刺青と加齢

刺青を入れると決めたのは、小学生の頃であった。
「パピヨン」という映画を観て、決めた。
胸に蝶の刺青を彫った男が、脱獄する物語である。
以来私にとって「刺青を入れる」ということは、「自由の象徴」として胸に刻まれた。

実際に刺青を彫ったのは24歳であった。
ところが この時は訳が違った。
前夫が亡くなり、その供養のためである。
信長 マニアの夫には、信長が信仰していた「第六天魔王」、これを背中に彫るのがうってつけであった。
天界の悪魔であり破壊と再生の神であり、インドでは シヴァ神にあたる。

背景は 般若心経 にした。
夫の戒名を刺青で彫った。
下から炎で仏具が焼かれている様子を刺青で入れたため、太股から背中一面まで幅広いものに仕上がった。

我が家には、仏壇を置くスペースはなかった。
仏壇を置くということも辛気臭い。
そんなわけで、持ち歩ける 仏壇がこの刺青であった。

しかし 時が経ってくると、背中なんて普段見ないため、トイレに入ったとき自分の太ももを見ない限り、うっかり 刺青を入れたことを忘れてしまう。

夏場、タンクトップに、首に保冷剤をタオルで巻いて漫画を描いている。
「しまった 今日 ゴミの日だ！！」
うっかりその格好でゴミを出しに行ってしまう。
ご近所さんがびっくりする。
度々やるヘマである。

さらにお父さんとの出会いから、36歳の時、刺青を彫った。

お父さんは、付き合った当初61歳だった。
「所詮 老いらくの恋だ。私は老い先短い。もっと若い人と付き合いなさい」
度々お父さんはそう言って号泣した。
そんなお父さんを吹っ切らせたかった。

お父さんの年齢から言って、お父さんを看取るまで、歳月を 勘定すると私は 還暦を過ぎる。
私はお父さんのお嫁さんになると決めていた。

「最後の男がお父さんである」

もうお父さん以外の人に、体を見せるということはない。

私は、土手の所にお父さんの干支の梵字を彫り、膣の両脇に楷書で大きくお父さんの名前を彫った。

「ハー！！どうするべ！！なんで あなたこんなに早まった…！！あなたのご両親に何と言って詫びたらいいんだ…！！」

お父さんは 狼狽していた。
泣いていた。
刺青を見て、「駄目だ しばらくできねえ…！！」そう言って目眩を起こした。

だけども これで吹っ切れてくれた。

私は忘れていた。
他の人に見せることもある。
「婦人科の検診の時」である…！！

診察台に乗る前まで、和気あいあいと話していた婦人科医が、診察台に乗り終わったあと、思いっきり 沈黙してしまうこともある。

こういう時は非常に 気まずい。

内視鏡検査の時。
このとき 担当医の先生が、たまたま 偶然「人間仮免中」の読者であった。

ざわつく スタッフに向かって、しんみりと「人間仮免中」について語り、刺青を入れた経緯について語ってくれた。

おかげで スタッフのみんなが、思いっきりジーンと感動してくれて、とても優しくしてくれ、私は担当医の先生に非常に感謝した。

今通っている婦人科は、先生が全く動じない人で、なおかつ フレンドリーだ。
この刺青を見られてもどうということもない。
非常にありがたく 助かっている。

それ以外は「他の人に見られる」ということもないので、私は特段気にすることもなかった。

しかし 加齢という問題があった。

私の下の毛は、生理が上がってから急激に薄くなった。
頭の毛が薄くならないぶん 助かっているが、下の毛だけは、もう本当にまばらに薄くなって、真っ正面から鏡を見ると、土手に彫った梵字がそこだけ綺麗にハゲて丸見えである。

どうにも それを見ると、「ああ私もババアだな…」としんみりしてしまうのだ。