見出し画像

「恋愛体質」第9話


恋愛体質:date


『雅水と唯十』

古河こが雅水まさみ・小学校教諭。本音は子どもが苦手
荻野おぎの唯十ゆいと・移動販売業運営。生き方を模索中


1.outfield

雅水まさみ~。退屈~。そんなガキほっぽって帰ろーよー」
 校庭の金網越しに、背中に叫ぶ声がある。
「外野、うるさい!」
 サンバイザーにジャージ姿の雅水は振り向かずに答える。

「先生~そのひと彼氏ですかぁ」
 鉄棒にぶらさりながら、にやにやと様子を窺う少年A。
「A多くん。目の前に集中しようねぇ。参観日までに逆上がり出来ないとおかあさんに見せられないぞ」
 今できる限りの笑顔を少年に向ける。
「ボクもう疲れちゃったよ~。お腹もすいたし」
 その言葉に加勢するようチャイムが鳴った。
 雅水は大きくため息をつき「じゃぁ、続きは来週にします」と答えて校舎に向かって歩みを踵を返す。
「やった~」
「やった~。じゃ、ないの。おかあさん、びっくりさせたいんでしょー」
 外野を無視し、なにごともなかったようにその場を後にした。

 校門の壁に寄りかかり携帯電話を操作する唯十ゆいとの耳に、ガチャガチャと懐かしい音を立てて近づいてくる気配がある。その視界に先ほどの少年Aが顔を覗かせ立ち止まると、
「おいおまえ。せっかくの先生との時間ムダにしてくれんなよな」
 まんまるい目を限りなく細目に寄せ、見上げるその姿は心なしか敵意を感じた。
「なんだよがきんちょ。おまえ、あいつのこと好きなの?」
「あいつじゃない。雅水先生だ」
「はいはい、雅水先生ね。おまえいくつ?」
 唯十は少年の目線にしゃがみ込む。
「おまえじゃない。泉川栄多、3年1組だ」
「おー。オレは荻野おぎの唯十ゆいとだ」
 なぜか自己紹介する。だがこれは職業柄、名乗られたら名乗り返してしまう律儀な性故であった。
「雅水先生はなー、おまえみたいなひょろいのは好きじゃないんだってさ」
「おまえみたいな丸ぽちゃがいいってことか?」
「違う。先生の理想の男は『にしむらあさお』だ」
「だれだそれ」
「しらねーよ。でも白いスーツの似合う男だ。だから、ぼ……オレも、大きくなったら白いスーツが似合う男になるんだ」
「へぇ。永ちゃん以外にオールバックで白いスーツが似合う男がいるのかね」
「気やすく栄ちゃんって呼ぶな」
「へ? あぁおまえ、泉川栄多だっけ。えいちゃんって呼ばれてんの? すげぇじゃん。どうせ目指すなら、その西村なんとかじゃなくて『永ちゃん』目指せよ。そっちの方がカッコいいぜ」
「えいちゃん?」
「そうそう。カッコいいぜ、矢沢永吉」
「知ってるぞ。ヤザワだな!」
「そうだ、ヤザワだ」

「栄多くん、まだいたのー?」
「あ。雅水先生。先生と帰ろうと思ったんだけど、このひとかわいそうだから今日はひとりで帰りまーす。さよーならー」
 栄多少年はスマートに右手を上げ、再びガチャガチャを音を鳴らしながら駆け出して行った。
「このひと?」
 どうやら雅水からは、しゃがみこんでいる唯十の姿が見えなかったようだ。
「あんた。まだいたの」
「冷たいなぁ雅水先生」
 唯十は立ち上がり、もの言いたげににやにやと雅水を見下ろすような仕草を取った。
「職場に来るとか、ルール違反じゃない」
 先ほどと打って変わってリクルートスーツに身を包んだ雅水は、低い声で嫌悪感をあらわに鋭い目つきで唯十を見据えた。

 立ち止まるでもなく素通りしていく雅水を横目に唯十は、
「雅水先生、ひとつ質問がありまーす」
 右手を上げてゆく手を阻んだ。
「なによ、改まって」

「『にしむらあさお』ってだれ?」


2.hanger-on

「ちょっとあなた! こいつの保護者でしょ。職場に押しかけてくるとか信じらんないんだけど」
 雅水まさみ友也ともなりの顔を見るなり捲し立て、重そうなトートバッグをカウンター席におろした。

