躍動し続けるヴァイオリニスト、服部百音。しなやかにクラシックと向き合う姿勢とは。
幼い頃から国内外で大きな成長を見せるヴァイオリニスト、服部百音。
超絶技巧を極め、ヴァイオリンと共に怒涛の10年間を突き進んできた彼女のこれまでとこれからについて、お話を伺いました。
(インタビュアー:道下京子)
――服部さんは、幼いころから音楽活動していらっしゃいます。これまでの活動を振り返ってみていかがでしょうか。
5歳でヴァイオリンをはじめ、8歳のときにブロン先生に弟子入りして以来、先生と母と3人4脚のような状態で、あちこち回りながらコンクールや演奏会にも出演していました。
日本では10歳から、プロのオーケストラとご一緒させていただいています。幼い時から見守っていただいていることもあり、私のなかではいろんな場所に自分の先生がいるみたいです。多くのみなさまにお世話になりました。とてもたくさん場数を踏ませていただいた10年間…怒涛のように走るのみでした。だから、ヴァイオリンを練習するか、家でご飯を食べるか、寝るか、リハーサルや本番へ行くか、しかやってこなかった人生なのです。ヴァイオリニストとして10年間生きてきましたが、人間としては生きていないことに、昨年気づきました。最近、「やっと人間になったね」とよく言われます(笑)。ヴァイオリンを弾くこと以外、外の世界に目を向けたことはありませんでした。今までは、それと向き合おうとも思っていなかったし、望んでもいなかったのです。
――昨年は何か変化があった年と伺いました。
個人的に、自分自身のなかでとても大きな変化があった年でした。
音楽にも、それが少なからず影響しているとまわりの方に言われました。
自覚はないのです…そうなんだな、そういうものなのだと感じるようにしています。
以前は、楽器を持って会場と空港とを往復するだけで終わっていました。
この間、生まれて初めて一人で旅をしてきました。楽器を持たずに旅行したのも初めてです。国内旅行でしたけれど、しっかりと観光を楽しむという目的の旅でした。
そう考えると、やったことがないことを今はいっぱい経験できていますね。
自分にとっては初めてのことばかりで、感動し通しです。自分が知っていることがどれだけ偏ったことだったのかを改めて感じました。
――演奏活動がとても充実していたのですね。
ヴァイオリンとともに生きてきただけなのです。よく、ヴァイオリンの道をいつ選んだのですかと訊かれます。そんな道を選ぶ暇なんてありませんでした。
常にヴァイオリンが隣にある人生だった…。
――音楽活動のなかでは、どのように変化されたのでしょうか。
例えば、ひとつの演奏会についてすべて自分で考えて立てていく。
つまり、自分が生きている意味、音楽をやっている意味を自分で考え出せるようになったのは、ここ3,4年のことです。
――9月22日の演奏会について少し教えてください。
その大きく変化した延長線上に、9月の演奏会や12月のトリオの演奏会があるのです。すべて自分の企画です。
もちろん、たくさんの人の労力とお金も動くことですし、責任を強く感じます。だからこそ、自分が声をあげていかなければと。誰かが言ってくれるの待っているようでは、何も動かないと思います。
――9月22日に浜離宮朝日ホールで開催される「ザ・ドラマティック・ヴァイオリン」では、タクティカートの室内オーケストラと共演されます。
ほぼ、オーケストラをバックに演奏するプログラムです。
シンディングの《ヴァイオリン組曲》や《ロンド・カプリチオーソ》など、リサイタルではピアノと共演する曲目がほとんどです。
でも、それをピアノではなく、オーケストラと演奏してみたかったのです。同じ曲でもピアノとオーケストラとでは、音や世界観などまったく違います。
原曲はオーケストラ伴奏で書かれている作品もありますので、作品を理解する上でもオーケストラ版の音楽を知っておくことは、とても大切なことだと思います。
――シンディングの《ヴァイオリン組曲》は、演奏される機会はそれほど多くないと思うのですが…
この作品は、私も生まれて初めて演奏します。もともと大好きな曲で、いつか弾いてみたいと思っていました。ピアノ伴奏版もあるけれど、これは明らかにオーケストラ伴奏版の方が素敵ですので、プログラムに入れました。
