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「ドロップ」Phase-1 #01 悪戯
■ワークエリア 24:20
「先輩、やめてくださいっ。」
由麻子先輩は俺の言葉を無視して淡々と手を動かしていた。まるでいつもの仕事ぶりだ。無駄がない。
「あ、ちょっとっ……。」
ただ、いつもと違うのは『俺の体の自由を奪って強引に襲っている』という点だ。
今、俺は、ワークチェアの上で後ろ手に縛られていて、由麻子先輩にシャツのボタンを外されている真っ最中だ。その大胆な指先は細く、蛍光灯の下で青白さが増して見える。
なんでこんなことになったんだっけ……。
俺は頭の中を整理しようと、数十分前の出来事を思い返す。
今日は由麻子先輩と引き継ぐ案件について打ち合わせをしていた。すっかり遅くなって他の社員は皆帰ってしまったことに気づき、珈琲を飲んだら切り上げようと話していた時のことだった。
「もしかして、それ、例のネクタイ?」
先輩と俺は同じアニメのファンだ。そのことがきっかけでよく話すようにもなった。
そのアニメキャラがデザインされたネクタイを彼女の沙希からプレゼントされたのだが、一見普通のビジネス用にしか見えないので先輩も気付かなかったらしい。
今度見せると話したのを思い出し「見ます?」と言って俺はネクタイを引き抜いた。
「ほんとだ。モチーフになってるのね。気づかなかった。」
由麻子先輩は上司やクライアントからの信頼が厚い上に、気さくで話しかけやすいので後輩からも人気だ。相談もよく受けている。
同期の江本に言わせると「派手さは無いけど美人。華奢と見せかけて絶対巨乳」だそうだ。男ウケが良いのに女子からも好かれている。そのテクニックをいつか教えてもらいたい。
本人から付き合ってる人の話は聞いたことない。ま、相手に困ってはいないだろう。自分も彼女がいるし、そもそも俺みたいな年下なんて相手にされるはずがない。ここ営業部に配属された時からお世話になってるので、頼りになるアネキと弟分という関係がすっかり板についている。
もちろん……。
「あ、こんな所にサブキャラがいる!」
俺は珈琲を飲むふりをして、左隣で俺のネクタイを眺める由麻子先輩をそっと盗み見た。
もちろん下心が全く無いわけではない。
いつものかっちりした印象のグレースーツ。まくり上げた袖から伸びた手首はほっそりしてるのに、ジャケットの前は張り出して少し窮屈そうだ。江本の予想も頷ける。
密かに男どもの視線を集めていることに気づいていないのだろうか。今だって膝が触れそうな距離にも関わらず、ネクタイを覗き込んで無邪気にはしゃいでいる。先輩、もう少し近づいたら胸元からシャツの中が見えそうですけど。
「ありがとう。返すね。」
由麻子先輩の声でハッと我に返る。
いかんいかん。何を考えてる俺。
今日も金曜なのに嫌な顔せず遅くまで付き合ってくれたのだ。引き継いだ案件は少しでも業績を上げて恩返ししなくては。
自分の邪な視線を悟られた気がして、俺は少し動揺していたのだと思う。ネクタイを受け取ろうと伸ばした手がワークチェアに当たり、背もたれに掛けていたジャケットが床に落ちた。
「あ、ジャケットが……。」
すかさず由麻子先輩が立ち上がって、俺の背後でしゃがみ込む。ふわっと香水の香りが漂う。
「あ、すみませんっ。」
俺は慌てて後ろを振り返りながらジャケットに手を伸ばした。
ところが次の瞬間、俺の左手首にひんやりした指先が絡みついて、背中のほうへ引っ張られた。袖をまくった腕にツルツルした感触が滑る。
「ん?先輩……?」
この時はまだふざけてるだけだと思っていた。
たまに子供っぽい悪戯を仕掛けてくることがあったので、またかという感じで「もう、何してるんですか。」と笑う余裕さえあった。
「動かないで。」
いきなり耳元で囁かれて、全身にぞわっと鳥肌が立った。低く湿った声。