 いきなりの訪問、いきなりの怒号に目を丸くする友也。
「なんでおまえらふたり?」
「それはごもっともな意見だと思うわ」
 最近顔について離れない、雅水の愛想笑い。

「金曜だし、大人だし、せっかく知り合ったんだから、一杯の付き合いくらいは」
 しれっと背後からやってきた唯十は、場違いなところに置かれたトートバッグの隣に腰かけた。
「これ、この態度よ!」
 未だ呆けている友也に訴える。
「いいから座れば。一杯ぐらい奢るから」
 との唯十の言葉にどの面下げて、と言いたいところ。だが。
「当然よ」
 そこで初めて雅水はトートバッグを椅子のすぐ前に置かれた籠の中におろし、ようやっと腰を落ち着けた。

「放課後とはいえ、わたしは職務中なわけ。あんた、学校とかやたらと入れないんだからね」
「いや、入ってないでしょ。金網越しに声援を……」
「ばっかじゃないの!」
「てか、声大きい。ここ、大人のBARだから」
 言われてあたりを見回す雅水。
「確かに、高そう」
「そこ!? ホント、あんたって面白いねぇ」

「ホントに先生してんだ」
 見たことのない雅水の、おくれ毛いっぽん許されないといったひとつ結びの髪型や、普段からは全く想像のつかないリクルートスーツに「別人」と言われたら気づかないと微笑む友也。
「えぇ、意外でしょうけど」
 おしぼりを受け取る。
「なに飲む? かわいいの?」
「あ~その気持ちいいほどの皮肉。現実に戻るわ~」
 言いながら雅水はきつく結ばれた髪ゴムを外し、襟足当たりを両手でほぐすと再びゆるく束ね直して「ジンライム」と発した。
「あ、ぼくもー」
「かしこまりました」

「そもそもなんで、あんたがあそこにいたのよ」
 間髪入れずに唯十に噛みつく。
「びっくりしすぎて声も出なかったわ」
 まさかわざわざ調べたのか、と続けようとして目を見張る。
「ぼく、卒業生だから」
「え?」
「あの坂下りたところの不動産屋さん、うちの系列だし」
「うっそ。あの公民館の隣?」
「そう、公民館の隣。で、ぼくんちは学校からず~っと上の方」
「信じらんない」
「書類取りに行ったついでに実家に荷物取りに寄って、そう言えばだれかさんは学校の先生だったな~と思って寄り道してたら、聞いたことのある甲高い声が」
「信じらんない」
「ね、びっくり」
「そうじゃなくて、寄り道とかしないでよ」
「うはっ。先生はつげーん」
「そうじゃなくて。余計なことするからこんなことになるんでしょー」
 流されるままについてきた自分の立場を訴える。

「ねーねーユウヤさん。『にしむらあさお』って知ってます?」
「ぶはっ」
「なんだよ雅水、きたねーなー」
「にしむらあさお? 知らないな。古賀さんの知り合い?」
 そこは黙ってスルーしたいところだが、そうもいかなそうだ。
「テレビドラマの登場人物よ」
 おしぼりで口元を抑えながら小さく口ごもる。
「へぇ」
「なにおまえ、理想の相手とか言ってテレビのキャラクター?」
 言いながら唯十はスマートフォンで検索する。
「キャラクターじゃない。登場人物!」
「うわ。なんか危なそうなキャラ。これじゃ街コン行っても相手なんか見つからないわけだわ」
 そう言ってスマートフォンを友也に見せる。
「そうじゃなくて! もうっ。子ども相手の言い訳になにを」
「言い訳にしたってこれはどうなの」
 おもしろそうにスマートフォンの画面を向けてくる。
「父なの」
「え? このひとが?」
「そうじゃなくて。父に似てるのよ。その、彼が」
「雅水の父ってやくざなの?」
「違うわよ。ただ昔……やんちゃしてたってだけ」
「やんちゃ」
「へぇ。ひとは見かけによらないってこのことだな」
 それまで静観していた友也の表情が緩んだ瞬間だった。


3.interview

「あーいえばこういう。めんどくさいのに捕まっちゃたなー」
「ぜんっぜん、楽しそうだけど?」
 店に着くなりスマートフォンとにらめっこの雅水まさみを珍獣でも見るような目で眺める砂羽さわ

