「COVID-19治療の今後の方向性を肝炎ウイルス研究者が考える」から一年たった
2020年はビルゲイツ以外、誰もが予想もしなかった一年になった。2020年5月9日に「COVID-19治療の今後の方向性を肝炎ウイルス研究者が考える」というタイトルで初めてnoteを書いた。思った以上に反響があり驚いた。
裏話としては、ふと思い立って文章を打ち出してFacebook(友人のみ閲覧可にしてるので400人ぐらいに対して)にこんなん書いたよ、と初めて書いたnoteのリンクを貼ったところ、「こういう文章をここで埋もれさせるな」とある先輩からお叱りをいただき、アルファツイッタラーの萩野先生(@Noboru_Hagino)にお手伝いいただきTwitterを中心に世に広がったという流れである。
あれからワクチン開発が思った以上に早く適切に進み、現在世界中で続々とワクチンを打つ人が増えており、先日にはvaccinatedの人が世界でも10億人を超えたという話を聞いた。
現状と今後について、簡単にではあるが毎年書いて見たいと思っている(たまたまGW後の時期だから日本に帰っても書く暇あるかもしれないし)。
振り返ってみると、当時と比較すると軽症/中等症/重症に応じた対応は行われており(当たり前かもしれないが、でも一年前の今頃は味覚障害だけしか無いような軽症例も全例入院させていた)、重症例も病態に応じて投薬や全身管理がなされている状況であり、重症化予測のフローチャートまでは行かないまでも落ち着いて応対がなされている。病床逼迫などの問題についてはここでは触れない。
アメリカの現状であるが、現時点で1億5000万人と、46%を超える人が少なくとも1回ワクチンを打っており、国民の10%程度は過去に既往感染しているわけで、かなりの人が獲得免疫を得ているということがわかっている。しかも、E484K変異をもつ免疫逃避型変異ウイルスに対する懸念のないmRNAワクチンが接種の主たるものであるという事も重要な事実である。(以下のサイト参照)
NYをはじめ、多くの都市での国内旅行が再開しており、スポーツ観戦や演劇鑑賞も全て再開する見込みとなっている。都市封鎖の初期の時期から、アメリカ人の良さである人懐っこさ(どこでもすぐに話しかけてくるコミュニケーション力の高さ)が見えなくなったのが残念であったが、未だソーシャルディスタンスを保つのが基本という考え方は保たれながらも、生活のかなりの部分が戻って来ていると思う。
一方で日本はというとやはりワクチンの出遅れが大きい痛手であるのは明白で、唯一のゲームチェンジャーであることはだいぶん前からからわかっていたはずなのに、
なぜシステム上このようなことが起こってしまったのか、を日本政府は振り返る必要が大いにあると思う。日本人は民族としてそんなに特殊なのだろうか?海外のワクチン製品をわざわざ一から国内臨床治験をし直すメリット・デメリットを天秤にかけ、今後柔軟に対応できるようには出来ないのだろうか?
現状のシステムの中でも認可は早い方だったとは思うが、そもそも薬剤を通すことが決まっている中で改めて形式上日本で治験をやっているふしがあり、このシステムを毎回踏襲するのは絶対に必要なのか、どこが譲れないところなのかを考え直したいところだ。(と書いたのは4月だったのだがやはり動きがあったみたいですね:下記引用記事)しかしながら流石にこれまで海外で使用もされてないような日本発の新薬はしっかりと治験すべきなのは間違いないのは強調したいところである。
世間では変異ウイルスが話題になっている。変異ウイルスと一口にいうと全てが変異ウイルスになるわけだが(そもそもオリジナルの塩基配列は武漢から出たばかりの時期のウイルスなのだろうが)、E484KやN501Yのようなウイルスの病原性の変化をもたらす変異をもつウイルスというのが厄介な状況を生み出していることは周知のとおりである。現状、ファイザーやモデルナのmRNAワクチンはワクチンエスケープ変異と考えられているE484K変異にもなんとか対応しており(効力が大きく落ちることは報告されている)、現時点ではワクチンでうまく感染を抑え込むことができそうである。では今後に関してはどうだろうか。人々は変異ウイルスと聞くと、いまの状態が最終形だと思っているように見受けられるが、現在は単なる過渡期だと考える。
