【翠の料理人 第5話】3分で読める恋愛小説|青春物語|毎日21時更新
5. 夢への一歩
翌日、私は一太の言葉を胸に、いつも以上に張り切って仕事に取り組んでいた。
彼が目指す料理、それは単なる食べ物ではなく・・・その人を想い、心を込めてつくるもの。
そんな彼の夢を、私は全力で応援したい。
自分に何ができるのか、まだはっきりとはわからないけれど、そばで支えることから始めようと思った。
昼休み、私は旅館の庭にあるベンチで一太と一緒にお弁当を食べていた。
彼は相変わらず寡黙だが、どこか以前よりも少し心を開いているように感じた。
「一太さん、次の休みはどこか一緒に出かけませんか?」
私は唐突に誘いをかけた。
彼は少し驚いたように目を瞬かせたが、しばらく考えた後、
「…どこに?」
と短く返事をした。
「うーん、商店街とか。喫茶店でお茶とかいつも仕事ばかりだから、たまには外の空気を吸うのもいいかなって思って」
彼はしばらく考え込んだが、やがて
「いいよ」
と静かに答えた。
そんな感じで、私たちは次の休みの日に出かける約束をした。
その日が来るのが待ち遠しかった。
休みの日、私たちは商店街にやってきた。
地元の特産品を売る店や、古びた喫茶店が並ぶ通りを歩くと、一太は静かにその景色を眺めていた。
彼が普段あまりこうした場所に来ないことは、彼の表情からもわかる。
「こういうところ、あまり来ないんですか?」
私は彼の横顔を見ながら尋ねた。
「…そうだな。いつも仕事で忙しいから、外に出ることはあまりない」
「でも、たまにはリフレッシュも大事ですよ」
私は軽く笑いながら答えた。
その後、私たちは八百屋の山下さんの店に立ち寄った。
山下さんはいつも元気で、私たちが店に入ると、
「おっ、楓ちゃんと一太君じゃないか!」
と明るく声をかけてくれた。
「今日はお休みかい?いいね、若い二人が一緒に歩いてる姿を見ると、なんだか嬉しくなるよ」
山下さんは笑顔で野菜を並べながら話しかけてくる。
「はい、今日はちょっとお買い物です。一太さんに料理を教わってるんですけど、野菜の選び方も大事だって聞いて…」
「ほう、それはいいことだ。一太君、教えるのは大変じゃないか?」
一太は少し照れたように首を振り、
「いや、楓は熱心だから助かる」
と静かに答えた。
「ふふ、そうかそうか。それじゃ、今日は特別に美味しい野菜を持って帰ってくれよ。俺の自慢の品だからな!」
山下さんはそう言って、新鮮なトマトやキュウリを袋に詰めて渡してくれた。彼の温かさに触れ、私は思わず心が温まった。
「ありがとう、山下さん」
私たちはお礼を言って八百屋を後にし、近くの喫茶店に向かった。
空は澄みわたっていて、穏やかな風が吹いている。
喫茶店に着くと、私たちはしばらく無言で店内の音を聞いていた。
「一太さん、コーヒーとか好きですか?」
私はゆっくりと尋ねた。
「…うん。前に、兄と一緒にここに来たことがあるんだ。それを思い出して」
彼の言葉には、かすかな懐かしさが滲んでいた。
兄との思い出が彼にとって大切なものであることが伝わってくる。
「今でも、お兄さんとは仲がいいんですか?」
私はその思い出についてもっと聞きたくなった。
「まあ…そうだな。今は少し離れて暮らしているけど、時々連絡は取っているよ」
一太の顔に微笑みが浮かんだ。
彼が家族との絆を大切にしていることがわかって、私は彼のことを少しずつ理解しているような気がした。
その帰り道、私は一太と一緒に歩きながら、自分の心が変わり始めているのを感じていた。
彼の夢や過去に触れるたびに、彼をもっと知りたいという気持ちが強くなっていく。
そして、彼の夢を応援することで、私自身も成長していきたいと強く思うようになった。
「一太さん、いつか一緒に何か作りたいですね。一太さんが料理を作って、私がその料理をもっと広めるために何かできたら…」
私の言葉に、一太は少し驚いたようにこちらを見た。
「…そうだな。それができたら、楽しいかもしれない」
彼の言葉には、少しだけ未来への期待が含まれていた。
私たちの間に少しずつ広がる夢、それはまだ小さな一歩かもしれないけれど、確かに動き出している。
未来のどこかで、私たちが一緒に何かを成し遂げる日が来るのかもしれない・・・そんな希望を胸に、私は一太と共に歩き続けた。