「楽しいは過ぎたの」
「なんだそれ」
「会いたいって言うんだもん」
「会えば?」
「そのあとは?」
「やっぱ無理って」
「それがめんどいんじゃん」
 それを楽しんでいたのではないか、とはあえて飲み込む。
「じゃーLINEで無理って言えば」
「言ってるけど、多分通じてない」

「聞こうと思ってたんだけどさ。今まで会ったことないの? その~、こないだのとは別に。雅水あんた今まで何回か行ってるよね、街コン」
 今更の疑問ではあるが、そう言えば雅水のその後の話を一度も聞いたことがなかったと目を見張る。
「あるよ」
「でも?」
「変な人が多い」
「ちょっと~。そんな集まりヤツにあたしを誘ったわけ?」
 信じらんないとグラスを傾ける砂羽は、そのまま飲み干し店員のいる方に向かって掲げて見せる。
「すいませーん。ハイボール」
「こないだのは当たりだったでしょー」
「当たりもなにも、あたしは初めてだったし」
 バツが悪そうな雅水の顔に「言い訳にしか聞こえない」とひとこと。
「なによ。数うちゃ当たるの精神よ」
「所詮出会い系かー」
 グラスをテーブルの端に置き、その手で目の前の枝豆をつまむ。
「あ~彼氏が欲しい。あたしがなんか悪いことした~?」
 だれに向けた文句なのか、嘆く雅水に「それは思うよね」と激しく共感。
「でしょ」
 ふたり、大きなため息をつく。

「その、変な人とやらの話を聞こうじゃない」
「え。思い出したくないんだけど」
「参考までに」
 桃子とうこが来るまでまだ時間があるし、と詰め寄る砂羽。
「え~。じゃぁ」
 いちばん最悪なヤツね、と雅水は生ビールをひとくち流し込み改まった。
「最悪なんだ」

 それは自称「IT企業社長」との出会い。チャラ男のキライがあったが、起業家というものは得てして凡人とは違う要素を持ち合わせているもの、と妥協してのことだった。
「ファミレスに誘われた時点で疑うべきだった」
 そう言って生ビールを飲み干す雅水の様子は既に、うんざりを物語っていた。
「席について開口一番『なんでも食べていい』っていうからさ、てっきり奢ってくれるのかと思うじゃない? でも相手が食べてないのに頼むのもどうかと思ってさ、カフェオレにしたわよ」
「向こうは?」
「ただのアイスコーヒー。その時点でこっちの方が金額は高いんだけどさ」
 その言い方からして「割り勘だったのか」と推測する。
「つまんない自慢話されたあと、結婚は考えてるんですかーって」
「それで?」
「よいご縁があるなら、って答えたわよ」
「そしたら?」
「自分はそのつもりで来てますっていうわけ」
 雅水は当時を思い出したのか語気を荒げた。
「え、その時点ですでに結婚前提なわけ?」
「それがそうでもなくて」
 と今度は呆れ顔。
「あなたはどういうつもりで街コンに参加しているんですかー。よいご縁というのは大前提で、こうして会ってるわけですからもっと建設的な話をするべきでしょう、って説教よ」
 言いながらゲーブルを叩く。
「うわぁ。やだわ、それ」
「そうなのよ! で。さっさと切り上げたいと思ってたら、向こうから『時間がないんで』って切り出してきたわけ。要はあたしにはもう用がないって言いたいわけよ」
 腹立つでしょ、とビールに手を掛ける。
「なんだか場慣れ感半端ないね」
「何度も同じこと言ってるんじゃない?」
「なるほど」

「いざ会計ってなってさ。一応出すじゃない」
「まぁね」
「でも小銭がなくて、700円のカフェオレに1000円札を出したわけ」
「受け取ったのね」
「しっかりね。で、おつりがあったの。アイスコーヒーは500円だったんじゃない? 300円戻ってきたから」
「それで?」
「そいつ! 200円を自分の財布に入れて、あたしに100円だけよこしたの!『割り勘ね』とか言って」
「はぁ? え、それ割り勘でもなんでもなくない?」
「そ~なのよ! 700円のカフェオレに1000円出したんだから300円はあたしのものでしょ~。なのに100円って、せめてあたしが200円じゃない? しかもよ! 領収書貰ってた」
「社長なんだよね?」
「社長だからかもね。でもさ、同じ起業家でも上石あげいしくんたちはそんなことしなかった。少なくともあたしたちの前ではね」
「わ~」
 あたしやっぱりもう街コンは勘弁だわ、と砂羽は心の中で毒づいた。

