身代わり狸物語 「第1話」
1 四国八十八箇所参り
新年になってから、土、日を利用して家族五人で、四国八十八箇所参りをするようになりました。毎回、お父さんが自動車を運転し、お母さんは助手席に、僕たち兄弟三人が後部座席に乗って出かけましたが、家を出る時お母さんは、必ず、お弁当と小さなスコップとビニール袋を車に積んでいました。
太郎は、不思議に思って、ある日、お母さんに尋ねました。
「どうして、いつもスコップとビニール袋を持って行くの……」
「身代わり狸さんに出会ったとき、可哀そうだから、ビニール袋に入れて埋めてあげるのよ…」
ととても優しい笑顔で答えてくれました。
「身代わり狸さんって?」
太郎は、次郎と三郎の顔を覗き込みましたが、二人とも判らないのか驚いた顔をして目を丸くしていました。
2 狸との出会い
太郎は、ワクワクしながら小走りで家に帰っていました。今朝、学校に行く前に、お父さんの仕事が休みで一日中家にいることが、お母さんの耳打ちで分かっていました。この頃、お父さんの仕事が少なくなって、月二回の定休日以外にも休みがあり、私たち兄弟にとっては、嬉しい事でした。
お父さんの休みの日には、良く公園や大川の土手などでキャッチボールをして遊んでくれるので、次郎も三郎もお父さんの休みの日を楽しみにしていましたが、小学校四年生の太郎には、お母さんの心配そうな笑顔が少し気になっていました。それは、お父さんの勤めている地元の建設会社は、休んだ日にはお金が貰えないのだと隣りの敦子ちゃんに聞いていたからでした。この事は、川向こうのY銀行の社宅に住む五年生の三人組から……。
「日雇いの子、日雇い子……」
と言ってからかわれていた時。敦子ちゃんが教えてくれました。
「そんなことを言うものではない! 今度、いったら先生に言いつけてやる!」
と六年生の敦子ちゃんが間に入って、三人組に注意してくれましたがそんなに応えていないのか、私たちだけが居る時にはからかってきました。
また、二年生の次郎が、緊張した時に少しどもることをからかって、
「おーい、どど、どーも君」とか、「どど、どーも君が来たぞ!」
などと言ってみんなで笑ったりしました。
しかし、太郎には、敦子ちゃんのように注意する勇気がなく、からかわれている次郎の手を引っ張ってかばうのがやっとでした。
今日の太郎は、少しでも早く帰りたかったので、近道の川沿いの小さい農道に入りました。この道は、お母さんとスーパーに買い物に行く時、交通量の多い国道を避けて通る道で、舗装されていないため雨の日の跡には、ぬかるんでいることがあります。
太郎は、二、三日前から雨が降っていたので、学校を出た時から迷っていましたが、やっぱり少しでも早く帰りたかったので、この農道に自然に足が向いていました。
農道に入ってからしばらく走った時、前方に、何時もの意地悪三人組を見つけました。少し嫌な気持ちになりましたが、今更、引き返すと遠回りになるので、思い切って走り抜けようと思いました。
三人組は、それぞれ竹の棒のようなもので、畑の中の黒い塊のような物を突いているようでした。
太郎が小走りで通り抜けようとした時、
「おーい太郎! チョット来いや!」
とY銀行の支店長の息子の浩三に呼び止められました。浩三は、三人組の中でも一番威張っていて、いつも命令調で言うので太郎は苦手でした。
「急いで帰りたい!」
と太郎は言いたかったが、何時ものように口ごもって何も言えず、立ち止まってしまいました。
「これ! 狸だぞ! 早く来てみろよ!」
と係長の息子の実が、やっぱり命令調で言いました。実は、何時も浩三の真似をして、次郎をいじめるので嫌な奴でした。
太郎は、止まりはしたが、溝を飛び越えて畑の中まで行く気にもなれず迷っていました。
「狸と聞いて怖くなったのか? 狸は弱っているので怖くなんかないぞ!」
と少し馬鹿にしたように、外交員の息子のゴマスリの仁太が、ニヤニヤして竹の棒の先で、黒い塊を突きながら言いました。
太郎は、臆病者と思われるのが嫌で、仕方なく溝を飛び越えて近くに行きました。
近くでよく見ると、小型犬ほどもある親狸で、尻尾の付け根の辺りに白い模様があることがハッキリと分かりました。狸は、随分と弱っているのかぐったりと横たわっていて、お腹がかすかに波打っていました。無抵抗の狸を、三人が交互に竹の棒で突きながら……
「もう駄目だよ! 橋の上から川に流そうか?」
と言って、いかにも意地悪そうな顔付きで、三人が相談を始めました。
「まだ生きているので、可哀そうだよ!」
と太郎が小さい声でつぶやきながら、丸くなっている狸を覗き込んでみました。前足の間から、丸くて真っ黒い悲しそうな目が一つ光っていました。
太郎には、涙ぐんだ目が、
「どうか助けてください!」
と頼んでいるように思えました。
三人は、狸の身体の下に両方から竹の棒を差し込んで持ち上げようとしていましたが、重くて持ち上がらず、ぐったりとした胴体が横に少し動いただけでした。そんなことをしても無抵抗な狸は、自ら逃げだす力は残っておらず、されるがまま動くことができませんでした。
「スーパーのダンボールを箱を貰って来て、橋の上まで運ぼうか?」
とゴマスリの仁太が提案しました。三人は、何が何でもこの狸を橋の上から川に流すつもりです。
「止めろよ! まだ生きているっじゃないか!」
と太郎は、大きい声で必死に叫びました。
「もう死んだと同じだよ! このままにしていても、野犬が食い散らかしてしまうから、川に流してやった方が幸せになれるよ…」
と浩三が言いました。
「そうだよ! そうだよ!」
と後の二人も、何時もと同じよう相槌を打ちました。
「止めろよ! まだ生きているじゃあないか! 家のお父さんに頼んで介抱して貰ったら、きっと生き返るよ…」
と太郎は、三人を睨みつけました。太郎の必死の訴えに三人は驚きながらも、
「君のお父さんなんかに、生き返らすことなんかできるもんか? もう死んだと同じだよ!」
とゴマスリの仁太が、ニヤニヤしながら馬鹿にしたように言いました。
「家のお父さんは、中学校の時、野犬に襲われて死にそうな狸を助けたことがあるんだ。今日は、お父さんがお家にいるから助けてもらうので、もう触るな!」
とすごい剣幕で、太郎が必死に言うので三人ともしり込みして……
「いくら君のお父さんでも、直せるもんか?」
「日雇いのお父さんが生き返らすなんて、チャンチャラおかしいわい!」
と口々に捨て台詞を言いながら、三人は、竹の棒をそこらに投げ捨てて、逃げるように帰ってゆきました。
太郎は、自分でも驚いていました。これまで、この意地悪三人組にからかわれたり、次郎がいじっめられたときなどにも、こんなに必死になって止めたことがあっただろうか?
彼らは、一年上級生で、三人は何時も一緒につるんでいたので、これまで怖い気持ちが先に立ち…
「止めろよ!」
と強く言う勇気が、どうしても起こらなかったのでした。それが、狸の悲しそうな丸くて真っ黒い潤んだ目を見た時、太郎の心の中に、何とか助けてやりたいという気持ちが沸き上がったのでした。
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