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「恋愛体質」第8話
恋愛体質:date
『和音と友也』
鷺沢和音・音楽大学弦楽科。自由奔放、楽天家
上石友也・元ホスト。意外と結婚願望が強い
1.sending wolf
わたしが好きになった彼は、口うるさい兄貴に言わせると「ひとむかし前によくいた男」なのだそうだ。”送り狼”や”名残のキス”が当たり前の、女を女扱いしていると見せかけたマキュリストなのだ、と。
そして決まって「あいつはダメだ」と、頭ごなしにいう。
「ちょっとお兄ちゃん。やめてよ……?」
玄関先で運悪く、彼に送られて帰宅した姿を認めた重音は、勢いよく運転席に向かって行き「オレの妹に手ぇ出すなよ」といつもの調子で言い放った。
「恥ずかしいからやめてって言ってるじゃん」
このどうしようもなく父親然とした兄は、必死の制止も聞かず毎回恥をかかせてくれる。
(彼にだけは子ども扱いされたくないのに~)
さっさと立ち去り玄関ドアに入っていく兄を追い、鍵を閉められないうちに入ってやろうとそのドアを掴む。
「今度はなに? なにがいけないの」
だが、いつもなら意地悪く施錠する兄がその時ばかりは普通に部屋に上がり込む姿に違和感を覚えた。
「ちょっと!」
普段の兄ならそこで靴も脱がずに振り返り「挨拶がなってない」だの「態度が気に入らない」だのと第一印象をことごとく低レベルに批判してくるところだ。なのに、
「あいつはお前には向かない」
そう、背中越しのひとことで終わらせた。
「はっ。彼のこと知りもしないくせに」
(むしろオトナな対応でしょうに)
和音にはこれまでにないほどの自信があった。
「よ~く知ってるよ」
「へ?」
そこで改めて、彼が兄と同い年だったということを思い出す。
「え、友だち? まさかね」
一瞬、タイマーでも掛けられたかのようにその場の空気が止まる程度には驚いた。
「ちょっと、お兄ちゃん?」
慌てて靴を脱ぐ様に「靴揃えろよー」と、また母親みたいなことを言う兄に、
「わぁかってるわよ。それより、ねぇまさかの知り合い?」
いつものようにやり過ごされないよう、必死にそのあとを追う。
「まさか。オレはあいつほど軟派じゃないし、節操もある」
皮肉にも取れる言葉を言い捨てバスルームに向かう兄を追う。
「それはどうなの? お兄ちゃんっていっつもそう」
「いつもじゃない」
一瞬足を止めるが、お構いなしに脱衣所に入っていく兄。
「はぁ? よくいうよ」
だが明らかに、なにかがいつもと違うのだ。
気のおさまらない和音は、脱衣所の扉を開け、
「今までだって! お兄ちゃんのせいでみ~んなコワがっちゃって、結果振られてるじゃん! お兄ちゃんがいたらあたし、彼氏どころか一生お嫁にも行けないよっ」
「大げさだな。大丈夫だ、いつかいい男に出会える」
「いつかじゃなくて、今出会いたいの! てか、出会ったの!」
「なんだ? 一緒に入るのか」
Tシャツをまくり上げる兄に、
「んなわけっ」
腹立ちまぎれにドアを閉め苛立たしさをあらわにする。
「もう~っ」
(また逃げられた)
「絶対あきらめないからね!」
「今までのやつらは根性がなかったんだろ」
扉の向こうから聞こえてくる声に、
「その顔見たらだれだって根性失せるわ!」
と、舌打ちをする。
「なんなの、もうっ。結局だれでもダメじゃん」
確かに兄貴の言葉にも一理ある。
初対面で顔を合わせても満足に頭を下げることさえできなかったのは中学で初めてできた彼だったか、初めて家に来た高校の先輩は間違えて兄貴の部屋のドアを開けたにもかかわらずなにも言わず扉も中途半端なままだった。その都度「やばいな~」とは思った。けれどもそんな礼儀知らずばかりでもなかったはず、なのだ。
そもそも兄を知る人は、和音に寄り付きもしない。
「い~~~~っ」
和音は自分の両眉に爪を立て、言葉にならない声を発した。
だが。すぐに思い直し、
「でもユウヤは違うもん!」
開き直った。
2.misunderstand
「わたしたち、てっきり付き合ってるものと思ってたよ」
「て~んで相手にされてなかったじゃない」
先日のBBQでの居心地の悪さを訴えるのは、同じ大学の親友である三浦藍禾と蓮見結子。
「つきあってるとは言ってない」
