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繊細さんの1日が始まる

私の朝は、遅めである。
目が覚めるのは大体7時過ぎ頃だが、なんせ私は繊細さんなので、急に体を起こすと目眩がおこり自律神経がぶっ壊れる。
ゆっくりと体を目覚めさせるため、YouTubeの「自律神経を整えるヨガ」と「朝ヨガ」を数種類行うので、ベッドから起き上がるまでに40分近くかかるのだ。

自分の体に意識を向け、深呼吸しながら集中してヨガをすれば良いのだが(朝から暑いなぁ…勤務中に、どうか頭がクラクラしませんように)とか、夫が先にリビングに行く足音が聞こえると(流し台に昨晩のカレー鍋を置きっぱなしにしてしまった。まただらしない妻だと思われてしまう…)などと雑念ばかり。
自分の体を調整するためのヨガをやっているのに、そんな時でも余計な心配や不安に次々と頭を支配されてしまうのが、繊細さんなのだ。

ヨガ中の雑念を払うために、私は最近「脳内執事ごっこ」という手法を編み出した。
私は、何のアニメの影響か忘れたが「お姫さま=ワガママで繊細」というイメージを持っているので、繊細な姫である私のご機嫌を損ねず、心地良く起こすために「優しく優秀な執事」を作り上げ己の脳内で会話をする、という荒技を朝のルーティンにしているのだ。

上質なモーニングをパリッと着こなした御年60才近いロマンスグレーの執事が、私の寝室に入ってくる。
彼は柔らかい笑顔で【お早うございます姫さま。今朝のご機嫌はいかがですか。庭のバラは満開ですよ】と、私に穏やかな声をかける。

繊細でワガママな私は「どうにもこうにも…頭がボーッとして目眩がするの。湿度が高いしお腹は空いてないし、今日は何もしたくない。何もかも全てが面倒だわ」と言いながら布団を被ってしまう。
すると、老練の執事は【そうですか。それでは今日の舞踏会は取りやめましょう。温かいコーンスープを運んできますので、鳥の声を聞きながらお待ち下さい】と言いながら、そっとカーテンを開けてくれるのだ。

…これを読んで下さっている方は、私の事を妄想トンチキ野郎だと思っているかも知れない。
だが、ヨガの最中に余計な心配や不安に頭が支配されるよりも、姫と執事の脳内会話で頭を一杯にする方が精神衛生上マシなのだ。

それに、繊細さんにとっては「自分の全てを肯定してくれる存在」が絶対に必要なので、脳内執事ごっこは有効であると、私は割と本気で思っている。
繊細さんは想像力が逞しいので、是非とも「ジャニーズ系のイケメン執事」あるいは「綾瀬はるか風の癒やし系秘書」など、好きなタイプの下僕を脳内で飼う事をお薦めする。
人件費もかからないのでコスパも良いし、慣れてきたら日替わりで楽しむという上級者向けの技も取得して頂きたい。

さて。現実世界では、いつまで待っても執事がコーンスープを持ってくる気配は無いので、繊細姫は自力で起きねばならない。
40分近くかけてようやく寝室を出た私が朝一番に口にするのは、コーンスープではなく数種類の漢方だ。

庭の花壇にスギナが生えているのを見ながら(先週も体調悪くて、庭の手入れ出来なかったな。きっとお向かいのお家の人から【あそこの家、いつも庭が荒れてるわね。花を育ててるんだかスギナを育ててるんだか分かりゃしない】と陰口を叩かれてるかも)と妄想し、深いため息をつきながら朝食と弁当を作る。

後片付けが終わったら温めのシャワーを浴び、愛猫と遊んで少しだけパワーをチャージする。
弁当を包みながら、何度も何度もコンロの火が消えているかを確かめ(うん。これで今日も火事は起こらない)と少しだけ自信を取り戻す。

洗面所の鏡の前で身だしなみを整え(今日も穏やかな1日を過ごせますように)(頭がフワフワしませんように)(夫と猫が元気に過ごせますように)(両親と姉が健康でありますように)などといくつもの願いを胸に、繊細姫は今日も仕事に行くのだ。

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