「貴方と私の演劇革命 〜ゴールデン街からみんなを元気にしたいのだ!〜」より 「顔」 脚本
「顔」
浦部貴子(根本宗子)―――六本木のNO.1ホステス。世の男性を見下し、バカにしている。ある日突然、男の顔が全員同じ顔に見えるという謎の症状が出る。
小さい頃に父を亡くしている。
SE 動物園の中のような鳴き声
暗転の中、ナレーション
父「ほら、タカコ、見てごらん。おサルさんがいっぱいいるよ。」
タカコ「・・・気持ち悪~い。」
父「どうして?」
タカコ「だって、みんな同じ顔してるんだもん!」
父「ははは。でもね、本当はみんな少しずつ違う顔をしているんだよ。」
タカコ「お父さんは分かるの?」
父「うーん、お父さんも分からないな。でも、きっと飼育員さんは分かるんだと思うよ。」
タカコ「どうして?」
父「きっと、このおサルさん達の事が大好きだからだよ。」
タカコ「じゃ、タカコは分からないよぉ。・・・だって別におサルさんの事好きじゃないもん・・・。」
明転
タカコ板付き
『語り』
タカコ 「こうなる事は、むしろ当然だったのかも知れない。
私は、六本木のとあるクラブでホステスをしている。はっきり言って、私の様な人間には、この仕事は天職だと思う。そう、男というものを見下し、男はお店にお金を落としていくだけの生き物だと思っている、この私には。
男という生き物は本当にバカな生き物だ。何かにつけてはオッパイ、オッパイ。オッパイを見て癒され、オッパイを枕にして眠り、都営地下鉄オッパイ線に乗って通勤し、仕事終わりオッパイで一杯やって帰る。・・・うん、今のはまぁ言い過ぎだが、そのくらい単細胞な生き物だと言う事だ。だから私は、相手に気のある素振りを見せてはその気にさせ、多額のお金を使わせる事に少しの罪悪感もなかった。
いつしか私の個人の売り上げは、お店のNO.1になっていた。自分がNO.1になった事は、私はとても嬉しかった。自分が一人で生きて行けるというのを実感できるのが嬉しかった。その気持ちが大きくなっていくのと反比例して、男というものの存在は、私の中でどんどん下らないものになっていった。預金通帳に一千万の文字が印字された頃、私の中で男の価値はついにゼロになった。
だから・・・こうなる事はむしろ当然だったのかも知れない。
初めに異変に気が付いたのは、出勤の為に家を出る準備をしながら、何気なくつけていた夕方のニュースだった。原稿を読む男性アナウンサーと、中継でつながれた現場のレポーターが全く同じ顔をしていた。双子かな、と思ったが名字が違う。いったい何の冗談なのだろうと思いながら支度を終え、外に出た瞬間、ド肝を抜かれた。何と街行く男性が、子供からお年寄りまで、全員もれなく全く同じ顔をしている。
10人、20人と気分が悪くなる程同じ顔を見せられ、ようやく私は事態を把握した。どうやら私は・・・」
暗転
ナレ「男性の顔の区別がつかなくなってしまったようだ。
そう、それはまるで、全く興味が無い人には、動物園のサル山のサルの顔を区別する事が出来ないように。男なんて所詮、金を出すだけの財布程度にしか思っていなかった私は、この時まだ事の重大さに気が付いていなかった。
服装でしか男性を区別できなくなった今の状況が、この私の仕事、クラブのホステスにとって非常に致命的であるという事を。」
明転
『お店』
※「」がついていない部分は客席を見て喋る心の声
タカコ 「失礼しまーす。タカコ・・・です・・・。」
そう、ここのお客さんは9割方スーツで来店する!
服装で見分けるという方法はここでは全く通用しない!
タカコ「え~とぉ・・・、初めまして・・・じゃないですよね~!もう何回も会ってますもんね~!」
はっきり言ってピンチだ!
客の顔を忘れるなんて、この仕事でもっともタブーな事だ!
どうせ正直に今の状態を言っても言い訳にしか聞こえないか、もしくは頭のおかしい奴だと思われておしまいだ!
私はNO.1ホステスだ!一人で生きていく為にも、私はここで働いていかなくてはいけないのだ!
タカコ「忘れてないよー!常に初めて会った時の感動を忘れたくないの!」
何を言ってるんだ私は!さすがに無理があるだろう~。
・・・おいおい、マジか・・・。まんざらでもない顔してるよ~。
いやはや、君が単純なヤツで良かったよ。てか、君誰だ。なんとかして名前を確認しないと・・・。
タカコ「あ~。背中かゆいなぁ~。掻きたいんだけど、ちょっとだけ手が届かないなぁ~。丁度、こう、6cmくらいの角がとがった硬めの紙とかないかなぁ~え?名刺?うん、それでいいよ!(受け取り、ガッツリ見てから背中を掻き)・・・あぁ気持ちいい~。ありがと、安田さん!最近お店の方は順調?そう、良かったじゃない!」
あっぶね~。安田さんだったかぁ。結構な太客だったじゃない!
