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山形の姥神をめぐる冒険 #62
【大石倉不動尊】 西川町海味 2024年8月
古い鉱山に向かう道路を上っていくと立派なお堂があった。不動尊と書かれた額と、お堂の中に不動明王の像もあるのだがご神体となりそうな滝はあるのだろうか。不動尊ウバというには釈然としないながら、お堂の前には堂々と座る姥神がいる。とはいえ、クズやススキに覆われてほぼ顔しか見えない状態だった。あともう少し来る時季が遅かったら完全に見えなくなっていたかもしれない。
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姥神探しをしていると、古びて忘れ去られそうになっている場所とここのように新しく作り直し、整備した場所がある。整理の行き届いた明るいお堂は明快で、手水があって狛犬がいて、姥神が待機していて、不動明王がいる。誰が見てもそうと分かるようになっている。
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闇と混沌の時代から明確な区分けと整理の時代へ。
科学的客観性重視の時代?
一方でそういった価値に異をとなえる言説もいろいろある。誰が何をどう感じるか、お堂ひとつ見てもそのあり様を具現化するのは一筋縄ではいかない。
進んだり、揺り戻されたり。人間の営みをちょっと俯瞰してみた気になった。
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《追記》 2024年11月
初めてここを訪れた時に新しいお堂と不動尊のいわれが結びつかず、「釈然としない」と記した。その後、西川町の姥神めぐりをしながらこの地の知見が増えていき、不動尊の詳しい由来を知ることができた。
ここは817年に空海が開山したこと。その後、豪雨や火災など三度の難をくぐり抜けてお堂が再建され、現在は十人の世話人が管理運営を務めていること。昭和四十四年の豪雨ではお堂もろとも流された本尊が二ヶ月後に寒河江川で発見され、〝奇跡の不動尊〟と呼ばれていることなどがわかった。
浅はかな自分の感想は正直に残すとして、そのような者にも伝わるように資料を記し、保管している人がいることを知った。
西川町立図書館の皆様、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。
参考資料 『海味の時代を繋ぐ話(前編)』 和泉甚右エ門 著 2014年