自分、不器用ですから
と健さんが仰るとサマになるけれど、私のは「だから何?」
これ以上何も申すなという牽制のようなものか…
手先の器用な人というのはいると思う。
理にかなった身体の使い方(手足にせよ指先にせよ)をされているように見える。
思うに、例えば布を切る作業なら、左右どちらの鋏の刃を当てて、どの角度でどの方向に切り開けば頭に描いた完成形に近づくかを、始める前から思い描くことができたり、少しやってみて、ははあ…と気づくことができる。
端的に言うと地頭がいいのだと思う。
こんなわかったようなことを言う私は全然そうじゃない。
謙遜じゃなく本当のことです。
だからちゃんと人の言うことを聞いて、言われた通りにやってみなくてはならない。
ところが、あがり症なのかなんなのか、側で先生に見ていられると上手くやれない。
習いに行って、その場でできたためしがない。
それで家に帰ってから一人でじっくり取り組むのである。
そうしてやっとできるのである。
私の作ったものを見た人は、半分はサービス精神でもって褒めてくださっていると思うが、やっぱり器用なんですねと感心してくださる。
違うのだ、できないから、人知れずトライアンドエラーを繰り返しているのだ。
それにもかかわらず、理想が高すぎるのと、妥協しないと完成しないので諦めたのを自覚しているから、いつまでも自信がない。
やっぱり不器用なのだ。