やや古典的な形式ですっきりとまとまった形で書かれている曲ですが、ドラマティックな和声の響きも含まれています。曲の冒頭からヴァイオリンはとても技巧的で、ものすごい速弾きで始まるのですが、それを支えるオーケストラの和声は美しく、そこから第2楽章、第3楽章へと続きます。ヴァイオリンは演奏技巧的には難しいですけれど、人間的な感情の機微に寄り添うような曲だと思います。自分のことと重ね合わせ、いろんな思いを持って聴いていただけるのではないでしょうか。
――サン=サーンスは2曲演奏されますね。
《ロンド・カプリチオーソ》を都内で演奏するのは初めてです。
オーケストラと一緒に弾くと決まった時に、頭に浮かんだ曲でもあります。
華やかでありながらシニカルな部分もあり、どういう世界観へ持っていくかはその人次第だと思います。
この演奏会では、サン=サーンスを2曲演奏します。2曲とも小品ですが、性格はまったく違う。彼の曲には、とてもユニークな響きがあります。
《ハバネラ》はとても美しい音楽で、最後は消えるように終わります。自然に聴ける曲です。
――ラヴェルの《ツィガーヌ》は、服部さんの十八番ですよね。この曲もオーケストラ伴奏版で演奏されるのですか?
好きでしたけれど、最近弾きすぎて、好きを越えていますね(笑)。
本番で演奏した時、ものすごくみなさま喜んでくださるのです。
そのリアクションは、本番のたびに忘れられないものになり、この曲を弾くのをやめることはなかなかできないのです。
コロナ禍が始まった直後、私はフランツ・リスト・チェンバー・オーケストラとのドイツ・ツアーで《ツィガーヌ》をやりました。初めにピアノが入ってくるところがハープで演奏され、最後の盛り上がり方も少し丸みを帯びると言いますか、室内楽的な響きになって、ヴィルトゥオーゾだけれど、とても神秘的な要素が加わります。ピアノ伴奏版とは色彩感が変わるのではないかと思います。
その《ツィガーヌ》のオーケストラ伴奏版を今回、日本で演奏します。これまで私の《ツィガーヌ》をいっぱい聴いてくださったお客さまから違う感想をいただけるのではないかと思っています。
――プログラムには、《ツィガーヌ》のような有名な曲もある一方、あまり知られていないシンディングの《ヴァイオリン組曲》のような作品も含まれています。
今回は、日本で人気のある曲を取り入れながら、シンディングのようなマイナーなものを1曲入れてみました。今回のような編成でできる作品は限られていますし、全体的な構成を見て、ポジティヴなエネルギーの曲たちを集めた演奏会を私はやったことがありません。ですから、私にとっても「挑戦」なのです。
――タクティカート・オーケストラと初めての共演ですね。
私と世代の近い方が多くて、楽しみです。日本にそういう団体ってあまりないと思います。
私は、8歳からブロン先生についていましたのですが、10歳の時に、ブロン・チェンバー・オーケストラと共演しました。先生の弟子だけで構成され、いまの私の世代ぐらいの人たちが集まったチェンバー・オーケストラで、彼らはとても若かったですね。
――今後も、若い方たちとの共演することをお考えですか。
私と同世代ぐらいの方の音楽の特徴でもありますが、いろいろな方面に視野を向けることにとても素直だし、純粋に目指すものに向かうことができるのだと思います。そういう意味で、固定観念がない状態で音楽ができるのかもしれません。彼らと一緒でこそ、埋もれているさまざまな曲たちをやっていきたいという意欲がわき、とても燃えますね!彼らにとっても私にとっても未開拓の地になるわけですけれど、それを一緒に開拓し、音楽的にとても素晴らしいものを目指すのは、とてもやりがいのあることです。
――そして12月23日には、服部さんと同じく出光賞を受賞した藤田真央さんと佐藤晴真さんと東京オペラシティで共演されます。
この演奏会は、ずっと温めていた企画でした。3人で同時に受賞したのです。もともと、3人を引き合わせてくださったのは「題名のない音楽会」というテレビ番組でした。3人で何度か共演するうちに、演奏の相性がいいねという話になったのです。
この3人は、仲良くなってきて分かったんですけれど、性格がまったくバラバラなんです (笑)。リハーサルがまとまらなくて大変です。同じ曲でも、主義主張が三者三様で全然違い、誰も妥協しません。でも、「好きにやろうね」という感じで本番を迎えると、3人の棘が絡み合ってとても良い塩梅になるのです。
