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苔読書 その3

先日、アルプスの野生のクマのドキュメンタリー番組を見ていたら、クマの足元に生えている苔が気になって仕方ない。そして最近、苔本以外の本をほとんど読んでない。これだけ集中してワンテーマで読書するなんて…夏休みの自由研究か?実際、いまは自由研究を誰かに提出したいくらいの気分です。


『苔三昧 モコモコ・うるうる・寺めぐり』
大石善隆著 岩波書店 

旅先に苔庭があればもちろん行くけれど、自分の関心はどちらかというと路傍の苔とその生えている様子にあるのだ…と思っていたが、苔庭にフィーチャーしたこの本は非常によかった。

A5サイズで薄くコンパクトなのに、貴重な情報がぎっしり詰まっている。装幀もしゃれている。それでいて、岩波書店の自然科学書籍らしい内容の充実ぶり!

著者曰く、実は苔庭は初心者にはうってつけなのだという。日本の庭は、自然のいろんな環境を再現するように作られているため、限られた空間の中に多様な環境が実現されていて、いろんな種類の苔が生えるという。なるほど説得力がある。

前半が苔庭や苔庭の苔についての解説(実践編)、後半にきてはじめてコケとは?などの解説編という構成もわかりやすい。

実践編では日本全国のなんと70もの苔庭が紹介されている!そんなにあるということにもびっくりするが、ここまで全部ラインアップしきった著者の熱意に打たれる。

解説編では、日本人と苔の関係、庭と苔の関係を紐解くために、苔が詠まれた和歌も紹介されている。著者はコケ専門家の理系の人だが、こういう内容は文芸好きにはこれはうれしい。

なによりもこの著者のコケへの愛がひしひし伝わってくる。愛読書になりそう。

『苔登山 もののけの森で山歩き』
大石善隆著 岩波書店 

先に挙げた『苔三昧』と同じ著者の、いわば続編的な本。しゃれた装幀や、「実践編」「解説編」という二部構成が踏襲されている。特に山登りが趣味というわけでもないので、「苔のために登山なんかせんよ」と思っていたが、『苔三昧』が気に入ったのでこちらも手に取ってみたところ、やはりとてもよかった。ザック背負ってテント持って行くような山ばかりが紹介されているわけでもない。身近ですぐ行けそうなところも!

標高帯別の図鑑と、それぞれの場所に暮らす苔の生態の解説はわかりやすい。雲霧林、蘚苔林ということばは初めて知った。行ってみたくなる…

山の苔に会うための山歩きの基本5箇条が最後に掲げられているが、このうち、「季節ごとのコケを楽しむ」「コケの名前を適度に知る」は、日ごろの苔探しでも大切なポイントだと思った。苔の名前は専門家でも容易にはわからないこともあるそうだ。だいたいどの仲間のコケかがわかるようになるのを目指そう。

『じっくり観察 特徴がわかる コケ図鑑』

大石善隆著 ナツメ社

これまで手にしたコケ図鑑のなかではベスト。掲載されている種類がとにかく多い。苔の写真はたいがいマクロ撮影なので、写真でみると実際の大きさが全然わからなくて困ることが多いが、これはちゃんと縮尺がわかるよう工夫されている。
「都市」「農村」などの環境別の並び順はよく考えられていて使いやすい。
おそらく持ち歩くことを想定してか、新書サイズでコンパクトだけれど、オールカラーでグラビアっぽい紙のため、ずっしりと重いのだけが難点。


『コケはなぜに美しい』
大石善隆著 NHK出版

今回は大石義隆氏のご著書ばかり、読んだ順番に紹介している。コケが専門の大学の先生で、内容が信頼できるものであるのはもちろんだが、この人のコケの愛で方に勝手に共感を覚えている。

『苔三昧』を読んだときからうすうすそう感じていたが、この本の小話3で「神社に来たらコケよりも狛犬を探してしまう」と個人的な趣味が吐露されており、苔むした狛犬の写真が掲載されているのを見るに至り、親近感はいや増した。

ときどき苔を擬人化したような表現が見られ(この本だけでなく上の3冊にも)、著者の真剣な苔への愛着が感じられ、それでいてやりすぎではなく、いい塩梅なのです。

この本の特徴はタイトルにもなっている「コケはなぜ美しいのか」というテーマ設定。コケを知ろう、コケに出会おうという本は他にもあるが、「コケはなぜ美しいのか」という問題を設定し、そこに科学で迫っているのがすばらしい。

ところで大石義隆氏の本はだいたい2017年から2019年の間くらいに出版されているが、どの本においても、大石氏はコケブームへの憂慮の念を示されている。コケブームのおかげで、心無い人がコケで私欲を肥やしたりしているらしく、自然の中のコケが荒らされていると。

コケブームってものがあったんですか(汗)ましてや「コケガール」などという言葉まであったとは、まったく気づきませなんだ…が、いわれてみれば、ここ20年くらい、苔玉をよく目にするようになったし、苔テラリウムの材料を売るショップがあると聞いたこともある。実際、苔本を探していると、苔玉や苔テラリウムなどの本もどっさり出てくる。

大石先生が書いておられるように、コケは長い年月をかけてその場所を選んで生えているのである。そこでの生活を維持するために様々な工夫があり、絶妙なバランスで生えているのだ。そのしおらしい様子を自分の脚と眼で発見し、愛でることが、自分にとっての苔との愉しいつきあいかただと思う。テラリウム等で苔を自分で栽培してみると、苔の生態を知るのに役立つかもしれないし、やりようによっては美しいのも確かだが、自分はそれほど魅力を感じない。

自然界のコケは、ほんのちょっと群落の一部が欠けただけでも、そこから乾燥が進んで群落全体が消滅してしまうこともあるという…そんなことは絶対に許されない。無知ゆえにこういうことに加担しないよう、慎重に苔観察を続けたい。




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