実際に、E484K変異よりさらに厄介となるであろう挿入変異は実験レベルでも報告されており(以前のnoteで言及)、
ウイルスが世の中からほぼ消滅しない限りは、E484K変異に併せて得られたさらに強力な免疫逃避変異体が出現することは堅いどころか、ほぼ間違いないであろう(個人の見解)。ただ、それが伝播するに十分な能力を持つかどうかはまた別である。簡単にヒトからヒトへ感染しにくいウイルスであれば、一個体内で得られた変異は一個体内で完結する(絶滅する)事もあると思うが、これまでも経験して来たようにウイルスにとってより有利な変異は保存され、伝播し、世の中で存在割合を増やしていくことが多い。しかも世の中はいろんな国がそれぞれ独自にワクチンをいろんなタイミングで始めており効き目は様々であることがわかっている。ウイルスにとっては、強力に抑え込まれるわけでは無い中途半端な障壁(抗ウイルス効果)というのが一番の選択圧になり得るので、問題となりうる変異を生み出しやすいのである。上記のnoteにあるように、糖鎖抗原をまとってRBDを遮蔽するようなウイルスには抗体はほぼ無効になるのではないかと思う。例え、今回モデルナで成功したように変異ウイルス対策用にワクチンのmRNA配列を修正(今回はL18F, D80A, D215G, Δ242-244, R246I, K417N, E484K, N501Y, D614G, A701Vを追加)したり、今後の新たなアミノ酸変異を足してもだ。
ただ、細胞障害性T細胞をはじめとする他の免疫システムに関しては阻害されているわけではないため、ワクチン接種が無効とまではならないとは思う。実際に、アメリカでもワクチン接種後に感染する例はブレイクスルー例として報告されているが重症化していないのはいずれかの獲得免疫機構がワークしているのだと考えて良いかと思う。
ただ、細胞障害性T細胞に関してもMHC class Iのエピトープ領域に変異が入ると認識しなくなるであろうし、そういう意味で獲得免疫に全振りする「ワクチンは万能」というのはやはり違うかなと思う。やはり以前から言及している治療薬の必要性を強く感じる。
昨年書いた「COVID-19治療の今後の方向性を肝炎ウイルス研究者が考える」内で、ワクチンエスケープ変異は罹患期間が短いSARS-CoV-2では問題にならないのではないかと言っているが、しっかり問題になってますね。僕自身はHBVウイルスについてのワクチンエスケープ変異を獲得するような症例の経験が沢山あるのだが、HBVは垂直感染(親子感染)が主たる感染経路であり、主に出産のようなイベントでの感染が多いため、宿主は比較的若年成人から乳幼児に伝播することが多く、ウイルスは免疫逃避の性質を持たない野生型ウイルスが伝播することが多い。一方でSARS-CoV-2は水平感染であるため、誰から誰へも伝播しうるしウイルスの変異がしっかりと社会に蓄積されていくわけですね。SARS-CoV-2を甘く見てました。
さて、肝心の治療薬であるが、現状、レムデシビル、デキサメタゾンに加え、バリシチニブの適応が通り、COVID診療に使用される薬剤が増えてきたと聞いている(一部トシリズマブも使用されている)。実際に自分はアメリカにきてからコロナ騒動が勃発しており、治療に関しては全くの素人で何とも言えないがご存知の通り、これらの薬剤は特異的抗ウイルス薬とは言えない(レムデシビルは微妙な位置づけだが、SARS-CoV-2に特異的とは言えないだろう)。今後も治験や新薬開発は進んでいくのだろうが、治療薬でもファイザーは先頭をいくのかもしれないような期待させてくれる記事がある。
調べてみると、2021年3月から第一相臨床試験が始まっており、今後の経過を待ちたいところであるが、SARS-CoV-2のプロテアーゼ阻害薬とのことで、ウイルスに特異的に作用する新薬のようである。実際にHCVやHIVでもこの手の薬は上市し第一選択になっており、SARS-CoV-2にも期待が持てる。ただし、この薬に対する薬剤耐性変異の獲得も早いであろうから、願わくば多剤併用治療が望ましいのであるが、現状でそこまでの期待は高望みなのかもしれない。
以上、足早ではあるが、治療を中心に2021年現段階の個人の雑観を記した。