炎の第三次ソロモン海戦:第1章 危機線上のガ島基地 ~ 3.火の海
(「2.ヘンダーソン基地の悲鳴」からのつづき)
3.火の海
ついに十三日の夜はきた。
サボ島沖海戦ではわが艦隊は痛い目に会わされていた。当時、主力を、先頭にして突進したため、最初から敵砲火が主力部隊に集中するという憂目をみた。そこで、三戦隊*1は、第二水雷戦隊を、自隊の先陣に配した。盲人の杖のようなものであった。
客観的には、突入砲撃作戦は無暴ともいえる。陸上砲撃のために、突入艦は三式弾と零式弾*2(対空用)の発射用意しかととのえられない。いざ、敵艦隊に出会ったら、その弾では敵の艦体を破壊することができないのである。ましてや、敵がわが方の活潑な動きを察知しているときであった。敵艦隊の邀撃*3は、 当然のことと覚悟しなければならない⋯⋯。 口には出さぬが、不安は刻々われわれ支援部隊乗員の胸にも高まっていた。
ところが、天は挺身攻撃隊*4に恵みを与えた。 敵の待伏せ艦隊が、この一両日にかぎってまったくガ島海域に存在しなかったのである。サボ島沖海戦において敵もまた少なからぬ損傷を受けていた。そのために、敵艦隊は後方に引下ることを強いられた。新手の増援艦隊が、まだこの海に到着していなかった。いいかえれば、去る十一日、六戦隊*5が、はからずも露払い役を果したのである。
「まさに天佑*6!」
喜び勇んだ挺身攻撃隊は、まっしぐらにルンガ沖*7に躍りこんだ。ガ島の三灯火*8は、約束通り、明瞭なまたたきを送ってきた。三戦隊からも、観測機を射出した。その機は敵飛行場上空で旋回を続ける──。
砲撃開始!午後十一時半。
「射て!燃えろ!」
金剛、榛名の闘志は、敵飛行場上空で火となって燃えた。ルンガ沖を通りすぎると、くるりと反転して再び砲撃針路につく。こうして敵前で直進の往復運動をして、四十五分間にわたって砲弾の雨を浴びせかけた。三式弾・零式弾はおろか、大急ぎで揚弾*9した徹甲弾*10(対艦艇用)まで射ちこんだ。
三十六糎砲*11による砲撃の成果は絶大であった。陸軍砲は野戦重砲*12といっても、せいぜい十二糎にすぎない。陸軍部隊の砲撃ではほとんど痛痒を感じなかった敵飛行場が、この夜は、焦熱地獄の様相を呈した。飛行機が燃える。ガソリンが爆発する。その火は、夜があけてもなお衰えなかった。
在島の陸軍将士の喜びは、どのようなものであったろう。すぐさま、ガ島の陸軍は躍り上るようにして電鍵*13を叩いた。午前一時──三戦隊の「射チ方止メ」からわずかに二分後である。
「飛行場全面火ノ海ト化シ、目下ナオ盛二各所ニ誘爆ヲ生ジツツアリ」
さらに、夜があけると、
「重砲二コ大隊ガ、一昼夜連続射撃ヲ実施シタルト同様ノ効果アリ。今後モ砲撃ノ続行ヲ切望ス」
この挺身攻撃隊を指揮したのが、三戦隊司令官栗田中将*14であった。(レイテ湾*15に大和*16以下の大艦隊を率いて突入した指揮官)
陸軍からの要望をいれて、この翌日もまた砲撃隊が侵入した。それは、重巡鳥海*17、衣笠を主力とする第八艦隊であった。あいつぐ砲撃のために、ガ島ヘンダーソン飛行場は完膚なきまで破壊された。米戦史は、この当時の被害を卒直に告白している。
「海兵隊の飛行場には、鉄槌が下された。砲撃が終ったとき、ヘンダーソン基地は地図の上から殆んど吹き飛ばされていた。そして、たった一機の海兵隊爆撃機が無疵*18だったにすぎない」
(「4.南太平洋海戦」へつづく)
管理人による脚注
*1:三戦隊(第三戦隊)
巡洋戦艦である金剛、榛名からなる戦隊のこと。
*2:零式弾(零式通常弾)
旧日本海軍が開発した対空砲弾で、時計式の時限信管を搭載していた。軽装甲艦船や陸上目標への射撃にも使用された。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/零式通常弾
*3:邀撃(ようげき)
来襲して来る敵を待ち受けて攻撃すること。
*4:挺身攻撃隊
第三戦隊及び第二水雷戦隊のこと。
*5:六戦隊(第六戦隊)
第八艦隊所属の重巡洋艦である青葉、古鷹、衣笠からなる戦隊のこと。