タカコ「あ、ハイ、5番テーブル、分かりました。ごめんね、安田さん、ちょっと行ってくるね~!」
くそっ!やっと安田さんは認識したのに!そうだ!髪型で思い出そう!幸い、髪型も人によって違いがあるみたいだ!5番テーブル・・・
あの人か!少し茶色がかった短めの髪・・・。松井さんかな・・・。
タカコ「失礼しまーす。タカコでーす!え?・・・うん、すっごく似合ってるよ・・・その新しい髪型。」
何で髪切ってんだよバカヤロー!
タカコ「ん?何でもない!あ、そーなんだぁ・・・色も少し明るくしたんだ・・・へ~・・・。あ、うん、もうすっごくバカ・・・じゃなくて、わか・・・若くなった!・・・うん。あ、あ~背中痒いけど、手が届かないなぁ~。ちょうどあと名刺分くらいの距離届かないなぁ~。・・・え?名刺切らしてる・・・?あ、掻いてくれる・・・?あ・・・うん・・・ありがと・・・。あ、もう大丈夫・・・。うん・・・ありがと・・・。」
絶体絶命だ!どうすればいいんだ!?そうだ!
タカコ「ねえ!あだ名!昔学生の頃、周りから何て言われてた!?私はね、浦部って名字だから「うらちん」とか「べーちゃん」とか言われてたんだー!ねぇねぇ何て呼ばれてた!?うん、うん、昔、目が悪くて、あーメガネ君って呼ばれてたんだ・・・。」
ヒントにならねー!名前から一文字取れよー!何だよメガネ君って!あだ名で手ぇ抜かれてんじゃねぇよー!・・・うーん・・・あ、これならどうだ・・・!
タカコ「あれ~?ちょっと待って!その新しい髪型だと、あの人に似てますね!芸能人の・・・ほら!あれ~誰だっけなぁ・・・!ここまで出てきてるんだけどなぁ~。ねぇ!誰か芸能人に似てるって今まで言われた事ない!?」
我ながら素晴らしいアイデア!これである程度絞れるぞ!
タカコ「うん!うん!若手のバンドの、ザ・ティッシュペーパーズの・・・
キーボード・・・。・・・あ~、ハイハイ・・・。」
誰だよそれ!無名なトコ出してくんじゃねぇよ!しかもそのキーボードかよ!なに音楽通ぶってんだよコイツ!いらねぇんだよ、今、そういうの!
タカコ「(頭を抱えてうなだれる)え・・・。うん・・・。大丈夫・・・。ちょっと気分が悪くなっただけ・・・。うん・・・もう大丈夫・・・。」
やっぱり無理だ・・・。こんな状態でホステスなんて続けられる訳が無い・・・。大体、何で私が男ごときの為に、こんな大変な思いしなくちゃいけないよ・・・。私は、一人でも生きて行けるんだから・・・。お父さんが早くに死んじゃったから・・・私は高校を卒業してすぐに働き始めて、それから私は誰にも頼らずに生きようって決めたんだもん・・・。あれ・・・。私何の話してるんだろう・・・。てゆうか、私今何してんだっけ・・・。あぁ・・・。仕事中か・・・。あぁ・・・お話しなきゃ・・・。いつもみたいに話聞いてるフリして・・・適当に笑って・・・。・・・あぁ・・・何か疲れちゃった・・・。
タカコ「え・・・。うん・・・。大丈夫・・・。熱は無い・・・。うん、飲み過ぎた訳でもない・・・。・・・大丈夫・・・。」
何で私に質問してんのよ・・・。私の事はいいんだってば・・・。そんな事より私は・・・。私は・・・。
タカコ「私は・・・あなたの話が聞きたいの・・・。あなたがどういう人で・・・どういう食べ物が好きで・・・どういう映画が好きで・・・どういう時に笑って・・・どういう事に腹を立てて・・・。私は・・・あなたの事が知りたいの・・・。」
ナレ「何て情けない台詞なのだろうと思った。自分が今まで見下し、バカにしてきた生き物に・・・まるで懇願しているような台詞・・・。思えば、今まで男の話に真剣に耳を傾けた事なんて一度も無かった。そうする事が強い女の条件だと思っていた。堕ちたものだ・・・。そう言って自分で自分の事を笑ってやりたかったのに・・・なぜか涙が出そうになった・・・。」
タカコ「え?あ・・・いや・・・。」
ナレ「悩んでる事があるなら聞くよ・・・か。はは・・・男にそんな事言われるようになったら私もいよいよだわ・・・。大丈夫、あなたに聞いてもらう事なんて何も無いわ・・・。」
タカコ「・・・私は・・・。」
