〈34〉ゴルフ練習場ウォッチング/平日昼間に集う退職オジサンたち
仕事が入っていない平日の午後は、よくゴルフの打ちっ放しに行く。もちろんひとりで。市内でも一番安いと思われる練習場が近くにあるおかげで、1回450円(80球・打席料なし!)で練習できる。そこに集うのは退職した初老男性。あまり良い趣味とは言えないが、否が応でも目に耳につく彼らの行動を密かにウォッチングするのが日課になってしまった…。
レッスンを受けても頑固にフォームを変えないひと
最近のゴルフのトレンドはシャロースイングだ。ダウンスイングでクラブを寝かせて、緩やかな角度で下ろすと球がつかまりやすく高く遠くまで飛ばせる、と言われる。練習場で教室を開いているレッスンプロたちにも、シャロー理論で指導する人が結構多い。ところが、そういうプロから教わっているにもかかわらず、ガンとして自分のスイングを変えないオジサンがいる。先生が真横に来て教えているときには素直に従ってクラブをシャローに振るのだが、先生が次の生徒さんのところに行くと、すぐに元のスイングに戻して自己流でブンブン振っている。それなら教わらなくもいいじゃない?と思うのだが、本人は「基本のキからやり直したい」と周囲に宣言していた。きっとレッスンを受けている自分が好き!なんだろうな。でもさ、せっかくだからシャローをみっちり教わろうよ。いい機会だしさ。トレンドだよ。飛ぶよぉ、シャロー。
女性に愛想がいいつもりでも、それってセクハラだから
ゴルフ練習場に女性は少ない。フロント受付の女性と、ゴルフ好きのオバサンがポツポツと通う程度だ(私もそのひとり!)。ゴルフ教室になると若い女性も多いけれど、やめてゆく人も多いから、残った女性には希少価値が出てくるのだと思う。すると「〇〇さん、ゴルフもうまくなって、それだけ可愛いと、街で声をかけられるでしょう?」とか言ってゴマをするおじさんが出現する。いやいや、見えすいたお世辞を聞かされる女性だって困るでしょう。なんて返事していいかわからないもの。このオジサン、帰り際にフロントの女性に「愛してるよ!」とか声をかけていた。さすがに接客業務のベテランだから「まぁ、そんなセリフを聞いたのは何十年ぶりかしら」なんて両手で頬を押さえて嬉しがったフリをしていたが、内心は迷惑だろうな。それってセクハラの極みだからね、オジサン!
孤独なマンぶりオジサンはいつしか消えた
ゴルフはつくづく難しいと思う。動かないボールを打つだけなのに、当たらない、飛ばない。ボールが当たるようになるまでの練習は、ビギナーオジサンにとって(いや、オバサンにとっても同じ)つらい時間だ。それを一人で耐え忍ぶのは大変だ。だから友達同士やカップルで練習する人が多い。が、そのオジサンは孤独を楽しむがごとく、ひとり黙々と練習していた。ゴルフを始めた人の誰もが通るイバラの道だが、そのオジサンは様子が少し違った。とにかくクラブをチカラ一杯振り回す。当たらなくても構わない。強く振ればいつかは当たると信じて疑わないかのように、フルスイングを繰り返す。いわゆる“マンぶり”だ。当然のごとく当たらないのだが、空振りした後に「変だなぁ、当たるはずなのになぁ」という風に首をひねる。ここまでのマンぶりするには相当な体力と根性が要る。クラブの重さで手首とか怪我してしまうのも心配だ。ボールがどこに飛んでいくか分からないから周囲にも迷惑だし。友達がいたらきっと「そんなに振っても当たらないから、まずは力を抜けば?」とかアドバイスをくれるのだろうが、なにせひとりだから気づかない。私は決してこのオジサンの後ろの打席を選ばない。だって、クセの強いスイングに目を奪われて、肝心の自分の練習がおろそかになるから。このオジサンは出現から一年ほどで練習場から消えた。ゴルフをあきらめたのだろうか?それともよその練習場でマンぶりを続けているのだろうか?
昔の肩書きを大声で呼び合うオジサンたち
ゴルフ練習場に限ったことではないだろうが、オジサンは昔の肩書きで呼ばれるのが好きだ。先生!校長!社長!。職場の同僚や部下ならわかるが、練習場で初めて知り合ったオジサン同士が、なぜか相手の前職をよく知っていて、名前ではなくその肩書きで呼び合っている。世の中によくいるが、誰に向けてもテキトーに「社長ッ!」と呼ぶアレとは明らかに違う。きっと練習場主催のコンペで仲良くなるのだろう。しかもみんな、そう呼ばれるのが嫌いじゃないらしい!? 10年前は校長先生だっただろうが、私にはどう見てもフツーのくたびれた初老にしか見えない。その先生や社長さんたちは、なぜかみな声が大きい。耳が遠いせいもあるだろう。でもきっと家ではそんな大声は出さないと思う。仲間がいて、心が開放的になり、昔の自分が誇らしくなり、冗談を言い合う時間がとても大切で楽しいからだ。かつて偉かった先生も、自身の傍若無人ぶりには気づかないらしい。もちろんこのタイプの人々の近くの打席は選ばない。気が散って仕方がないから。ゴルフはメンタルのスポーツだ。心を掻き乱すものからは静かに遠ざかるのが賢明だ。
我流スイングを完成させてしまったオジサン
ゴルフスイングは十人十色とはいえ、テレビに映る最近のプロの多くは整った美しいスイングで、悪くいえば個性はない。個性の持ち主を見たければ練習場に行くに限る。そのオジサンは超スローモーションで素振りを繰り返す。アイアンを握って片足で立ち、手は首にまとわりつく蛇のようにクネクネと絡む。まるで太極拳を舞うがごとし。個性に目を奪われるが、何をお手本にすればそこまで個性的なスイングになるのかは、まったくわからない。しかし、彼の頭の中では有名プロの映像が流れ、それを無心に再現しているに違いない。いざボールを打つと、見事に当たり、そこそこ飛ばす。ここにはカラクリがあり、本番では素振りとは全く違うスイングでボールを打っているのだ。素振りと本番がここまで違う人は珍しい。もちろん、このオジサンの後ろもダメだ。面白すぎて目が釘付けになり、どうにも練習に身が入らなくなる。一度、彼の理想とするプロの名前を聞き出してみたい気もするが、聞く機会は永遠に来ないと思う。