少々分が悪い和音は唇を尖らせて答えた。
そんな今日の3人は、大学構内にあるカフェテリアでの近況報告。つまりは座談会。各々目の前のプレートに栄養過多な食材を並べ、ただだらだらと話し込んでいた。
「しかもみんな大人な感じだったし」
話についていけなかった、と不貞腐れる藍禾に、
「そうそう。ひとり怖いおねぇさんいたよね」
緊張で顔が強張ったせいであごが痛い、と訴える結子。
「その割に結構遠慮なく食べてたじゃない」
そんなふたりを細めで見据える和音は、とにかく「目的は果たしたのだから」と窘める。
「そりゃ、食べるしかないでしょーあの状況じゃ」
「そうそう、食べ物に集中してれば考えなくても済むし」
「みんな兄貴の同級生。そんなに歳違わないし、なに怖がることがあるのよ」
いちばん自分が「浮いていた」とは自覚のない和音に、
「ちがうって」
いつものふたりの二重奏。
「あんたたち『お父さん』とか言ってはしゃいでたじゃん」
チキンサラダを頬張りながら、反省の色もない。
そうなのだ。友也にべったりで気を遣わなかったわりに、最初からずっと焼き方担当の寺井から離れなかったふたりを和音は見逃していなかった。
「だって、あんた。ずっとユウヤにべったりだったしー」
「呼び捨てにしないで」
軽く藍禾に睨みを利かす。
「とにかく。いちばん安全パイだったからね、お父さんは」
名前すら覚えていない。
「そうそう。和音の兄さん、ホント怖そうだったし」
和音の顔色を窺う結子に「でも学生時代より丸くなった感じよ」と、パンケーキを口に運ぶ藍禾。
「そう? 大人になったのねぇ」
身内には解らないけど、としみじみ答えたのは実妹の和音である。だがそんなことはどうでもいい。肝心なのは粗野な兄貴の態度をなんとかしたい。
「でも初見のあたしには充分怖かったよ~。聞いてた以上だった。別に怒られたわけでもないけどさ。帰りの車の中でも全然喋んないし、逆に機嫌悪いのかと思ったよ」
「いるよね、そういうひと。でも和音の兄貴はいつもあんな。話してみるとそうでもないけどね」
「藍禾はだれでも平気じゃない」
「あ~あれは仕方ない。兄貴、意外と人見知りするんだよね。あれで」
「あれで? あ、じゃぁ。一緒に買い物に出かけてたひとが元カノ?」
結子に問われ、はたと気づく。
「いや。彼女は多分砂羽さんの友だち」
人見知りは治ったのかと疑う和音だったが、あの時玄関先で会った女性は「どんな顔だった?」と記憶を辿る。
(砂羽さんとは、真逆のタイプ…)
「あぁ、そうか。元カノはちょっとカッコいい感じのひとだったかも。ショートカットの看護師さん」
「でしょ? 憧れなんだ~」
自分のことのようにはしゃぐ和音。
「よく覚えてるね、藍禾」
「結子は本当にお肉しか見てなかったのね」
「そんなことないよ。でも看護師って言ったら、あのお買い物のお姉さんの方がぽいよね」
「でもあのひとじゃ、血見ただけで卒倒しそうじゃない?」
好き勝手に言い合う藍禾と結子を横目に、
「言えてる~。じゃんけんで負けたかなんかじゃない? そもそも兄貴は自分から買い物に行くようなタイプじゃないし」
少しの違和感が「女の勘」なのだと気づくにはもう少し後になってからのことだ。
「ユウヤ!」
その日の帰り、和音は友也のバイト先であるBARを訪れた。
「うわっ出たっ。ガミガミお兄さんに叱られるぞ」
カウンターの中でぎょっとする友也を受け、返事をしたのは既に彼の目の前に陣取っていた仕事仲間の荻野唯十だった。
「なによー。あんたもこんなとこに居座ってないで仕事すればぁ」
そんな彼を冷ややかな目で煽り、当然のことのように隣に座り込む。
「ため口かよ」
「サギには連絡したのか」
仕事中は基本大きな動作を取らない友也は、手元の作業をしながら小さくつぶやく。和音には、自分に会いに来るときは必ず「兄の了承を得るように」と固い約束をさせていた。
「今日はその兄貴と待ち合わせなんだ~」
ふふんと得意げに微笑む和音は、そのそっけない態度さえ自分に会えたことを「喜んで照れている」と解釈する。
そんな様子を見て失笑する唯十は、解っていながら放っておく友也をもどかしく思っていた。
「あ、お兄ちゃん。早かったね」
入り口に重音の姿を見つけた和音は笑顔で手を振る。
「帰るぞ」
