第56回:「クロスモーダル」を発生させるには?
例えばサハラ砂漠や南極などのど真ん中など、一見無音に感じるすべての場所にも実は複数の音があって、地球上に音のない場所は実験的につくった空間以外は存在しません。つまり、すべての場所には音があって、その空間における音の環境の事を「サウンドスケープ」と言います。そしてビジネスにおけるサウンドスケープとは、環境の音づくり、と考えることもできます。
音と味覚の視点で具体例を申し上げると、美味しい機内食と周波数には関係があります。例えば、周波数は甘みや苦み、風味、温度、食感の感じ方に影響することがわかっています。飛行機の中のホワイトノイズと高デシベル環境下では甘味が鈍化し、うま味を感じやすくなりますので、飛行機ではトマトジュースやブラッディマリーがおいしいわけですね。
店舗での購買行動誘導にも音は効果的です。
音によってお客様の行動に影響を与えることができるのです。つまり、予め聞いたことのある音やサウンド・楽曲が、物事の選択や決定、行動のトリガーとなりお客様を誘導することが可能なのです。従い、この効果を利用し、視聴者の記憶に潜在的に音をインプットさせ、店舗やレストランなどの音楽やBGMでお客様の記憶と感情に働きかけ、商品選択・購買決定につなげることができます。これを・・サウンドプライミング効果と呼ぶわけです。
例えば、消費者のワインの選択に関するBGMの影響を調査した研究によると、酒屋さんでフランス風、ドイツ風とすぐわかるようなBGMを日替わりで流し、どこの産地のワインが実際に買われたかを調査しました。結果はフランス風のBGMが流れた日はフランスワインの購入率が上がり、ドイツ風のサウンドが流れた日がドイツワインの購入率が上がったそうです。
また別の事例では、味覚と聴覚は連動していますので、80ー85デシベルの騒々しい環境では、味覚が正常に機能しなくなることもわかっています。音が味を変えてしまい、例えば、甘さ・塩分の感じ方が鈍くなりますし、騒々しいお店ですと、お酒のグラスを空けるまでの時間が短くなり、より多くの種類のお酒がオーダーされることになりますが、言ってみればこれは騒々しいのでお酒をがんがん飲んで、早食いしてしまうということですから、大音量の環境が原因のストレスだと考えられます。また飲食店での騒々しさはお客様のクレームの上位にありますので、うるささが味覚を変えてしまうこと、更に、会話もし辛く大変不便であると考えると、「再訪したいレストラン」とは言えないですよね。
これらの、「サウンドスケープ」の視点を踏まえた上で、音と味覚のクロスモーダルの原理と事例を見てみましょう。
クロスモーダルを利用してポテトチップをよりパリパリに感じさせたいのであれば、ホワイトノイズの高周波を大きな音聞きながら被験者にポテトチップを食べてもらいましょう。逆に、ポテトチップをしけったように感じさせたいのであれば、オルゴールのような低周波な音楽を静かに聞いてもらいながらポテトチップスを食べてもらうことにしましょう。
ここでみなさんに質問ですがAの炭酸水とBの炭酸水、どちらがおいしいでしょうか?
Aは物置に入って、暗がりの中、歯磨きコップで炭酸水を飲みます。外からはエアコンの室外機の音が聞こえています。
Bは海の見える浜辺で波の音を聞きながら、空を見上げて、さんさんとしたお日様の下でガラスのグラスで炭酸水を飲みます。
答えはいわずもがな、Bの方の炭酸水がおいしいですよね。こちらの例はあたりまえじゃないかと思われるのではと思いますが、五感に分解して考えると、飲み物を入れる容器は触覚、飲む場所は触覚と視覚、環境の音は聴覚、見えている風景は視覚です。このように外的要因はヒトの体と心理に影響を及ぼします。
こちらの事例は、知識がなくても感覚的にすぐ理解ができますので、次は少し難易度をあげて、エスプレッソをより苦く感じさせるにはどうしたらよいのかお話をします。
クロスモーダル効果を利用してエスプレッソの苦みを際立たせることができます。
一番苦みを感じるのは、白いカップで、ビートが強いスピーカーで、低周波で短調の曲を聞きながらエスプレッソを飲む時です。水色のカップで高周波・長調の曲を聞きながら飲むエスプレッソより苦い、というわけです。ここでは、聴覚と視覚と触覚を足し合わせることで、味覚を際立たせる、ということが行われていますね。
一方で、「低音の楽曲を聞きながら黒いカップでエスプレッソを飲むと苦みを感じる」と主張するケースも聞いたことがありますが、残念ながらこの組み合わせで、「苦みが際立つ」と主張するのは難しいでしょう。
コーヒーやエスプレッソを嗜む方、飲んだことがある方ならば、当然エスプレッソは苦いものだと経験済みです。その上で腹に響くような低音は重く、ライトに感じないし、黒いカップは大人なビターな感じがする、故に味覚も重く苦く感じるであろうというヒトの経験、記憶、バイアスを利用しているだけのものです。
ここで重要なのは、前者は科学的実験とデータに基づいているのでエスプレッソを飲んだことがない人にも効果がありますが、後者は人のバイアスを利用しているだけですので、普遍的ではなく、エスプレッソを飲んだことのない人には効果がない、ということです。
つまり、科学的な実験に基づいて、複数の五感を組み合わせて発生することが確認されているのが、クロスモーダルであるということ。
クロスモーダルでは、聴覚×視覚×味覚×嗅覚で視覚を意図的に際立たせたりする場合もありますし、聴覚×嗅覚×味覚で味覚を際立たせ浮かび上がらせる場合もあります。逆に意図的に視覚へのフォーカスを緩くしたり、味覚の際立ち感を緩めるという作用もあります。つまり、クロスモーダルには、感覚を際立たせて強調するだけではなく、緩めて鈍化させる作用の双方があります。
また、味覚と他の感覚をひとつだけでは作用しない場合もありますし、視覚聴覚、視覚触覚、視覚嗅覚などと呼ばれる五感以外の感覚もあります。ですので、クロスモーダルというものは、「複数の異なる感覚を脳内で足し合わせて相互作用させ、一つの感覚を意図的に際立たせる」ということになりますね。
耳や目からの刺激が脳に情報として送られ、その「感覚」が、これまでの経験や他の感覚と複合的に交わって「知覚」として認識され、その結果としてクロスモーダルが発生するということです。
多要素の組み合わせの結果、クロスモーダルが発生するというわけです。次回、すでに市場で見られるクロスモーダルの事例についてご説明します。