ナレ「え・・・?」
タカコ「・・・私は・・・。」
ナレ「何言ってるの、タカコ・・・。」
タカコ「・・・私は、優しいお父さんが大好きだったの・・・。」
ナレ「ヤメてよ、タカコ・・・。」
タカコ「お父さんが、私が小学生の時に死んじゃったの・・・。」
ナレ「ダメだってば・・・。」
タカコ「私は、大人の男の人を見ると父を思い出すの・・・・。」
ナレ「お願い、ヤメて・・・。」
タカコ「だから私は・・・男の人を馬鹿にして見下すフリをして、大好きな父とは違う人間なんだと自分に言い聞かせたの・・・。私は・・・、私はずっと・・・。」
ナレ「ダメ、言わないで・・・。」
タカコ「寂しかったの・・・。でもお父さんにしてたみたいに、男の人に甘えそうになる自分が情けなくて恥ずかしかったの・・・。私は・・・お父さんに・・・
会いたかったの・・・。」
ナレ「もう止める事が出来なかった・・・。今まで必死に自分を守ってきた何かが音を立てて崩れていくのが分かった。と同時に、こうやって本当の自分の言葉で男性と話をするのが、ムズがゆく、死ぬ程恥ずかしく・・・そして、とても清々しかった。気が付くと、私はお客さんの前で泣き崩れていた。」
タカコ「うっ・・・うっ・・・。」
ナレ「お客さんは、そっと私の頭を撫でてくれた。その姿を見て私は全てを思い出した。なぜ今まで気付かなかったのだろう・・・。私が見えていた全く同じ男の顔・・・。それは・・・私がずっと長い間心の奥に仕舞い込んでしまっていた・・・大好きな人の顔だった。きっとこの不思議な症状は、男に失望したからでな無いのだろう・・・。きっと大好きだった父を忘れてはいけない。そして、父の事が好きであったように、他の男の人も好きになっていこうという前向きな意味が込められていたのだ・・・。私は、思わず目の前にいる大好きな人と同じ顔をした男の人に言っていた・・・。」
タカコ「ありがとう・・・。お父さん・・・。」
ナレ「そのお客さんは、ゆっくりと微笑んでこう言った。」
男 「あの・・・どうでもいいんだけど、早くドリンク作ってもらっていい?」
・・・・・あ・・・・・。・・・・治った・・・・。
暗転
[解説]
2012年にゴールデン街劇場で行われた根本宗子さんの一人芝居「貴方と私の演劇革命〜ゴールデン街からみんなを元気にしたいのだ!〜」に脚本を提供した時のもの。
そもそもこのお話をいただいたのが、元々主催のジェットラグという劇団に脚本を提供した事があるピースの又吉さんが「次誰かいませんか?」と聞かれた際に、有り難い事に僕の名前を出してくれた事がきっかけでした。
それまで僕はお芝居の脚本なんて神保町花月の「籠の城」以来書いてもいなかったし、しかも外部の劇団さんの主催の公演なんて勿論初めて。その上、女優さんの一人芝居。全くどう作っていいか分かりませんでした。
とりあえず顔の区別がつかなくなるというアイデアを出し、それが一番ネックになる女性の職業を考えた結果、ホステスさんとなった訳ですが、如何せんそれまでその手のお店は二十歳の頃に連れて行ってもらった大田区仲六郷のスナックのみだった僕は、すぐに漫画喫茶に行って「嬢王」を熟読し、脚本を完成させました。まぁ結果特に劇中にその知識も生かされてはいないんですが。
余談ですが、僕はずっとお芝居の脚本依頼からとにかく逃げて芸人活動をしてきた為、この頃よく同期の元ジューシーズの松橋から「いいからお前はとにかく脚本を書け!」と怒られていました。それでも逃げ続けていたのですが、流石にお世話になってる又吉さんからの依頼となれば断る訳にいかないと引き受けました。
脚本が完成した時、僕は他の芸人には誰一人この脚本を見せずコッソリやっていたのですが、松橋が何処かからかこの脚本を取り寄せて読んだらしく、会った時に「台本読んだぞ!…テメェやっぱ書けんじゃねぇか!!」と、結局何故か怒られたのを覚えています。
ちなみにこの公演、四人の脚本家が本を提供しているオムニバス公演なんですが、その中の一人に去年ご一緒させて頂いたナカゴーの鎌田さんがいた事を、それこそ去年知りました。不思議なご縁があるもんです。