着くなりそう告げ、軽く友也に手をかざす。
「え~今日は奢ってくれるって言ったじゃない。嘘つきー」
「これから現場なんだ。早くしろ」
「じゃーあたしのことおいてってよ、ユウヤに送ってもらうから。ねーユウヤ♡」
甘えた目で友也を見上げるが「今日はラストまでだから無理」と、軽くあしらわれてしまう。ラストとは、言葉の通りに閉店である翌朝午前5時までということだ。
「全然いいよ。あたしは」
むしろ和音は目を輝かせるが、
「いい加減にしろ。明日も学校あんだろうが」
「もう~無粋だなぁお兄ちゃん。そんなの平気」
「ふざけるな」
声音は静かではあったが、その目は有無を言わさなかった。
「うるさいなぁ。帰ればいいんでしょー」
和音は大きく鼻で息を吐き、しぶしぶ自分の荷物を抱えた。
「じゃぁね、ユウヤ。また来るから」
返事がないのはいつものことだが、涙目で訴えるその落胆ぶりは相当のものだ。
「じゃぁね~」
代わりに笑顔で答える唯十に「い~っだ」としかめ面して見せる。
「いつもわりぃな」
それでも微動だにしない友也にアイコンタクトで返す重音に、ふたこと三言らしからぬ言葉を発したが、不貞腐れる和音には聞こえてこなかった。
3.position
「ねぇ、さっきユウヤとなに話してたの?」
車に乗り込むなり和音は食い気味で兄を見据えた。
「別に大したことじゃねぇよ」
「うそ。なにか言ってたじゃない」
こういう時の和音の勘働きはたいてい良からぬことを的中させる。
「ちょっとオレを見かけたってだけの話だよ」
「どこで?」
「しらねーよ。どこだっていいだろ、仕事であちこち歩いてんだ」
「その程度でユウヤがいちいちお兄ちゃんに報告するわけないじゃない」
「その程度なんだよ」
「うそ」
「いい加減にしろよ!」
強く言い放ってハッとする。和音は拗ねた子どものように目に涙をためていた。
「今日は悪かったよ。埋め合わせする」
「当然よ」
そこでようやく和音はシートに躰を預けた。
決してその答えに納得したというわけではない。疑いがどの程度の危険を孕んでいるのか、恋する脳みそは計算高くいろんなものをはじき出そうとしていた。
そのうち沈黙に耐えられなくなったか、
「今日はたまたま近くにいたからあそこにしただけで、正直あんまりあそこには行ってほしくない」
急に兄貴面を吹かせてくる重音に「そういうのいらないから」と、憮然と答える和音。
「それだけじゃない。あの辺は変な輩が多いからだ」
「そんなの言い訳よ。そもそも、あたしの恋愛事情にいちいち口出ししてこないでって言ってんの!」
バッグを抱え前を向いたまま答える。
「つきあってるわけでもないくせに」
そうボヤく兄に、
「じゃぁつきあってもいいわけ? つきあってたら通ってもいいってこと?」
途端に明るい顔で兄の横我をを見据える。
「あいつはダメだ」
「なにがダメなのか解んない」
やっぱり、とシートに強くもたれかかる。
「そもそも相手にされてない」
「そんなことない。少なからず想ってる」
「はっ」
呆れて物も言えないといった様子で、バカにしたように首をかしげる重音。
「何度も言ってるけど。そもそも兄貴が悪いんだからね、あたしに彼が出来ないのは。あたしとユウヤがつきあえないのだって」
「ひとのせいかよ」
「そんな厳めしい顔して出てきたらだれだって委縮しちゃうよ」
「オレの顔に耐えられる男を連れてくればいい」
「そんなひといるわけないじゃない!」
「おまえは平気じゃないか」
「それは兄妹だから!」
「おまえの友だちだって、平気そうだったろ」
「それはあたしがちゃんと教えてるからじゃん」
「じゃぁ、今までの男どもにも教えてやりゃよかっただろ」
「言ったよ!」
「なら。タダの根性なしだ」
「そうじゃないって解ってるでしょ。女の子の前じゃデレデレするくせに」
「おまえの友だちに睨み利かせてどうするよ。いずれオレの女になるかもしれない候補に」
「ばっかじゃないの?」
「勘違いするなと言ってる」
「なにがよ!?」
「おまえは本気で、あいつがおまえに本気になると思ってるのか。それがおまえのいう恋愛か?」
遠慮のない指摘に、和音は顔を歪ませ、
「……思ってるよ。だって」
威勢よく言葉の続きを答えようとして、
「キスされたから」
兄に先を越される。
(憎たらしい!)
