TS作品とは何か?「おにまい」で解き明かすTSの魅力
TS(トランスセクシュアル)作品とは、生まれ変わりなどによって、主人公の性別が変わってしまう物語を指す。
明確な定義はなく、「転生モノ」に代表される完全な生まれ変わりもあれば、ゲームで自分と違う性別のアバターを使うといった形での性転換も、TSに含まれる。
『お兄ちゃんはおしまい!』(おにまい)は、主人公の緒山まひろが、妹であるみはりの作った薬によって、女の子にされてしまう物語だ。
生まれ変わりではないが、肉体の変化は伴っている。TS作品のちょうど中間に位置する設定である、といえるだろう。
私はこの作品を読んで初めて、TSというジャンルを知った。そのため、TSに関しては素人だが、隣接するジャンルである「男の娘」についてはそこそこ詳しい。
この記事は、「男の娘マニアから見たTSの印象」を示したものだ。専門的な解説はできないが、素人なりの広い視点で考察していくので、TS好きの人であっても、新たな知見が得られると思う。
TSファンの精神分析
美少女の疑似体験
TS作品と男の娘作品の明確な違いは、「主人公にライドできるかどうか」にある。
読み手のほとんどを占める「シスジェンダー男性(出生時に割り当てられた性と心の性が一致する男性)」にとって、女性の恰好をしている男の娘にエンパシーを感じることは難しい。
しかし、TS作品の主人公は、心はそのままで、体だけが女の子に変化する。
当然、変わってしまった自分の体に違和感を持ったり、慣れない生活に苦労することになる。その過程が、TS作品の特徴的かつ魅力的な部分だ。
TS作品は仮面ライダーと同じ?
とはいえ、中身は成人男性やおっさんなので、ふつうの女の子より見劣りしてしまうように感じる。
可愛い女の子ではなく、あえて美少女化した男性主人公に萌えるのは、2つのパターンがあると私は考えている。
1つめは、私のような男の娘好きが見た場合だ。
TS作品では、主人公は強制的に男の娘にされている。
ふつうの男の娘とは違い、彼らは女の子である状態に慣れていないので、あらゆる場面であたふたする。その様子を見て楽しむという、Sっ気のある願望を満たしてくれるのが、TS作品というわけだ。
2つめは、最初に言った「主人公にライドする」というパターンである。
TS作品は、あたかも自分が美少女になったような感覚で読み進めることができる。
これは、子供が好きな仮面ライダーのマネをするシーンを想像してもらえばわかりやすい。
ベルトや仮面を身に着けるのは、そのヒーローがかっこいいからというのが第一の理由だが、それと同時に、同じ格好をすることによって「憧れのヒーローに近づきたい」「自分もかっこよくなりたい」という気持ちもある。
言ってしまえば、これは一種の自己愛だ。自分を愛しているからこそ、憧れのヒーローと同じ立場になりたいと望む。
TSも、これと同じようなものだ。
漫画やアニメなどで、多くの可愛い女の子(ヒーロー)に触れる。彼女たちに憧れの感情を持つ。ただしこの場合は、変身願望というよりも、恋愛やファンという形での憧れである。
やがて一部の人たちは、憧れの存在である美少女になりたいと望むようになる。そこで登場するのが、TS作品だ。
冴えない一般男性という、多くの人が感情移入できる(?)主人公が美少女に変身するという物語は、彼らの願望を叶えるのにうってつけである。というより、そうした層をターゲットにしてTS作品が作られている、といった方が適切かもしれない。
「プロジェクション」という概念
ここで、一冊の本を紹介する。
久保(川合)南海子が書いた『「推し」の科学 プロジェクションサイエンスとは何か』という本だ。
この本で提唱されているのが、プロジェクションという概念である。
少し難しい説明だが、TSに置き換えて説明しよう。
まず、TS作品というソースがある。それを読んだ読者は、「美少女化した男性」という表象を作り出す。そして、その表象を自身に投射することで、「美少女化の疑似体験」を可能にするのだ。
TSまでいかずとも、日常生活で似たような経験をすることがある。
それが、ゲームで男主人公か女主人公を選ぶという場面だ。こうした場面で、自分と違う性別の主人公を選んだ経験はないだろうか。
私は「原神」というゲームで、女主人公を選んだことがある。
これは、私にTS願望があったわけではなく、単に蛍ちゃんが可愛かったからという理由なのだが、図らずもTSの体験をすることになった。
原神ではストーリー中に、主人公の返答を選ぶシーンがある。ストーリーを楽しむため、私はどの選択肢にするか毎回吟味した。
