってたし」
「さっさと引き上げていったわりには、よく覚えてんじゃん」
苦笑し、友也は「そうでもない」と涼しげに答える。
「うそだぁ」
即座に反応を見せる唯十に、
「嘘じゃない。興味のない相手から連絡があったところで、なんの価値がある。時間の無駄だ」
半ば不機嫌な口調で言い放つ友也。
「いうねぇ。さすがナンバーワンホストは余裕がある」
どうにも友也をよく思っていないらしい様子の重音の言葉は、当事者じゃなくても聞き苦しい。
「ナンバーワン!? ナンバーワンだったわけ!?」
真顔で驚く砂羽に対し、
「当たり前じゃん」
しれっとどや顔で答えたのは唯十だ。
「なんであんたが得意げなわけ?」
「トモとその坊やが1、2だったからだろ?」
空になったビールの缶をクシャリと潰し、重音は「ビールまだある?」と右隣の桃子に声を掛け立ち上がる。
「あ、持ってきます」
そう言って桃子は腰軽く立ち上がり、冷蔵庫に向かった。
「あぁさんきゅ」
「じゃぁ、ふたりがいなくなったらお店は大変ね」
素直に感心する砂羽に、
「だから辞める時、もうホスト業界では『働きません』って誓約書書かされたんです」
おもしろがって大げさに話す唯十。
「そんな!? よくやめられたわね」
「男の旬は華の命と同じくらい儚いんですよ、おねぇさん」
「いちいち棘があるわね」
「興味がない相手に割く時間がないってことは、こいつらにはその価値があったわけだ」
目立つところにあっても、いちばん触れてはいけない地雷を「お手柄」とばかりに踏みつけてくる重音の態度に、
「こいつらって言い方は聞き捨てならないわね」
砂羽は釘を刺すつもりで割って入った。
「まぁ。そう、なるか」
そんな皮肉にも慣れているのか、ケンカを買うでもなく含み笑いで受ける友也。
「へぇ……珍しいこともあるもんだ」
意外にも重音はそれを笑顔でスルーした。
重音の性格を知る砂羽は内心ハラハラしていたが、数年会わない間に大人になったようだと、ホッとして視線を外した。
「また行くんですか? 街コン」
まるでジム通いでもするかのような唯十の質問に、
「もう、ごちそうさん」
と砂羽が答え、
「当分はいいかな~」
と雅水が答えた。
「じゃぁそっちも、こいつらで手を打つわけだ」
「そういうことじゃなくて。当分そういう出会いはいいかなって。思ったほど理想の相手には出会えないものね」
小さなため息とともに力なく腕組みをし、雅水はソファにもたれかかった。
4.heartbreak
「さっきの話だけど」
「さっきの話?」
ぼちぼちお開きという頃、ずっと聞き手に徹していた寺井が小さく雅水に囁いた。
「他に連絡はなかったのかって話」
「あぁ。あなたでも興味あるの?」
そうは言っても彼は「出会いを求めていた」と言っていたことを思い出す。
「そりゃぁ……」
「いたわよ」
「え?」
「まだ会ってはないけど、連絡は取り合ってる」
言いながら手元のスマートフォンをかざして見せる。
「でも年下なのよね。わたし年下は論外、しかも学生だし」
「へぇ」
「気になる?」
「まぁ」
そこは普通に「男の反応」なのかと目を見張る。
「じゃぁ、あなたも?」
こちらを気にするということは、つまりはそうなのだろうと解釈した雅水。そう思ったらなんとなく憮然とした声になった。手持ち無沙汰に目の前のハイボールを手に取るが、すでに中味は少なく水っぽくなっていた。
「砂羽~。お願い」
なんとなくバツの悪い雅水は、斜め前に座る砂羽にグラスを手渡した。
「今日はかわいい飲み物じゃなくていいの~」
意地の悪い笑みを浮かべ、グラスを受け取る砂羽に「うるさい」と口パクで応える。
「わたしたち以外に、会ってる子たちがいるってわけだ」
