山形の姥神をめぐる冒険 読書編 #5
『Savoir & Faire 土』 岩波書店 2023年刊
「土」を取り巻く技術やアート、自然環境などを紹介・展望する本書は、フランスのエルメス財団が主催する社会貢献プログラムとして編まれたものだ。華麗な装飾が施されたフランス人研究者の言葉と、実直で滋味のある日本の職人の言葉が各章で綴られていく。それらの言葉はそのままヨーロッパとアジアの土を象徴するようでいて、それぞれの歴史や食べ物や住まいにつながっている。
曲がりくねった黄土色のやきものは地中海の風のよう。太古の時代にできた粘土を切り出す土屋の仕事。原発事故の除染された土の風景が収められた写真。土蔵を修復する作業で過去の職人と語らう人。大地から生まれたダンスを踊る者。土壌の菌類を観察する者。セラミックで人工衛星を作る者…。
フランス人も日本人も土について等しく陶然とした思いを語るのは、たんに土を捏ね回したり塗ったりするのが気持ち良いからなのではないか。美濃焼の産地で原土を採取する会社の人が、土と手の官能的な出会いを語っている。
「私は作り手と土のつなぎ役なのです。ピタッと合うと、何かを得たように手が動き出して作品もそれまでとは変わってきます。土には生きとし生けるものすべてのDNAが含まれています。」
しかしそのような出会いも、利益と効率の価値観が入り込むと様相が変わってしまう。文明の進化と野生の揺り戻しに絶えずさらされるのが人類の宿命なのかもしれない。引き裂かれていくベクトルに、調和と融和は訪れるのか。土と対話する人びとはその答えを知っているような気がする。
土の追憶 おまけ
マルセイユで買った便箋は砂のような手触りの紙だった。エドモン・ダンテスはマルセイユの孤島で復讐を誓いつつ幾年を過ごし、モンテクリスト伯となる。ランボーは詩作をやめてアフリカへ渡った。サン=テグジュペリは砂漠の上で人類に呼びかけた後、消息を絶つ。カミュはアルジェで海と光に洗われていく。
彼らのヒューマニズムの発露は、地中海の明るい黄色い光の下で乾いてさっぱりと清潔だ。憎悪も、生い立ちの貧しさも背徳の愛もその光に洗われてゆく。たとえその結路が短く破滅に終わったとしても、彼らは星のような輝きを今も放っている。
「熱き血潮の柔肌よ。」
「生きよ、そして希望せよ。」
「おおい!おおい!人間ども!
我慢しろ…ぼくらが駆けつけてやる!…ぼくらのほうから駆けつけてやる!ぼくらこそは救援隊だ!」
サン=テグジュペリ『人間の土地』堀口大學訳 ほか
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