富士山が隠れると嬉しい
静岡ってのはひでーとこだな、まったく。友達と遊ぶんでなきゃ、そう吐き捨てたかもな。富士山、ふじさん、フジさん。最悪。たまにゆる☆キャン、だけど微妙に韻が踏めたりして、結局おんなじようなもんでしょ最悪。
清々するぜ。俺は北国へ、帰るんだ。
フジドリームなんて、富士山に徳川埋蔵金でも埋まってんですかって。家康公のお膝元ならそれもまた…駄目だだめだダメだ!定番が大嫌いなんだ。ほら、離陸後にやっと気づいたよ、茶畑が見えるよ。現世に、経済に押しのけられているよ。こういうのでいいんだ、こういうので。
最後にサイコーな景色を拝んだあと飛行機は雲の中に突入し、富士山の見えない天気にブラボーを言ってから俺はお気に入りの詩集を手にする。隣のおじさんはとっとと寝てしまった。気持ちいいよね。斜め前の赤ん坊はむずがってやまない。怖いもんね。
上空の天気は晴れ。当たり前か。気温は-13℃です。当たり前か。
富士山を過ぎてから雲は薄らぎ始めて、名前のない山々が霞む。
富士山はな、友達や相棒(キツネの縫いぐるみだけど、愛犬が憑依してんだ)と撮った写真だけでいいんだよ。あーあと、逆さ富士はチョットだけ嬉しかった。チョットだけ、ね。
眼下の雲に不自然なスジが通ってて、まさかこれは?って思っちゃった。宗谷岬の沖合にクソデカい船がいたときと同じ気分。不謹慎って呼ばれるらしいけど、うちら哺乳類だし?人類だし?震度4まではドキドキしていいよね?
口には出さず、そのあと冷静になればいいのだ。アレは潮の色の境目と同じだよ。流体力学やってるから詳しいの、俺。なんちゃら流れ?だっけ、知らんけど。
でもドキドキしちゃうよな。飛行機に乗るたび撃墜された瞬間に備えて、天国同期、よろしくな!って叫ぶ心積もりでいる。どうせ咄嗟には出てこないんだよな、畜生。
結局墜落しなかった。畜生。
タラップに降り立つときの冷え込みは、どのタイミングを上陸と呼ぶの?って質問の明確な答えで、好き。アガってきた。
荷物受け取りには、ようこそ!なんて書かれた木彫りの熊が流れてくる。そりゃ、おまえらは珍しそうに写真を撮るよな。
帰れよ。回れ右して、頼み込んで元いた空港に!インバウンドも黒も白も黄色も内地民も道民も、全員!とんでもない1対80億の差別主義。唯我独尊のためにお前らが消えろ。俺は今、とんでもなくゴキゲンなんだよ。あ、雪だ。サイコー!俺だけの雪ね。
夏の大規模冷房装置のために、取っておかないでくれ。雪だるまで郵送とかもナシで。人命は地球より重いってんなら、命と引き換えにネーミングライツ買い取れないかなぁ。
明日朝にかけて東京都心でもヤスハラミツキが、アッ初ヤスハラミツキだ!って。愛されたり、疎まれたり。最もなりたいな、雪に。雨よりは好かれてて、晴れよりは疎まれてんの。
そんで、春が来たらドロドロに解けて、ヤスハラミツキじゃなくなる最期の一瞬を誰にも知られないんだ。あーあ、一番なりたいよな。
木彫りの熊よりうんと可愛い相棒の頭だけを出してやり、地下の駅まで歩いてった。電車の顔にたくさん雪がついてて(ここで寒そうだな、と思ってネーミングライツの話は破談となる)、時速100キロでご苦労さま、と言ってから逆向きにしても迷惑にならない一人席を探す。
あ、さっきの赤ん坊だ。ママさまパパさまご苦労さま。馬鹿みたいにすやすや眠ってら。さっき、相棒を差し向けてやったら馬鹿みたいに懐いてたっけ、だからか。いいぜ、その馬鹿さ加減。世間様はあと数年で、そいつにケチをつけるようになる。そん時また会ったらな、気に入った、2対80億をやろうな。片棒を担いでくれ、な。えー、世間様の方に行く予定?長男坊だからって、お前もかよ、畜生俺もだよ、畜生。
ねーじゃん、お前ら一人席好きすぎ。あれだろどうせ隣席に人来たら嫌だなってアレだろ?くだらない。俺だったらな、別に二人席をガッて倒して、知らん人とコンニチハしてもいい気でいるよ。でもなんか、嫌じゃん、変な目で見られるの。コロナとかもあるし、まぁ大人しくしとくよ。適度に変でいたいから。パーカーの変な柄だけ出して、俺は立っておくよ。
ったくよー、何にもねーよな俺の物が。夜行バスの行き先が予定通りにフジ着だったときから、ずっと俺のものなんて、相棒ですらオフクロのくだらない30年来のお土産らしいし、買い手がついていない俺の身体と、俺がイイトコだけ抜き取って、色だけ似てるから依代を見繕った愛犬の思い出だけなんだよ。
自分って、自分よりもだいぶちっちゃいよ。そいつを守れるかどうかなんだよな、結局。守る方法が革命精神を欠いた赤ん坊の子守だったり、友達や恋愛に金と時間をかけることだったりするのかもな。
なんだ、悪くないじゃん。手段どうし、仲良くしようぜ。なぁ、札幌行の快速電車よ、俺はヤスハラ。こんど飲みいかね?