「この話には後日談があるのよ」
「え、続くの?」
「続きは桃子が来てからね」


4.LINE

「ほら桃子とうこ来たよ、続き話して」
 席に着く間もなく、注文もそっちのけで急き立てる砂羽さわに「せめて注文させてあげなよ」という雅水まさみ
「大丈夫よ、もう注文しといたから。連れが到着したらレモンサワー持ってきて、って」
 そういうと砂羽は店員を見つけて、軽く手を振った。
「そんなことだけ早いんだから」
「常連さんだもん」
 呆れる雅水を横目に、いいからいいからと得意顔。

「なにかあったの?」
 急かす砂羽になにごとかと訝しむ桃子。
「ほらこないだ話したじゃない。200円男」
「200円?」
 そう雅水が口にしたところで、桃子にはなんの話かが分かったようで「あぁ」と頷いた。

「ばったり会っちゃったの、カフェで」
 当時を思い出してか、雅水の声は次第に小さくなり、
「うそぉ。そんな偶然ある」
つ られて砂羽も小声で答えた。

 必然的に3人は顔を寄せ合った。
「こないだ小教研で学校が半休だった日、桃子の店に寄ったら早番だっていうからさ。一緒に夕飯でも~と思って駅前のカフェで時間潰してたの」
 雅水はそのまま、トーンダウンした声で続ける。
「そこ、パスタも結構おいしい店だったからさ、そのまま食事でもいいかな~と思って。桃子が来てからふたりでメニューを選んでたら、隣に不慣れなカップルが座ったわけ」
「不慣れなカップル?」
 なにそれと、目を見開く砂羽。
「いかにも付き合いたてって雰囲気の、よそよそしいカップルよ」
「あ~」
「でね、決まった?ってメニュー越しに桃子を見たとき、ななめ隣の男の顔が目に入って。もうびっくりよ」
 慌ててメニューで顔を隠したのだという。

「どうしたのって聞いても、雅水なにも言わないから」
 くすくすと笑いながら口元を抑える桃子。
「だって、200円の自称IT社長だったんだもの~」
「それで、声かけた」
 畳みかける砂羽。
「掛けるわけないじゃない。メニュー立てたまま急いで桃子にLINE送ったわよ『来て早々悪いけど今すぐ出たい』って」
「わたし、しばらく気づかなくて。メニューの陰から雅水がスマホを振るから、あわてて自分の携帯みたの」
「アハハ。桃子らしい」
「だって目の前にいるひとからLINEが届いてるなんて思わないじゃない」
「そりゃそうだ」

「そうこうしてるうちにヤツが言ったわけ『なんでも注文していいよ』って。これ、まぁた街コンで知り合ったやつだ~って思って。思わず吹いちゃってさ」
「気づかれた?」
「それがあいつ、あたしの顔覚えてなかったみたい。とにかくさっさと店出たくてさ」
 速やかに席を立った、ということだ。
「ホントびっくり。世間はホント~に狭かったってことね」
 そこでようやっと雅水は顔を上げた。
「でもね、帰り際相手の女の人の顔見たけど、つまんなそうな顔してたわぁ。あ~こりゃ説教されるなーって思ったよね」
「なにそれウケるんだけど」
「彼女がなに頼んだか知らないけど」
「200円とられたね」
「まさか~」
 そうして3人はひとしきり笑った。

「だからもう、こりごりなのよ」
 そう言って雅水が手に触れたスマートフォンが震えた。
「また来た」
 スマートフォンを拾い上げ、
「ねぇ。現役大学生ってこんなにおしゃべりだった?」
 言いながら生ビールに手を伸ばし、スマートフォンを伏せる雅水。
「暇なんでしょー学生は」
「就活中のはずだけど?」
「就活……ねぇ」

