椎名エリの『翳り』
あなたが、言うところの「一般」と呼ばれる、それなりに 普遍性を持った安寧から遠くあったのは、幼い頃、焼けた火箸でいくどとなく肉体に刻印を押し付けられた頃からだろうか。
宵闇に細い三日月が出る頃、あなたは猫の子供のような瞳で、ナイフを持ったまま窓を開ける。
あなたが外を恐れないのは、人々が寝静まった時間だけである。
白い毛糸のぬいぐるみにナイフを突き刺し、なぜその腹から、臓物が出てくるのだろうと、返り血を浴びた幼い あなたはいつも不思議がった。
あなたのそれは、脳髄の中で行われる遊戯であった。
雨に当たっていた。
開け放した窓から、雨水が部屋を濡らしていた。
どす黒い赤に見えたのは、ただの雨だったんだよ。
でもあなたの目には、雨はいつもどす黒い赤だった。
あなたの流す涙は、尿パックの中の真っ赤な暖かい血尿と同じ。
透明なものを探して彷徨いながら、最後に 掴んだものはガラス細工の小さな箱庭。
薄く とても繊細な。
あなたはそれも 握りつぶしてしまった。
手のひらは、ガラスだらけになって皮膚が裂け、小さな破片は取れない。
あなたは痛みなんかどうでもよかった。
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