バ先によく来る同い年のアイドルの話
SNSってのは、良いものだなと思う
作品の感想や日常生活の愚痴、社会に対して考えること、思うこと
また好きなもの、楽しいものの共有
それは自分の「言いたい」を言える場所だ
悪い面もあるが、それのおかげで俺は確実に楽しい人生を送ることができている
しかしながら、そんなSNSにすら書き込めない「言いたい」が俺にはあった
誰にも喋ることなくずっとため込んできたことだが、ふとさっき思い立ったから、今こうして文章を書いている
誰にも言えないのなら、せめてもこうして書き殴ることにしよう
結論から言えば
俺のバ先のコンビニに長瀬琴乃と伊吹渚がよく来る、という話である
俺は昨年度まで、家から電車に乗って20分ほどの場所にある公立光ヶ崎高等学校に通っていた
学校自体は人数は多いものの雰囲気が良く、特に問題は起きなかったのだが
俺の入ったバスケ部の顧問と相性が最悪だった
詳細は搔い摘むが、俺は顧問に手をあげ停学、顧問も学校をやめさせられたらしい
結局停学しても何とか進級は出来たものの、バツが悪く一年終了とともに退学し転校することにした
うちの近所にある高校といえば私立星見高等学校だが、昨年受けて落ちたし今年もろくに勉強してないから、転入することはできないだろう
通信制高校に入学し、2年生から全く新しい高校生活をスタートさせた
さて、通信制高校は自主的に勉強し、規定のレポートを期限までに提出する仕組みだ
全日制高校&部活動という昨年度の環境に比べればありえないほどに自由な時間がある
そんなわけで俺はバイトをすることにした
人生初のバイトに選んだのは近所のコンビニ
高校生ながら昼の時間に、しかもかなりの頻度でシフトに入れるということで重宝され、色々な仕事を教えてもらった
順調に進んでいったバイト生活
そんなある日、俺は気が付いた
バイトを始めたころから店に来ていた女子高生が、つい一週間前に星見まつりでデビューライブを行っていた月のテンペストのメンバー
長瀬琴乃と伊吹渚だということに
それはそれは驚いた
気が付いた日のレジの時なんか、財布から小銭を探す伊吹さんの顔を凝視しすぎて、顔を上げたときに目が合って、不思議そうな顔をされたくらいだ
いや、仕方がない
だって俺、見てたもん
いたもん、星見まつり
猛烈に誰かに言いたい、しかし誰にも言うことのできないこの話題
なぜ自分が約一年間も、誰にも見せない文章に書き殴るという発想ができなかったのか、不思議でたまらない
伊吹渚のオタクな、日記を書くことくらいすぐに思いつきそうなものだが
さて、というわけで思いついて今即座に筆を執っている
これからはこの約一年間、彼女たちを見ていて俺が思ったこと、分かったことを振り返っていこうと思う
長瀬琴乃と伊吹渚は制服からわかる通り、星見高等学校の生徒だ
琴乃のお姉さんはあの伝説のアイドル長瀬麻奈で、彼女の通う学校が星見高等学校であることは一般的に知られていることだから予想を立てるのは難しくないが
実際に制服を着ている姿というのは、ファンになった今、それはとても貴重なものなんだとわかる(俺にとっては制服の彼女たちを先に知ったため)
彼女たちは俺と同じ高校二年生
もし俺が中学時代真面目に勉強して星見高等学校に入学することができていたとしたら、二人と同じクラス……もしかしたら隣の席になることだってできていたのかもしれない
そう思うととても悔やまれるが、こうして彼女たちがよく来るコンビニの店員をするのも悪くないので、良かったと思うことにしている
店員だからこそわかること、というのもあるからだ
ここからはそれを順番に書いていく
まず
長瀬琴乃と伊吹渚がよく来るとは言ったものの、二人が来る頻度は同じかというとそうではない
よく来るのは琴乃の方だ
というより、琴乃が一人で来るか二人で一緒に来るかのどちらかが多く、渚が一人で来ることはほとんどない
よく来店するのは平日の朝8時から8時20分ごろか、お昼の12時半分から13時ごろ
琴乃は一人で来ようが二人で来ようが決まってご飯を買っていく
渚は付き添いといった感じで、何も買わないか、買ったとしても飲み物程度だ
これに関して、渚は学校での昼食がお弁当派だが琴乃はコンビニで買う派だという予想を立てた
後々、ラジオでお昼ごはんの話題になったときに、渚は毎日自分でお弁当を作っていると言っていたのでこの予想は的中している自信がある
ちなみに琴乃が買っていく昼食の比率はパン7対ごはん3だ
パンのお気に入りは「ふわふわもちもちチーズパン」
おにぎりは「いくら」が好きで、納豆巻きもしばしば買っていく
おべんとうはハンバーグ弁当多め、サンドイッチのときはいつもハムチーズだ
そして、パンとごはんのどちらにせよ、6割ほどは飲み物(ペットボトルか紙パックは半々くらい)を買っていくし、お弁当じゃないときの半分ほどはおかずも買っていく
飲み物はかなりバラバラだが、強いて言えば野菜ジュースが多いか?
