見出し画像

何者でもない自分に焦る人に

noteを見ている人は、私のイメージでは世の中の人よりも感度が高くて、いわゆる意識が高い人が多いと勝手に思っているが、合っているだろうか。

書いている人よりも圧倒的に読むだけの人が多いのはどこの媒体でもそうだと思う。きっと私と同じ感覚を持つ人もいると思い、今回書くことにした。

モノを書くのがうまい人はなにかしら肩書あったりする。面白いこと書いているなと思うと、大体そういう人だ。そのことに、私は焦りを覚えている。27にもなって、自分でろくに情報も発信せず、とくに何か圧倒的なスキルを身に着けているわけでもない。しかし、それなりには仕事もやっているし、プライベートもそこそこに充実している。が、なにか自分に満足できず、とはいえ何から始めようかという悩むことが多く、振り切った行動をとれていはいない。

理想は、自分がやっていることに誇りが持て、自信をもって自分のことをストーリーで伝えることが出来ることだが、相対的になかなか自分自身のやっていることに自信が持つことができない。後輩には、サンフランシスコで起業して解散までしたやつもいる。それに比べると自分がやっていることはカスみたいなものに感じる。

対外的には、自信たっぷりで仕事に臨んでいるし、仕事中は自分がしていることに対して納得感もあり楽しい。しかし、こと自分だけしか映らない鏡をみると途轍もなく無力さを感じるのだ。ワールドカップも応援はしている。日本代表も頑張っているし、見ていてワクワクする。
ただ、試合を興奮して見終わった後に残るのは焦りだ。人に対して興奮して感動している場合じゃないと。はやく人を動かす側に回らなければと。
人と比べても仕方がないとか、幸せの基準を変えるようなアプローチがあったりするが、自分に嘘はつきたくない。

人を動かすには、影響力が必要で、自分がやりたいのは、影響力をもち人を動かし少しでも世界を変えることだ。

何か志がある人はきっとわかると思うが、おおよそ何をやればいいか自分ではわかっている。ただただそれを突き詰めてやっていくことが一番の近道だということも分かっている。

では、なにが焦りを生んでいるのか。

私がいうには、頭の中に理想を考えている時間の量、一つのことだけに集中するというか、熱中していることが足りていないと、自分で感じていることだ。自分を許せる価値観がもはや崩壊しているときがある。朝6時に起きて、4時まで同じことに打ち込んでも納得出来ない時もある。

ここで気づいているひともいると思うが、きっとここで大事なのは量ではなくて日中の行動の質に焦りは非常に関係性が強いように思う。いつもは何も目的はなくニュースメディアを見ている時間を、自分が好きな情報収集に充てるとか。自分に対して、もっとできたんじゃないかという批判出来る可能性を消していくことができるからだ。


一つおすすめ出来るのは、何と何がトレードオフになっているかを考え続けること。


うちの社長も「決めたことをやり続けるだけで思いっきりズバ抜けられる」と言っていて、本当にそうだと思う。じゃあ、これなんでそもそも続けられないかでいうと、仕組みを作れていないとかもあるんだけど、きっと今決めたことをやらないことで、失うものが理解できていないことだと思う。

例えば、ブログを書こうと決めていても、眠いから寝る。”寝る”を得ることのトレードオフは1記事書かなかったことではなく、社長の言葉を借りると”ズバ抜けること”だ。そこまで考えると、寝る=ずば抜けるが等価ではないことが分かるし、普通の人なら寝るのをちょっと我慢できたりする。


自分自身に対して誇りを持とうと思っている人は、少し怠けそうになった時にはそのことによって何を失うか、を5秒でいいので考えてみてほしい。

同じ思いの人が少しでも救われれば嬉しい。



いいなと思ったら応援しよう!