化学反応が何度も起きて、それがとても面白くて、友だちになりました。
――服部さんは、これから色々な発信も本格的に始めるそうですね。
いまのところは、YouTubeに過去に私が演奏した動画を配信していく予定です。
最終的には、若い世代の方にもクラシック音楽の魅力を広めることができればと思っています。それはもちろん、演奏会の会場でもできますが、演出の仕方であれ、見せ方であれ、伝え方はこちらにかかっているわけです。
YouTubeというツールがせっかくあるので、それを使わせていただけたらという思いもあります。自分を売り出すのが目的ではなく、あくまで伝える手段として、音楽を配信していければいいなと考えています。
――確かに、以前のYouTubeのあり方よりも、少し変わってきているように感じます。
コロナ禍以前のYouTubeには、その専門の方がされるコンテンツというイメージがありました。特に、クラシック音楽の世界には保守的な面があるので、必要に迫られなければなかなか新しい世界に足を踏み入れにくく、暗黙の流れがあるように感じます。
新型コロナ・ウィルスの影響で演奏会ができなくなり、どのような形でみなさまに音楽を伝えていけばいいのかと。その手段としてYouTubeが注目されるようになったと思います。
音楽家が柔軟に、自分なりに音楽を伝える手段として、そのようなものを利用できる時代になったのだなと感じています。
――YouTubeに積極的な人もいれば、抵抗をもつ人もいます。
私も抵抗があるひとりでした。でも、どのように使うかは自分次第ですよね。
だから、その内容によってどのような形でも使っていけるものだと思います。
なので、とてもありがたいコンテンツと捉えることもできるという考えに至りました。もちろん、生の演奏会に来ていただくことが主軸にあります。けれど、そこへ繋げるための位置づけとして、YouTubeで伝えていければいいなと考えています。
――配信の初めの時期は、過去に演奏された動画を配信されるということでしょうか。
そうです。それから、日本で演奏される機会のない曲に光を当てたいと考えています。いわゆる耳なじみの良い、よく知られた作品によるプログラムも良いですが、その魅力はすでにみなさまに十分伝わっているわけです。日本で聴かれることはなかったけれど、聴いてみたら素晴らしいというヴァイオリン曲は、実はいっぱい眠っているのです。マイナーだと思われるかもしれないけれど、その部分は演奏次第で意識改革もできると思うので、隠れた名曲も取り上げていく使命はあると感じています。
――将来的には、どのようにお考えですか。
20年後か30年後、それが少しでも実を結び、何かの形で日本のクラシック音楽の拡大や普及に貢献し、特に若い世代の方に興味をもってもらいたいという思いは強くあります。
クラシック音楽は入りにくいという漠然とした意識を少しずつ改革したい…
死ぬまでに成し遂げたい大きな夢のひとつです。
【服部百音 公式サイト】https://www.mone-violin.com/
【Twitter】twitter.com/hattorimone
【Instagram】https://instagram.com/mone_hattori/
【YouTubeチャンネル】
【公演情報】
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タクティカートオーケストラ室内オーケストラ公演
『ザ・ドラマティック・ヴァイオリン』
Guest Soloist 服部百音
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🕰9月22日(木)19:00開演(18:00開場)
📍浜離宮朝日ホール
🎫チケット https://eplus.jp/sf/detail/3660450001
《プログラム》
シンディング: 組曲 イ短調「古い様式で」
サンサーンス:『序奏とロンド・カプリチオーソ』
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
ラヴェル:ツィガーヌ ほか
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