062.海の熱帯林
2003.4.22
【連載小説62/260】
「talk with coral -珊瑚と語ろう-」
マーシャルのジョンが提唱するプロジェクトへの参加が決定し、トランスアイランド側における臨時的な推進組織が結成された。
組織といっても、いつもの仲間の面々。
環境学のナタリーと文化人類学のドクター海野は、その専門領域から実務レベルの担当が即可能。
新たにエージェントとなったケンが産業の側面からエコツーリズムの可能性を探る。
これに僕が加わった4名がベースのメンバーだ。
今回のプロジェクトは単なるエコツアーにとどまらない学際的取り組みとなる。
珊瑚礁を観察するハイテクシステムとネットワークプログラムに関しては、スタンを筆頭とする未来研究所の協力が必須だし、主体となるマーシャル諸島共和国との連携や今後拡大させていく島嶼国家間の法的財・政的調整に関してはボブに負うところが大きい。
運動のグローバル化には、優れた広報戦略が求められるから、ハルコにも協力を要請した。
つまり、実質的には全エージェントによる初の横断プロジェクトになりそうなのだ。
ここ数日、その3人にも声をかけて、コミッティハウスでの会合を重ねているが、僕にすれば志を共にする信頼できる仲間たちと新たなNPO組織を誕生させたような気分だ。
またまた充実した日々なのである。
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この島にいると、各種の内部的な取り組みと外来的な事柄の幾つかが有機的に連鎖されているように感じることがあり、面白い。
2月にスタートしたクロスミーティングは「楽園の可能性」をテーマに2回の開催を充分な成果と共に終えた。
訪れる側と迎える側の双方にバランスのとれた楽園創造の在り方を、島民やツーリストと意見交換した訳だが、振り返ってみれば、この2度の会合がジョンのプロジェクトを受け入れるための準備会議の意味をも持って機能したような気がするのだ。
(コミッティハウスで開催されるオプショナルプログラムであるクロスミーティングに関しては第57話)
実は、会議進行上のポイントとなったのが「自然界における関係性の数値化」だったのだが、これが「talk with coral」参加を決定する上での意思統一にうまく機能したのである。
数値化といっても、そう難しいものではない。
「地球上における大陸と海の面積比率は3対7である」とか、「世界総人口の半数近くが上位5国で占められる」といった類の指標的数値のことだ。
まずは大枠の関係性から、客観的にトランスアイランドを見つめなおしてみようという意図があったのだが、その延長線上でクロスミーティング参加者全員が到達したひとつの共感点がある。
熱帯雨林という事例にあてはめるとこうだ…
熱帯雨林は地球上の全陸地面積の7%にすぎないが、そこには全生命種の50%以上が棲息している。
この数値に何を見るか?
まずは、人類とは、そこに住処を持たぬ種でありながら、つまり93%というマジョリティ側に位置しながらマイノリティ側の生命を脅かし、傷つけてきたという見方。
これ自体はゆるぎない事実であり、環境問題に関わる者がスタート地点で認識すべきポイントである。
が、ある意味でこれは結果論であり悲観論。
大切なのは未来へのシナリオだ。
つまり、21世紀に生きる我々はいかなるスタンスで熱帯雨林に向かうのかという精神の部分。
そこに登場したのが密度の発想。
7%の空間に50%以上の種という数値の向こうに見えるのは、いわば「種の濃密性」。
つまり、多様な生命による生態系から見れば、人類はその密度性において相対的弱者であるという認識が可能なのだ。
そこに気づきさえすれば、熱帯雨林に向かう心構えは自ずと見えてくる。
そう、我々は一種の畏敬の念と共にそこを目指せばいい。
生命の神秘とパワーに触れ、学ぶために。
そこと見えざる糸でネットされて生かされている自身を知るために。
そして、存在そのものに大きな感謝をするために来る者を、熱帯雨林は決して拒みはしない。
いや、その思いさえあれば、我々は熱帯雨林の有機的一部になりうる。
という共感がクロスミーティングの成果だった。
どうだろう、「talk with coral」の意義と意味は明確だろう。
saveではなく、talk。
何かを護るのではなく、まずは語るのだ。
傷ついても物言わぬ自然と、真摯に向き合い、心の部分で対話する。
そうすることで僕たちも美しい珊瑚礁の一部になれるのだ。
珊瑚礁に関わる数値も紹介しておこう。
世界の海域面積に対する珊瑚礁はわずか0.2%。
しかし、そこには海洋生物種の25%前後が棲息している。
そう、そこは豊かな「海の熱帯林」なのだ。
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実は1回目のクロスミーティングに参加したツーリストの中に、興味深いひとりの日本人がいた。
世界中を転々としながら海にもぐり続けているフリーダイバーの戸田隆二君。
その後も電子メールで何度かやりとりをしていた彼に、今回のプロジェクトを知らせたところ、是非にも協力したいとの連絡が入った。
その目で世界中の海を見てきた体験に加えて、彼には世界レベルの人的ネットワークがあるから、頼もしい助人だ。
彼を訪ねて、久しぶりに島を離れて旅に出るのも悪くないと思っている。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。