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私の仕事場

ときどきドヤされる警備のバイト

怒られた瞬間は身も心も固まって、恥ずかしいやら悲しいやら情けないやら悔しいやら。

しまいにはお門違いの怒りまで沸いてくる。
けれどそれはそれで良しとする。

感情が発生するのは自然なことだから。

この感情に蓋をして無視をすると、自分の感情に気づくまで同じように感じさせることがやってくる。

自分がどう感じているのかを自分で見てあげれば、それ以上、感情が暴走することはない。

自分を守ろうとして感じてくれている自我に感謝だ。

そもそもショックなのは怒られたからではないのである。
自分で自分にガッカリして、自分を信じてあげないから気分が悪いのだ。

注意の言葉には、それ以上の意味も、それ以下の意味も無い。
あったとしてもそれは私がどうにかできる範疇にない。
できることといえば、最善を尽くすために、気分が良くなる思考を選択することだけだ。


安全第一、頭脳明晰、動作機敏、健康第一、美貌炸裂…、謙虚態度  (四字熟語ではありません)

自分ができなかったことを先輩に相談すると、皆、口を揃えて「すぐになんかできないよ」と云ってくれる。

「すいませんって言っておけばいいんだよ」と教えてくれる。

わたしは、移動するのに精一杯で、「すみません」の声すら出なかった。


それでもなぜか清々しい。

自分ができないことがわかったからだ。

できない自分を怒ってくれる人、直で言ってくれる人、無視されるのよりずっといい。

期待や信頼があるから言ってくれるんだ。

ときどき目の周りがじわっとくるのは嬉しいから。
汗のせいにできる夏が好きだ。

つぎは大きな声で「すいません」と言うんだ。

そしたら今よりは少し、かっこよくなれると思う。

来週も安全第一!


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