未完成世界Ⅰ
ベルトコンベアに乗っかっているような平坦な生活。毎日同じことの繰り返し。何か刺激を望むくせに、ルーティンが乱れると全てが嫌になる。味のないガムを噛み続けている。変わらない風景を眺めているうちに、いつか終わりは来る。見えない終末のことを考えると恐ろしくなってくるが、無味乾燥な日常はそんな気持ちをたやすく冷ましてしまう。
どこかへ行きたい。何かになりたい。
たとえば、
街の外れに、静かに建っている古い日本屋敷。いつから建っているのか、人が住んでいるのかもわからない。石壁は蔦で覆われ、大きな門は錆びついている。玄関までの道は垂れ下がる枝に覆われ、鬱蒼としている。広い庭に池と小さな社。館の裏には蔵があり、古の書物や大きな隼の剥製が眠っている。
館に入ると、玄関には細かい造形が施された木彫りの彫刻が置かれており、緋色の絨毯が、橙色の電灯に照らされている。
虹色の蝶が優雅に飛び交う、ステンドグラスのはめ込まれた扉が無数に並び、そのうちのひとつをゆっくりと開くと、
壁にかけられた振り子時計。時の経過を刷って色味の深くなった階段箪笥。布地に花模様があしらわれた椅子。唐草模様の壁。金色の光沢を秘めた蓄音機。
部屋のに鎮座した、妖しい曲線を描く猫脚の椅子に、彼女は座っている。
きれいに切りそろえられた、艶やかな黒髪。
心の中まで見透かしてしまいそうな、鳶色の瞳と、緩やかに引き上がった唇が、妖しげな笑みを造っている。
椿の花に彩られた黒い着物。
その袖から伸びる、絵に描いたように白い腕がゆっくりと上がり。
細く整った指が、こちらを手招きする。
「いらっしゃい。待っていたのよ、あなたを。」