万年筆回顧録『羽毛のタッチ』第五回
五、KING OF 万年筆
パイプ界には、「いつかはダンヒル」というフレーズがある(僕はシャーロキアンなので、パイプ煙草を嗜む。ちょっとしたパイプコレクターでもあるのだ)。その言葉を万年筆に置き換えるとするなら、「いつかはモンブラン」ということになるのだろうか、――そう言えば、ダンヒルとモンブランには共通点がある。どちらも本業(ダンヒルなら煙草、モンブランなら万年筆)を疎かにして、ファッションブランド化してしまったという点において(それもその筈、モンブランはダンヒルに買収された過去がある)。
鉛筆と言えば、あの六角形をした緑色のトンボ8900が自ずと想起されるように、万年筆と言われれば、多くの人々がMONTBLANC マイスターシュテュック 149 の姿を想起するに違いない。
余談だが、世界的にはファーバーカステルのカステル9000こそが元祖鉛筆――キングオブペンシル――であって、トンボ8900は、色も形もカステル9000の……。
話をMONTBLANC マイスターシュテュック 149に戻す。
149の愛用者は、エリザベス女王やジョン・F・ケネディ、三島由紀夫、開高健、松本清張とそうそうたる顔ぶれだ。
そんな万年筆界の王者も、ファッションブランド化の煽りを受けて、今では裸の王様と化してしまった。現行品のペン先には無残にもコストカット穴が空けられ、使用されている樹脂には多くの油分が含まれているという。とても残念なことだが、王は、自ら王である誇りをかなぐり捨ててしまったのだ。
2011年当時、僕は在りし日の王への憧れを捨てきれずにいた。それは、ビックリマンシールを集めているのに、スーパーゼウスを持っていないという致命傷に似ていた。万年筆を集めているからには、MONTBLANC149の存在は欠かせない。現行品が駄目ならビンテージものを探すしかない、と僕は方々に網を張っていた。
そして、僕は遂に入手した。MONTBLANC 1980年代 マイスターシュテュック 149 Fニブ(14K)を。
――が、こいつがまた書けなかった。 大枚はたいて書けない王様を入手してしまった僕の落胆といったらなかった。発進する度に必ずエンストするフェラーリを買ってしまったような気分だった。
人間は、耐え難いショックを受けると、無意識的にその出来事から目を背けようとする。僕の自我防衛機制は、MONTBLANC149から僕の意識を逃避させることによって僕を守ろうとした。その結果、僕の149はPelikanのPB-1(約9000円のペンケース)の中に封印されたのだ。
ところが、偶然にも翌年早々(2012年1月28日)にペンクリが開催されるという知らせが、例の小洒落た文具店から僕のもとに入った。149を購入してから僅か一カ月足らずのことである。
ペンクリ当日、僕の149は水戸黄門の印籠のように周囲の人々を圧倒していた。文具店の店長も「まさかそれが出てくるとは思わなかった」と驚きを隠せない様子だった。
川口先生もとても喜んで下さった。
「149の次には、これより優れた万年筆を買わなければならない。次は何を買おうと思ってる?」と、先生から質問を受けた僕は、「SAILORのプロフィットレアロが気になっています」と答えた。すると先生は、「それではダメだ」と苦笑なさって、自らの万年筆(恐らくプロフィット30周年記念ブライヤーだったと思う)を僕に差し出した。「試しに書いてごらん」。
僕は、そのブライヤーのキャップを恐る恐る開け、キャップを尻軸に差し込んでから、目の前のメモ帳にペン先を走らせた。
「文句なしですね」
と、僕は笑った。先生もニヤリとなさった。
僕のMONTBLANC149が川口スペシャルとして蘇った日の思い出である。
次回、「パイロッ党への誘い」乞うご期待!
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