「そうよっ」
「そんなのあいつにとっちゃ挨拶みてぇなもんだろーが。おまえだってわかってんだろ、そこまでバカじゃ」
「可愛いって言われたもん」
「そりゃ、かわいいさ」
それは兄の贔屓目なのか一般論かということは別に、とにかく妹が毒牙に掛かることだけは阻止したい。ただ単に経験値からの見解ではあるが、
「そういうことじゃなくて」
言えない事情もまた言葉を飲み込ませる要因ではある。
「あきらめろ」
「あきらめない!」
諦められるわけがない。
「あたしは本気なの!」
「その本気がどれだけのもんか知らねぇが、ただ泣くだけだ」
「それでもいい」
「なら派手に失恋だな」
「うるさい! そうならないよう頑張ってんじゃない。お兄ちゃんなら協力してくれてもいいじゃん」
「協力したところで一緒だ。オレは無駄なことはしない」
「ムダかどうかなんて、やってみなきゃ」
「オレはおまえのことを考えて言ってる」
「あたしのこと考えるならほっといて!」
「最悪の状況が目に見えてるのにか?」
「見えてない! 見えてないの、お兄ちゃんには! ユウヤのこと知らないくせに」
堂々巡りだ。
「いい加減……」
続けざまなにか言いたげな重音だったが、和音の頬に涙が光るのを認めため息に言葉を飲み込んだ。
4.unfulfilled love
「次の講義休校になった」
携帯電話を操作しながら和音が言った。その後ろから小走りに隣に駆け寄る、
「あたし3時限も空いてんだよな~。このままさぼりたいけど、コンクール近いしな」
ヴィオラのケースを抱え上げる藍禾が続いた。
「練習室行く?」
本音は面倒くさいと思う和音。
「今日は雨だからいっぱいでしょ」
「じゃぁカラオケ?」
練習室が空いていない時の非情手段は、少々の音では苦情の出ないカラオケボックスが最適の練習場所だ。
「え~雨なのに楽器抱えていくのはめんどい。楽器が命」
ケースを抱くような仕草を取る藍禾。
「ランチルームにいるって、結子」
言いながら携帯をバッグにしまう和音。
「カフェも混んでるだろうしねぇ」
当然のことのようにふたりはランチルームに続く階段に向きを変えた。
「あたしたち次休講~。結子は?」
重しでものせるようにして目の前の席にどっかと座る藍禾。
「あたしはこのあと個人指導入れてたんだけど。音割れるからやってもな~って感じ」
「そっか。雨の日はダメだよね」
「どうしようか」
ちらと和音を見やる結子。
「なに? ご機嫌ななめね」
藍禾の隣に座る和音を目で追う。
「あぁ、いつものやつよ」
気にしないでと、目線だけで結子に答える藍禾。
その言葉で察した結子は慣れた様子で「兄貴か」とつぶやき、
「なに、またケンカ?」
「なんでそうなる?」
憮然と答える和音だったが「図星のくせに」と、藍禾に失笑される。
「どうせあんたたちも思ってんでしょー。ムダだって」
「なにが?」
すっかりあきらめモードの和音にあえて問いかける結子。
「ユウヤのこと!」
「和音自身はどう思うわけ?」
「それ聞く?」
「なら、とことんまでやるしかない。でしょ?」
だれにともなく同意を求める結子。
「実際のところどうなの?」
「なにが?」
力なく机に突っ伏する和音の頭に、
「あんたの気持ちは解った。けどそれって、ユウヤも周知の事実なの?ってこと。 それともただ単にお兄さんに反対されてるだけなわけ? いまいちそこのところがはっきりしない。告白とかしての今の状況なわけ」
根本的なことを聞かされてはいないのだと、疑問を投げかける藍禾。
「そもそもあたしたちは、ホストクラブの前で会ったことしか聞いてない」
「確かに! ただ見に来てって言われてBBQについて行っただけだわ」
今更ながらに気づいた、と結子が続く。
それをただ「つきあっている」と勘違いしていただけなのだと、先日知ったばかりだ。
「だから言ったじゃない。兄貴の友だちは、それだけであたしと付き合うことはしないって」
「だからそれは、告白してそうユウヤに言われたのかって聞いているのよ、あたしは」
再度畳みかけてくる藍禾に、返す言葉は無言だった。
「まさか。好きだって伝えてもいないの?」
