話題のE484K変異
今日ちょっと興味深い論文を読んだので簡単にサマライズを。
南アフリカやブラジルで見つかっているSARS-CoV2のスパイク蛋白のRBD(receptor-binding domain)におけるE484K変異(これ、484番目のアミノ酸がE→Kに変わるって意味です)が話題になっている。先日、モデルナのプレスリリースからはワクチンは変異株にも対応しているという報告はあったが、南アフリカ株は中和抗体の効力は1/6に落ちるという。
そして、先日、アストラゼネカ社のワクチンに関してはE484K変異に対する効果はいまひとつというニュースもでた。
前のnoteでも書いたように、
ワクチンエスケープ変異は十分に出てくるだろうと言う内容を書きはしたが、世に出て広がるの結構早くないかな??と個人的には思うわけです。と言うのも、ウイルス変異って簡単に起こるんだけど、野生株に置き換わって広がるにはある程度の選択圧がかかる必要があるわけです。もしくは、増殖スピードや感染力が野生株を凌駕するようなケース(N501Yの結合能↑のような)。E484Kに関しては増殖スピードなどの話は聞かないので、もう世に出てきたとしたらそれは選択圧がかかっているのであろうと思うんだけど、ワクチンもさほど普及していない中で何を選択圧とするかとしたら、やはり獲得免疫を持った人たちが増えている環境において野生型よりも優位性を獲得したと言う事なのだろうか、と思うわけです。でも逆にそこまで既往感染者広がってたかなぁとも思うわけです。下記のサイト見てもブラジルや南アフリカ共和国が人口の割にめちゃ累計感染者多いのかといっても、アメリカなんかには負けてるわけです。まぁブラジルなんて初期に経済活動ごり押ししてたし、累計隠れ感染者を拾ってないだけかもだが。
そこの謎に関しては今回は詰められていないが、ちょっと面白い論文を読んだので以下にまとめる。
論文はイタリアのグループが去年の年末にプレプリントで報告している、「SARS-CoV-2 escape in vitro from a highly neutralizing COVID-19 convalescent plasma」と言う論文で、一般の方もおそらく普通の臨床のお医者さんもあまり読み慣れないようなタイプの論文だと思うが、
ようは、培養皿の中で、ウイルスを感染させてた細胞に抗体をふりかけて同時に培養してみて、どんなウイルス変異が試験管内で獲得されるかを調べるという実験をしている。面白いのは、わざと抗体の濃度を1/2倍ずつ希釈していって、どんどん希釈して無理やり変異が作りやすい環境を作ってあげてるわけです。今回は20種類のCOVID-19既往感染患者の抗体の中でも最もスパイク蛋白に結合能力の高かったPT188という抗体を用いて実験している。すると、最初の38日間は1/640倍希釈でも感染を抑えられていたのに、45日目には抗体の抗ウイルス能が急に落ちたのである。そこでウイルスのゲノム配列を調べて見るとスパイク蛋白のNTD領域に1アミノ酸欠損(F140del)が見つかった。この調子で同じく長期間培養してやると、今度は80日目に抗体のウイルス抑制能がガタッと落ちている(1/40希釈でようやく抑えられる)ことがわかり、この段階でスパイク蛋白のRBD領域にE484K変異を獲得していたことがわかった。ここまでくると立て続けに変異を獲得していき、最終的にはNTD領域に挿入配列を獲得し、約3ヶ月間の長期感染で全く抗体の抗ウイルス能がなくなる変異ウイルスを作り出してしまったのである(下のFigure1がわかりやすい)。
ここで、興味深いのは臨床でもよく出てくるE484K変異が再現性を持って出てくるところと、この変異を獲得すると野生株では1/640倍希釈の抗体で抑えられていたのに1/40倍までの濃縮を必要としたという事実と、さらなる変異の獲得によって抗体はほぼ無力化してしまった。という点である。
なお、最終的に抗体の結合能をほぼ無力化した理由についてだが、ウイルスは抗体結合部付近にアミノ酸の一つであるアスパラギン(N)を獲得することにより、N-linked glycanとして知られる糖鎖抗原をくっつけることができる特異なアミノ酸を獲得することとなり、最終的にくっついた糖鎖が物理的に抗体のウイルス抗原への結合を阻害してしまう、という何とも賢いウイルスの戦略なのである(ちなみに以下のFig3Cの青い鎖が糖鎖抗原)。
これについては以前も僕ツイッターで峰氏(@minesoh)と雑談してた覚えがあるが、かなりマニアックな話だが、ウイルスが宿主の抗体から逃れる際によくやる手法で(HIV然りHBV然り)、かなり厄介なウイルス側の変異なのである。
まぁ、あとはこの実験で出来上がってしまった超変異ウイルスをいろんな抗体で試してみたよ、とかどういったことが抗体結合能の低下につながるかみたいな考察がつらつらとあるのだが、ほぼ上記Fig1の実験がキモの論文であった。ちなみに、E484K変異によるメカニズムとしては、「RBD (E484K) の単一変異は側鎖の電荷を交換し、RBD領域への抗体結合の静電相補性を変化させる。」との物理的な作用らしい。上記Fig3Dだが、自分、物理よくわかりません笑 まぁコンフォーメーションが変わり、抗体結合能が落ちるのでしょう。
以上がE484K変異についてお勉強した内容の簡単な雑感などです。
今後もこういったさらなる変異は世界中で起こり出てくるでしょうが、それに逐一人類(や科学者)が立ち向かい、今後もウイルスとの戦いは続いていくでしょう。E484Kのみならず糖鎖抗原により抗体付着領域の遮蔽を起こす変異が世の中に出てきたら相当厄介ですね。おそらく既存どころか新規ワクチンも効かない恐れあります。早く治療薬の展開を待ちたいですね。