「なによ」
「実は、あたしも」
 気まずそうに手をあげる砂羽。
「え? 病院辞めたの?」
「そうじゃなくて、うちの先生引退するの」
「くびってこと!?」
「そうじゃないけど、実質職は失うことになるよね」
「え~大変じゃん。でも看護師って引く手あまたじゃないの?」
「どうだろね」
 言葉とは裏腹に、内心は不安いっぱいの砂羽だった。


5.at last

「あのあと、だれかと連絡とった?」
 LINEと言えば、と口火を切った割に歯切れの悪い砂羽さわのもの言いたげな様子に、
「あぁもしかして、寺井さんのこと言ってる?」
 気まずさの理由を察する雅水まさみには、いつ話したものかとタイミングを計っていたきらいがあった。
「あぁそう、寺井さん」
 苦笑いを返してしまうのは、珍しくストレートに突っ込めない砂羽の形容しがたいうしろめたさのようなものからだった。
 寺井は元ホストの上石あげいしと一緒に街コン参加していた。見た目は地味だが次期社長というバックグラウンドが高い人物だった。悪い人ではないのだが、いかんせんじれったいと言葉を濁す。

 実際、年下の現役大学生からのLINEの合間に寺井とのやり取りがまったくなかったというわけではない。だが、あまりの内容のなさに雅水自身、話すほどのことなのかと考えあぐねていたのは事実。
 とはいえ隠す程の内容でもなく、
「たまに連絡くるよ。でも『会いたい』っていうまでが長くてさー。だからってその気もないのにこっちからは誘えないじゃん。だから微妙って感じ」
 恋愛に時間を掛けたい学生時代ならまだしも、今さらちまちまと相手をする時間は今の雅水には「無駄」でしかないのだ。
「微妙ねぇ、なんとなくわかる気がする」

「その気はないんだ、ね」
 なんとなく解っていたことではあるが、寺井の事情を聞かされている桃子とうこにしてもそこは気になるところではあった。
「ん~。なんていうか、ピンとこない感じ?」
 それはまったく眼中にない、とも取れる。
「でも彼、韓流っぽい顔ではあるよね」
 なんのフォローか、それもなんとなくの砂羽の意見。
「あぁ。言われてみれば? でもさ、違うよね。解るよね?」
 同じ推しを追いかけている砂羽にはそれだけで充分すぎた。
「それも微妙だよね」

「ようやっと『会いたい』って言葉が出て来たと思ったらさ、上石くんのいるBARに誘うんだもん。それはちょっと違うよね」
「そうね、それじゃぁいつもと変わりない」
 なにげなくやり過ごしたが、
「って、雅水。彼のBARにいったことあるの?」
「あ」
「あ?」
「別に上石くんに会いに行ったわけじゃないよ。あのぼくっ子がさ~」
「ぼくっこ……」
「そうだ、ぼくっ子唯十ゆいと! あいつの実家さ、うちの学校の近所らしいの。近所どころか卒業生らしくて先週末学校に来たのよ」
「なにしに!?」
「通りかかったんだってさ」
「へぇ」
 そんな偶然もあるのかと、またまた雅水の引きの強さを笑った。

「へぇ、だよね。放課後、担任の子の鉄棒の練習してたらさ、金網越しに弥次飛ばしてきやがって」
「声かけて来たの? あ~かけるか、あの子は」
 BBQの時には随分と敵意丸出しだったように思えた彼だが、そこを覗けば人懐こいタイプではあった。
「暇なんだか下校時間までいたもんだから、その流れで飲みに行ったの。奢るっていうし。そしたら行った先で上石くんがバーテンダーしてたってわけ」
「へぇ」
 この場で出てくる要素もない名前に、砂羽はどんな顔をしていいのか解らないといった様子で答えた。

「いつも一緒なんだね。ふたり」
 なにげない桃子の言葉に、
「そう考えたらそうね。とんだ腰ぎんちゃくだわ。そうよ、まさに腰ぎんちゃくじゃんね」
 いい迷惑、という雅水。
「なにせ浸水してんだもんね、ユーヤ、、、さんに」
 いつもの調子で答えてみせる砂羽だが「それでどうした」というところまでは追及できなかった。

「なかなか決まってたよ、彼。バイトだって言ってたけど、自分の店のようだったもん」
「へぇ」




いいなと思ったら応援しよう!

ひらさわ たゆ
まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します