「そんなの恥ずかしいよ」
「馬鹿じゃないの、みんな同じよ。そこを乗り越えてこその彼氏でしょうが」
「ねぇ」
いつまでも顔を上げられずにいる和音に、
「それって、はじまってもいないってことじゃないの?」
結子は冷たく言い放ち、うすうす気づいていた藍禾は大きくため息をついた。
「あたし、時間だから行くね」
これ以上は長丁場になると思った結子は、さっさとその場を後にした。
藍禾はそっと和音の肩に手をのせ、
「そもそもユウヤはフリーなの?」
「知らない」
「そこからかー」
こと、恋愛に関しては、自分の尺度と他人の尺度が同じだとは限らないということだ。
5.waiting for departure
「ぁ。またおまえっ!」
店から少し離れた場所で出口を見張るようにちょこんと座り込んでいる和音を目に止め声を張り上げる唯十。
「あ、あんたユウヤと一緒にいたひとー」
立ち上がり、背後にユウヤの姿が現れやしないかと背伸びする。
「腰ぎんちゃくみたいな言い方すんな!」
「だって名前知らないし」
「ユートだ。そこの写真に書いてあんだろ」
そう言って店の壁に貼り付けてあるキラキラと輝く額縁を指す。
「あーほんとだ。ユウヤの隣にいたわー」
「このっ」
「ユウヤ呼んできて。お礼がしたいの」
「呼べるわけないだろ、バカか」
「あんたは出て来たじゃない」
「お客さんを見送りに出ただけだ。そんなことより! こんなところにいると警察に通報されるぞ。店に入らないなら帰れよ」
「なによー。別に悪いことしてないじゃなーい」
「営業妨害なんだよ。子どもがうろついてるって、お客さんに言われたよ」
「子ども~!? 失礼なっ」
「あらユート。今日は同伴?」
道行くキレイどころが声を掛けてくる。
「やだなぁ、違いますよぉ。お店寄ってってくれないんですかー」
打って変わった営業スマイル。
「今日はご出勤~。また今度ねー」
「行ってらっしゃい。またよろしくお願いしまーす」
「やーだ、あんた。どっから声出してんの、それ」
「うるさいなぁ。こっちは仕事してんだよ。ガミガミお兄さんに電話するぞ」
「やめてよ。あんたにカンケーないじゃん」
そう言ってまた座り込む。
「帰れよ。警察の前に、ユウヤさんの取り巻きにしめられんぞ」
「そんなの怖くないし、そうなったら逆にこっちが警察呼ぶわ」
「そういう問題じゃないんだよ。ほら」
腕を掴み上げる。
「や~だ~」
梃子でも動かない、とはこのことだ。
「おまえ未成年だろ。よく補導されないな」
呆れたように周りを見回す。
「失礼ね、成人してるわよ」
「それで!? おまえ、ホントにユウヤさんに相手にされるとでも思ってんのか」
「相手にされてるモーン」
しれっと膝の上で頬杖を突く。
「おまえなんかが簡単に会えるひとじゃないんだよ」
「うるさいなぁ。さっさと仕事に行きなよ、じゃなきゃユウヤ呼んできて」
しっしっと追い払うように掌を返す。
「ふざけるなっ、よ」
「ユート。なにやってんだ」
「ユウヤさ……」
「ユウヤ!」
ふりかえる唯十を押しのけ駆け寄っていく和音。
「なんだおまえ、また。いい加減にしないとまた兄貴にどやされんぞ」
「平気だもーん」
「とにかく。家に帰れ、じゃないとサギに」
「サギに電話する? すればいいじゃん。どうせ忙しくて電話になんか出ない」
言っているそばから携帯を取り出す仕草を認め、
「わかった、解った。帰るから」
「本当に危ないんだ。そこまで面倒見切れない」
「だって。こうでもしなきゃ会えないじゃん!」
「そんなことしたってもう会えない。オレ、今月いっぱいで仕事辞めるから」
「え、なんで。じゃぁどうしたらいいの。どうしたら会えるの!」
「それは兄貴に聞け。兄貴に許可なく出掛けてくるな」
「そんなのっ! ユウヤ、ねぇユウヤ!」
くすくす……
「なぁに、あれ」
恋する乙女に周りのことなど目に入りはしない。
「あきらめないんだから!」
そう言い残して踵を返す和音であった。
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