そのとき私は、蛍ちゃんの気持ちになって考えていた。20歳男子大学生の気持ちのままで選ぶと、ストーリーと嚙み合わなくなってしまうので、当然の配慮である。
しかし、男子大学生の私が(疑似的に)蛍ちゃんになるという体験は、TSそのものだ。極端な言い方だが、女性(女性なら男性)キャラクターの気持ちになった時点で、私たちはTSを経験している。
『お兄ちゃんはおしまい!』の魅力
主人公への萌え
ここまでの議論を踏まえたうえで、『お兄ちゃんはおしまい!』の魅力について迫っていこう。
まず挙げられるのが、主人公への萌えだ。
TSの魅力は、なんといっても美少女化した主人公なのだから、これは外せないポイントである。主人公に萌えられないTSは、TSではない。
先にも挙げたが、可愛い女の子が困っている姿を見たいという、サディズム的な欲望を満たすことができる。
見た目は女の子だが中身は男という、性倒錯を含んだ設定も、萌えを加速させている。特に、私のような男の娘マニアには、ジャストミートだ。
これも、美少女というソースから「中身が男性の女の子」という表象を形成しているので、プロジェクションの一種といえる。
TSについてよく知らない人が、たまたま漫画の表紙を見ても、可愛い女の子が描かれているとしか思わないだろう。この人が形成する表象は、「銀髪の女子中学生」以上にはならない。
ちなみにこのような現象は、男の娘界隈ではよく起こっている。
ニコニコ動画やYouTubeの生放送で、画面に映っているキャラクターが男の娘だとわかると、とたんに歓喜のコメントで埋め尽くされる。一種の様式美といった面もあるだろうが、キャラクターの認識が女の子→男の娘に変わることで、そのキャラクターに対する目線が変わっていることは間違いない。
面白いのは、その前後でキャラクターの見た目は一切変化していないことだ。私たちの世界の認識が、単に目に見えるものではなく、脳内で作られるイメージによって規定されていることが、よくわかる事例である。
まひろとの同一化
2つめの魅力は、TSのメインである「自己投影」だ。
美少女化した主人公と自分が一体になることで、疑似的に自身を美少女化できる。
主人公にエンパシーを感じることのできる物語でありながら、その姿が美少女であるという奇妙な感覚は、TSでしか味わえないだろう。
女の子ならではの苦労や楽しさを、主人公と一緒に知っていく。漫画という受動的なコンテンツでありながら、自分とは違う性の体験という、能動的な要素も持ち合わせている。
疑似的に美少女化することで、ある種の優越感を感じることもできる。オタク向けコンテンツでは、美少女は最高の存在として扱われているので、それになるということは、憧れのヒーローや勇者になることと等しい。
二次元の美少女に憧れた結果、美少女そのものになってしまうという展開は、さながら『笑ゥせぇるすまん』だ。
『笑ゥせぇるすまん』の第60話に、銭湯好きが高じた結果、一生銭湯で働くことになった男が登場する。
https://www.youtube.com/watch?v=4A4JSwVKobE
『笑ゥせぇるすまん』はYouTubeで一部の作品が公開されており、このリンクから、該当作品を見ることができる。TSファンの物語として鑑賞してみると、より楽しめるかもしれない。
銭湯好きの男にTSファンの姿を重ねる、これもプロジェクションだ!
……いい加減しつこいだろうか。
「女の子しか入れない場所」へ潜入する
前半の議論には登場しなかったが、女の子しか入れない場所へ行けるというのも、TS作品の面白いところだ。
女子更衣室や女湯など、男のままでは絶対に入ることができない場所も、美少女になれば入ることができる。こうした男の夢というか、背徳感のある幸せを感じさせてくれるのが、TS作品である。
これも多分にもれず、男の娘作品に共通している部分がある。
古くは『とりかへばや物語』で、女装した男君が、女東宮のもとに尚侍として出仕し、寝床を共にした結果、彼女を妊娠させてしまう。
私が最近読んだ『Lily』という漫画では、女装した主人公が、そのことを知らない女の子たちによって、更衣室に連れ込まれる場面があった。
体は男であるため、TSとまったく同じというわけにはいかずとも、そうした場所へ侵入するための舞台装置として、性転換や女装が用いられているのは間違いないだろう。
最後に
それ以外にも、体は女の子で心は男の主人公が織りなす複雑な恋愛なども、TSの魅力として挙げられるかもしれない。しかし、いくぶん私のTS知識が少ないため、その点についてはよくわかっていない。
まだ触れられていないTS作品の魅力や、おすすめのTS作品があれば、教えていただけると非常に助かる。