*6:天佑
思いがけない幸運、天の助けのこと。
*7:ルンガ沖
ガダルカナル島にあるルンガ岬(Lunga Point)の沖合のこと。ルンガ岬はヘンダーソン基地近くに位置する。下図の島中央の出っ張りがルンガ岬。
*8:三灯火
三つの定点に設置された灯火。間接射撃のための目標を補助する役割。
*9:揚弾
揚弾とは、艦艇の弾薬庫から砲塔や砲座まで弾薬を運搬する作業を指す。通常、機械式の揚弾機を使用して行われ、弾薬庫から砲塔下部の旋回盤を通じて砲室まで弾薬を垂直に持ち上げる。この過程は艦の戦闘能力に直結するため、揚弾機構の設計と防護は艦艇設計において重要な要素となっている。
Citations: https://kingenchs.web.fc2.com/sonota/naab/navyougo.html
*10:徹甲弾(てっこうだん)
装甲を貫通するために設計された砲弾。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/第三艦隊_(日本海軍)
*11:三十六糎砲
口径36センチメートル(360ミリメートル)の砲。
*12:野戦重砲
大口径の砲兵火器で、主に野戦で使用される重火器のことを指す。これらの砲は、敵の防御施設や重要目標を破壊するために使用され、通常の野戦砲よりも大きな口径と長射程を持っていた。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/野戦重砲兵第1連隊
*13:電鍵
モールス符号を送信するための装置。基本的には、レバーやボタンを操作して電気回路を開閉し、短い音(短点)と長い音(長点)を組み合わせて文字や数字を表現する。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/電鍵
*14:栗田中将
栗田健男(海軍兵学校第38期)は、太平洋戦争中に重要な海軍作戦を指揮した日本の海軍軍人で、最終階級は海軍中将。1944年のレイテ沖海戦で第二艦隊司令官として知られており、この戦いでの判断は議論の的となっている。1977年に88歳で亡くなった。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/栗田健男
*15:レイテ湾(Leyte Gulf)
フィリピンのレイテ島東部に位置する湾で、レイテ島はフィリピン中部のビサヤ諸島に属する島。この島は、第二次世界大戦中、連合国軍のフィリピン奪還作戦における重要な上陸地点となった。連合国軍のレイテ島への上陸作戦は1944年10月20日に始まり、その後、レイテ沖海戦として知られる太平洋戦争における最大規模の海戦が1944年10月23日から26日にかけて行われた。この海戦は、フィリピン奪還を阻止しようとする旧日本海軍と、それを阻む連合国軍との間で繰り広げられ、旧日本海軍は壊滅的な打撃を受けた。さらに、この海戦では、旧日本軍が初めて組織的に神風特別攻撃隊を投入した。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/レイテ沖海戦
*16:大和
史上最大の46cm主砲を搭載した超弩級戦艦で、旧日本海軍の誇りとして建造された。その建造は極秘裏に進められ、完成時は世界最大の戦艦であった。太平洋戦争中、連合艦隊旗艦として活躍したが、1945年4月7日、沖縄特攻作戦「天一号作戦」で出撃し、米軍機の猛攻を受けて沈没した。
Citations: https://ja.wikipedia.org/wiki/大和_(戦艦)
*17:鳥海(ちょうかい)
旧日本海軍の重巡洋艦で、高雄型の4番艦。1928年に起工し、1932年に就役したが、1944年に沈没した。艦名は秋田・山形県境の鳥海山に由来。書類上日本で竣工した最後の重巡洋艦であった。
Citations:https://ja.wikipedia.org/wiki/鳥海_(重巡洋艦)
*18:無疵
無傷。傷がないこと。