おかずは基本サラダだ
ささみとキャベツのサラダを買っていくところをみると、ダイエットしてるのかななんて考える
まあアイドル、体型に気を使っているのは間違いないだろう
ただ、昼の時間に来た時にはたまにホットスナックを買っていくこともある
誘惑に負けたのか、自分へのご褒美なのかは不明だ
ちなみに、琴乃は交通系ICカードで支払いをすることが多い
過去に一度、払おうとしたら残高が足りず、チャージしようにも現金も足りず、結局おにぎりを一つだけしか買わなかったことがあった
残高が足りないことを示すエラー音に頬を少し赤く染め、財布を覗きさらにその色を濃くした琴乃が、恥ずかしそうにツナマヨの取り消しを申し出た時に、キュンとしてしまったのは内緒だ
あまりにも可愛すぎた
もう、奢ってあげたくなるほど可愛かった
もちろんそんなことは出来ないので、できる限りの笑顔でその後のお会計を済ませた
俺が平日のシフトに入るのは週3.4日ほどで、琴乃が来るのも週3.4日ほど
他にも店員はいるから、彼女の接客をできるのは週に1.2回がせいぜいだ
しかしながら長期休みの時以外は毎週会っているから、もしかしたら琴乃にも覚えられているかもしれない
いや、別に覚えられたいというわけではないが
「またこの店員さんだな~」程度は思っててほしいというのが本音である
そう、琴乃との接触はあるのだ
あまり会う回数が多くないのが渚
ちなみに俺の推しは渚である
渚は琴乃の付き添いで店を訪れることがほとんどで、当然毎回なわけではなく
さらには買い物をしていく回数はもっと少ないので、彼女との接客回数は琴乃と比べて格段に少ない
それでもこの約一年間で10回は接客しただろうから、その時分かったことを思い出してまとめてみよう
渚は支払いに現金を使っていたが、最近になってバーコード決済も使い始めた
あとポイントカードを持っている
ちなみに琴乃は持ってない
ポイントカードは裏面のバーコードを読み取るわけだが、その時に必ず氏名が目に入る
書いていない人もいるが、渚のカードにはしっかりと「イブキ」と記載がなされていた
これを初めて見たときは
「あ、ほんとに伊吹渚なんだ」と謎の感動を抱いたのを覚えている
前述のとおり渚との接触回数は多くないのだが、その中でも一つ記憶に残っていることがあったから書こう
あれは平日、12時半分過ぎ
昼ピークのお客さんも少なくなってきた頃だった
制服姿の渚が手ぶらで店にやってきた
それ自体はさほど珍しいことではなかったのだが、その時は渚が一人だけだった。俺は渚一人だけでの来店を、これ含め三回しか知らない
渚は110円のグミをレジに持ってくると、会計中にこう言った
「お箸、いただけますか?」
この言葉で全てを察した
普通、グミにお箸は使わない
渚はこの日もお弁当を作ったのだろう、しかし箸を持ってくるのを忘れてしまった
だから箸を貰うべく安いものを、ということでグミを買いに来たのだと
「かしこまりました。何膳にしますか?」
この質問に、渚は一本指を立て「い」と言いかけたが
俺の質問の意図を察してか偶然か、言葉を止めもう一本指を立てて
「二つお願いしていいですか?」
少し恥ずかしそうに聞いた
彼女は接客中、目を合わせてくれるタイプだ
店員に対しても丁寧に接してくれるから接客していて気持ちがいい
この日も彼女は俺の目を見ていた
少し申し訳層にしながら、恥ずかしそうにしながら
「かしこまりました」
俺は頷き二膳のお箸を出した
その日渚は、丁度たまっていたポイントを使い買い物をしていった
今後また同じことがあった時用に二つ以上つけないか? という意図だった
彼女も同じ考えだっただろう
別にプライベートな会話をしたわけじゃない
あくまで事務的なやりとり
しかしそこには明らかに感情が乗っていた