さっきまでと違う雰囲気に、俺は引きつった笑みを顔に張り付けたまま、振り返ることも出来ず、束の間、先輩のされるがままになった。
「え……あの……先輩?」
そんな俺にはお構いなしという感じで、由麻子先輩は『作業』を進めているようだった。手首にまとわりつく布の感触とシュルシュルという衣ずれの音。背中で両手を縛られているらしいと理解しても、俺はどうしていいか分からず呆けていた。
ただ、これはいつもの悪戯とは違う。それだけは分かる。そして、今、俺の両手に巻きつけられているのは、さっきまで二人で見ていたアニメキャラのネクタイだろうということも。
やがて手首にキュッと締められた感じが伝わり『作業』が終わったことを告げられた。
「あ、あの、先輩……。」
「ダメ。」
俺は両手を縛られたまま、後ろを振り返ろうとした。すかさず由麻子先輩の手が俺の肩に伸びて動きを制する。容赦のない言い方は仕事でダメ出しをしてる時みたいだ。
「勝手に動かないで。」
「いや、でも……。」
もう一度、振り返ろうとした時だった。
「ダメ……。」
先程とは違うか細くて頼りない声。同時に由麻子先輩の両腕が伸びて、後ろから首に抱きつくように絡まって来た。香水の香りに包まれる。肩から背中にかけて柔らかい肌の温もりと重み。これ、胸……だよな。
「せ、先輩……。」
今から自分の身に起こることを想像して、俺の心拍数は一気に跳ね上がる。
ゴクリ。
思わず喉が鳴った。
それはまるで期待してるかのように響き、俺は狼狽えた。
「先輩、やめてくださいっ。」
決まり悪さを打ち消すかのように訴えたが、声は上ずり、むしろ逆効果だった。
由麻子先輩の白い手は躊躇う様子なく俺のビジネスシャツの上を這い、おもむろに襟元のボタンを外し始めた。
「あ、ちょっとっ……。」
「お願い。いいコにして。」
ダメ押しで俺の耳元へ囁く。この攻撃の破壊力は何だ。再び全身が総毛立ち、俺の中から急激に抗う気持ちが失せてゆく。
不安定な姿勢なのだろう。手を伸ばす度に背中にかかる重みが増してゆく。柔らかい圧迫感。その形を想像せずにはいられない。
それにしても、由麻子先輩は何故俺にこんなことを?
ずっと一緒に仕事をしていて変な空気になったことは無い、と思う。
今日だって、いつも通り残業していたはずなのに……。
「先輩……。」
俺がこれまでのことを振り返ってる間に、俺のシャツのボタンは全て外されていたらしい。パンツのウエストからシャツが引き抜かれ、白いTシャツに包まれた上半身が顕になる。
「あ……。」
由麻子先輩の腕が俺の胸板をぎゅっと抱きしめる。
学生の頃は陸上をやってたので少しは引き締まっていたと思うが、最近は仕事ばかりで趣味のフットサルもサボり気味だ。筋肉の落ちた薄い胸が急に恥ずかしくなる。
「ま、待って……。」
そのフォルムを確かめるかのように、由麻子先輩の手が俺の上半身の上を這い始める。冷たくぎこちなかった指先は、少しずつ俺の熱を吸い取り、俺の中心から更なる熱を生まれさせてゆく。
ふと左胸あたりで手が止まった。俺はもう自分の動悸を抑えることも、荒い息を隠すことも出来ない。
心臓が激しく打っていることを知られたことで、由麻子先輩への下心が暴かれた気分になり羞恥に顔が上気する。
「はぁっ……。」
由麻子先輩の爪の先がぴくっと動いて、俺の左胸の乳首をかすめた。
さっきからなかなか核心をつかないのは、焦らしているのか、躊躇っているからなのか。
ああ、そんなことより、こんな風に俺を玩んでいながら、由麻子先輩は一体どんな顔をしているのだろう。
「許してね……。」
俺の苛立ちが伝わったかのように、由麻子先輩が小声で囁いた。
「え?」
「ごめんなさい。こんなこと……。」
背中越しに聞こえる声はくぐもっていた。
いつもの自信に満ちた由麻子先輩らしからぬ声音だったと、後で何度も考えることになる。
ただ……。
「先輩……。」
ただ、次の瞬間、由麻子先輩は俺にはっきりとこう言ったのだ。
「今からあなたをレ○プします。」と。