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世界にただ一緒にいる彼(3)

まさみと航が通う大学は神楽坂にあった。神楽坂には複数の大学の校舎があり、JRの駅から伸びる学生街にかけての坂道には、沢山の飲食店が軒を連ね、昼時になると多くの学生で賑わった。航は聡一の書いた原稿がタブレットに届いたので、直ぐにまさみと静のスマホに脚本を送った。静から直ぐに会って話がしたいと言う連絡を貰って安心した。まさみはいつも利用するスタバで夜活をしていた、簡単な軽食にミートソースのパスタを頂いている、ドリンクにワインバーを選択した。企画を始めたばかりで、日本中のフレッシュなワインを料理に合わせて楽しむことができた。まさみが食べている肉料理には山梨で採れた葡萄を使った白ワインを店員さんがお勧めしてくれた、とてもあっさりして瑞々しい葡萄の香りに大満足した。まさみはスマホを手に持つと、聡一が執筆した原稿と向き合った。物語の内容は主人公の女性は動物園の飼育員でゾウの面倒を見ている、像は毎日沢山の果物や野菜を食べるので、女性は朝から調理に忙しい。飼育員は像が排泄する糞や尿を何かに利用できないかと考えていた。女性は副業として花飾り職人をしていて、動物園の近くの老人ホームや保育園にラベンダーの花飾りをプレゼントして、施設の児童や職員の姿を写真で撮影している。富良野では観光の為にラベンダー畑が点在していて、市の活動として動物園の糞や尿を利用した畑作りが始まろうとしていた。動物園でもラベンダー畑を施設内に作る事になり、花の収穫期には花飾りの作成に忙しく、市の内外から多くの観光客が訪れている。まさみはゆっくりと丁寧に一字ずつ噛み締める様に、脚本を読んだが航には何も連絡を入れなかった。航も特に理由は聞かなかったが、聡一の原稿はいつもの様に素晴らしく面白いなと言う感想を抱いていた。静が是非主人公の女性を演じてみたいと言うので、航は聡一に静でいく事にしたと伝えた。聡一は分かったと航に伝えて、静ように原稿の手直しを始めたのである。聡一の頭の中ではまさみが演じてくれるものと思っていたので、彼の演出もまさみ様に出来上がっていたのだった。聡一は原稿を書き直し始めて、数時間経った時にどうしても気になることがあったので夜遅かったがまさみと連絡をとった。聡一は札幌のビジネスホテルにいた、明日には東京に戻るのでその時でいいかなと思ったけど、まさみと早く話したかったのである。聡一は夜分遅くにごめん、いいのよ原稿のことでしょ、とっても良かったわよ、私が興味を持ったのは飼育員、動物が好きだから、ゾウの飼育してみたかったのよね、聡一はじゃあどうして今回は見送ったのと尋ねた、まさみは静とも話したけど、彼女の方が情熱的だったし、花飾り職人には彼女のほうがあっていると思ったの、でもそれもただの言い訳、最近体調を崩していて、自分が表現する事に興味を失っているのと伝えた、聡一はまさみにもそんなことが起こるんだなと思ったが口には出さなかった、健康には気よつけろよ伝えて、電話を切った。まさみには小学生の頃から舞台の脚本を書いて演じて貰っている、中学生の時にはバンドの曲の詩も書いた、まさみはいつも情熱的で創作の刺激を与えてくれた、だから今電話で話したまさみの言葉に違和感を覚えたのだった。

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