自分と彼女だけの特別なやり取りのことを、俺は一生忘れないだろう
さて、もともとデビューライブを見ていた時から興味を惹かれていたところ、偶然にもバイト先に高頻度で来るものだから俺はすっかり月ストの、何より長瀬琴乃と伊吹渚の虜になってしまった
琴乃と渚の組み合わせは「ことなぎ」として呼ばれ、その仲の良さから月ストでは「めいすず」と並ぶ人気を誇る
SNSでオタクたちが時折「ことなぎは結婚しているんじゃないか?」と言っているが、これは近くで彼女たちを見ている俺からしても、事実なんじゃないかと思える
あの二人、仲が良すぎる
その接し方は仲のいい友達というより、付き合いたてのカップルのようなちょっとのウブさがあるのだ
もう4.5年来の親友のはずなのに
反対に、SNSで
「琴乃ちゃんはとにかく、渚ちゃんは琴乃好きキャラを演じてるのではないか?」
「渚ちゃんは計算な気がする」
といった意見も見かけるが、これは間違いだ
そういうことを言う輩は一回うちの店に働きに来ればいい
伊吹渚の琴乃へのそれは「ガチ」だ
まごうことなき愛情
カメラの回っていない、ただの日常の中でそれがあふれ出ているのだから間違いない
琴乃が現金で払うとき、細かいのがなくてお札を出すのをためらっていた時は端数の小銭を横から出してあげたこともあった
琴乃が食べたそうにしていた4つ入りのドーナツを買って、「あとで半分こしよ」と言っていたのも、品入れをしながらそば耳を立てて聞いた
こんなに優しく献身的な彼女が、計算なわけはないだろう
繰り返すが、伊吹渚の琴乃へのそれは「ガチ」だ
そうそう、ドーナツと言えば
つい先日、琴乃と渚と同じ月のテンペストのメンバーの早坂芽衣が、これまた同じ星見高校の制服姿で店に来たことがあった
4つ入りのドーナツと4つ入りのマカロンとポテトチップスのうすしお味とジュースを買って嬉しそうに帰っていったのだが、パーティーでもしたのだろうか?
このように俺は約一年間、バ先で推しアイドルの接客をし続けてきた
俺は仕事中で、義務的にもオタクのマナー的にも私語は許されないし、当然ながらお客様のプライバシーを守らなければならない
けれど彼女たちを見ているだけで幸せだったし、推し活と同時に微力ながらも彼女たちを支えられていることも、幸福なことだと感じる
誰かに自慢するだとか、彼女たちに話しかけるだとか、そんなことはしなくてもいい
ただ、その事実が嬉しくてたまらないんだ
停学になってから、同い年の友人、ひいてはリアルの友人と会う機会が急激に少なくなりネットに浸って生きてきたのだが
学校に行かずとも、彼女たちに接客するリアルはしっかりと充実していた
もちろん接客だけじゃない。ライブもたくさん行ったしネッ友とエンカウントもした
NVGPの準決と決勝は見に行ったし、ラジオを聞いていると学校のレポートも捗る
彼女たちに出会えて、俺は幸せだ
さて、星見プロダクションの事務所が星見市から東京に移ることが発表された
学校が変わるかまでは分からないが、変わらなかったとしても彼女たちがコンビニを訪れる回数が減ることは確実だろう。それは悲しいことだ。
しかし、逆に言えばそれだけ彼女たちの仕事が増えるということ。
昨年末のNVGPで優勝した彼女たちのますますの躍進は、ファンとして素直に嬉しい
俺が店員で彼女たちがお客さんとしてくる機会が少なくなるのならば
今度はアイドルをしている彼女たちの元へ、俺が観客として行く回数を増やせばいい
そうだ、そうしよう。もっともっと月ストのライブに行こう。
地方公演も増えるかもしれない。地方のオタクの話を聞いて遠征というものもしてみたくなってたから、遠くのライブに今度行ってみよう
しかしまあ、そのためにはお金が必要
ということで……
明日もバイト、頑張ろう