そこで初めて右隣の寺井を見遣る雅水。少し眉根を上げながら「どうなの?」と促す。
雅水自身、彼らに特別な感情があるわけではなかった。そういう意味では自身の態度こそが失礼に当たるのかも知れないとも考えたが、女としてなんとなく、粗雑に扱われるのは遺憾だ。だが、
「他は会ってないよ」
その答えは意外だった。
「へぇ……でも、連絡はしてるってこと?」
「内緒」
「なによ、それ」
それにしてはタイムラグがあり過ぎる。もしや、こちらからの連絡を待っていたのだろうか。
(まさか、ね)
「出会いを求めてるなら、もっとLINEすればいいじゃない。てか、しなきゃダメでしょ」
それ以外に親交を深める手立てはないのだ。
「そう、なんだけど」
「あまり間を置くと、不審がられるわよ?」
「古河さんたちみたいに?」
「言うわね」
目を細めながら、砂羽の差し出すグラスを受け取る。
「そうよ、その通り。だって、おかしいもの。それとも……ただ慣れてないだけ?」
「どうかな」
(うわぁ)
「そんな返しはできるのね」
そう言ってハイボールをひとくち、喉に流し込んだ。
「オレが……」
寺井は、勢いよく切り出しながら言葉を飲み込む。
「オレが?」
なかなか次の言葉が出てこない彼を見返すと、なんとも言えない表情をしていた。
「オレも……LINEしていいかな?」
「え。砂羽に?」
「いや。古河さんに」
「あぁどうぞ」
雅水は深く考えずに答え、再びグラスを口に運び、
(今さらあたしにLINEしたところで…)
そう思う瞬間、そこでようやくタイムラグの意味が解ったような気がした。
ゴクリ……
「でもあたし……」
冷たいグラスを膝の上で握ったまま、今度は真面目な表情を寺井に向ける。
「あたし、失恋したばかりなのよね。もともとあまりもの同士で付き合ってたから、そんなに執着もなかったつもりだったけど。思いの外ダメージ受けてて」
言い終えてテーブルにグラスを戻し、気まずさから寺井の目の前にある空になった取り皿に手を伸ばした。「あまり食べてないでしょ」と、すっかり冷めきった肉や焼き野菜に箸を伸ばす。
「女ってさ。切れたあとでも気になるもので、SNSとかチェックしちゃうわけ。その彼がさぁ……楽しそうに他の女と一緒の写真をアップしてたりするわけよ」
乱雑に盛った皿を寺井に渡し「でね」と付け加えた。そのままの流れで自分の取り皿にも焼き野菜を取り分ける。相手の目を見て話すには、未だ生理のつかない内容に気持ちが落ち着かない。
「こっちも『楽しくやってるよー』って、見せつけてやりたくなるじゃない? 男には解らないだろうけど」
「そうですね」
寺井は、皿を受け取ったままの姿勢で黙って雅水の動向を眺めている。その視線を感じながら、
「だから、今回のBBQはいいきっかけだったわけ」
「なるほど」
「腹立たしいでしょ」
改めて寺井を見ると、彼はそれまでの苦笑いとは一変し生真面目な顔をしていた。
「いや。まぁ……でも」
「どっちなの? あなたってよく解らない。なんでも解ってるような澄ました顔して、それが素なの? あたし教師やってるくらいだから、意外と人の顔は読めるつもりでいたけど。あなたも、あの元ホストたちも、て~んで解らない。まだまだってことかなー」
いい切って野菜を口に頬張った。
「そんなことないと思うけど」
「ふぅん。とりあえず、LINE待ってるわ」
雅水は、寺井を見ずにそう答えると、
「じゃぁ、インスタも教えてください」
以外にも食い気味でそう返され「LINEくれればね」と言って微笑んだ。
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