派遣先がゴミ屋敷だった話
旅費を貯めるため春休みは居酒屋のアルバイトに加えて空いた時間に派遣従業員としても働いている。
朝から冷たい雨が降りしきる一日。今朝は集合が早いと分かっていたのに昨夜なんだか話したくなって友人と3時近くまで話し込んでしまったせいで、たった3時間の睡眠で仕事に行かなくてはならなかった。寝坊はしなかったがギリギリまで布団から出られず、駅まで小走りで行く羽目になり電車に乗り込んだころには貧血であった。これによる胃のムカムカとは今日一日中格闘することとなる。自業自得もいいところだ。
今日の現場は某公営団地の強制撤去。家賃滞納で家主が追い出されてしまった部屋の荷物を全部外に出す仕事だった。僕は今回が初めての参加だったが、僕の所属する派遣会社ではしばしばある案件らしい。別の仕事中に聞いた話によると、強制撤去は当たりはずれの差がかなりあるらしい。(不幸な家主のことを考えれば、当たりはずれを考えること自体好ましいことではないが・・・)
当たりの場合は、最初から家財道具がほとんどなく室内を軽く掃除するだけで終了なんてことがあるらしい。僕の所属する派遣会社は、早く終わっても定時までの給料が出るシステムなので、仕事的には終わるのが早ければ早いほど得なのである。
さて、今日はどうだったのかと言えば、お察しの通りはずれ、いや大はずれだったのである。まず公営団地の5階でエレベーターはなし。階段の踊り場では首筋を冷たい風雨に襲われどんどん体力を奪われてゆく。玄関前あたりからひどく臭っていた。覚悟を決め室内へ進むと(しかも全員土足)、2LDKの部屋一面には足の踏み場もないほど衣服や書籍、ゴミが散乱している。壁のあちこちにはしみがあり、蜘蛛の巣も至る所に張っている。ここは自分と同じ人間が住んでいた場所なのか。絶句だった。
リーダーの指示で、僕は箱に詰められた家財道具をひたすら階下へバケツリレー方式で降ろしつづけた。最初に畳まれた段ボールを300箱分運び込んだので、平均的なサイズの段ボール300個分の家財道具に加え数多くのゴミ袋やテレビや棚、冷蔵庫などの家具を運んだことになる。ちなみに箱や袋には入れずにに運び出されてくるものにはGの亡骸や🐭の糞なんかがたくさんついていた。階段の昇降で体はほてっていたが、意地でもマスクは外すことができなかった。
荷物を運んでいるうち、僕はあることに気づいていた。虫かごや水槽、小さな靴や衣類。この部屋には幼い子どもが住んでいたのである。余計なことを考える前に手を動かす役割なので立ち止まって考えるわけにはいかなかったが、ここで生活せざるを得なかった子どもが不憫でたまらないという感情は終始離れなかった。
16時過ぎに部屋の中のものをすべて運びきった。階段下で集まって解散かと思い待っていたところ、そこでこの家の情報を更に知ることとなってしまった。
階段下に置かれていた子供用の自転車やベビーカーもこの家庭の所有物だというのだ。この数がまたものすごい。キックボードなどに加え、ベビーカーが6~7台あった。そしてそれらを運ぶ横で僕らを雇う会社の社員の会話が聞こえてしまった。その話によると、2LDKの部屋には母親と内縁の夫、そして子どもがなんと5人、さらに猫まで飼っていたらしい。しかもゴミ屋敷の奥でなんとか生きていたそうだ。
知りたくなかった。聞けば聞くほど子どもたちが気の毒でならない。なんて計画性のない大人なんだろう、子どもを前に産むことの前にすでにいる子どものことを考え、それでも次の子どもを産むのならせめてベビーカー1台を長く使う努力ができなかったのか。まして猫を飼う余裕などどこにあるのか。お節介甚だしいのは言うまでもないが、自分の子どもに愛情を注げていないと他人から判断されるような大人に自分は決してならないと決意した。