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インスピレーションは”ヒント”ではない

こんにちは、タビィです。

唐突ですが、私の実体験と実感による結論を言います↓

インスピレーションとは、ヒントじゃない。
それは、自分らしさを選び取ったご褒美にやってくる一体感。

今日は、これについて、シェアしたいと思います。

冒頭の結論は、何十年も自分を置き去りにして生きてきた私が、心のスタミナが回復しつつあった段階で、ようやく手にした発見&実感です。

それに至った瞬間は、たまたま英語で考えていたので、頭に浮かんだままの原文もここに書いときます↓

インスピレーションとかひらめきとかって、自分らしさを発揮して好きなことに積極的に取り組んでいる時にしかやってこない!
Inspirations find you only when you are actively engaged in what you love to do based on who you truly are at your core!

では、「これがインスピレーションというものか!!」と実感した時のことをシェアしたいと思います。

今思えば、多分、あれは、何十年も背負ってきた心の負荷が取れかかった状態で初めて経験するインスピレーションだったような気がします。「自分と似た体験をして、それに今も悩まされている人のヒーリングの役に立とう」と思い立って、動き出してまもない頃の話です。

その日、昼寝でもしようかと思っていた時でした。なぜか、「あ、こんな風にしたら、自分の実体験に基づく心のスタミナ回復のノウハウを必要としてる人にもっと広くリーチできるかも」と思いついたら、書くのが止まらなくなってしまいました。何かゲームのポイントとかアイテムとかが、手に入るべきタイミングでどんどんこちらにやってくる感じでした。眠気が吹っ飛んでしまい、直感的に「あ、このゲームのルールはこれで合ってるんだ。この通りにプレーしていけばいいんだ」と気付いた感じでもありました。同時に、後から入ってくるプレーヤーにとって、大まかなルールブックになりそうな足跡を残せているような手応えもありました。

その時です。「ああ、インスピレーションってこう言うもんなんだ!」と確信したのは。

それまでは、はっきり言って間違ってました。
それまでは、インスピレーションを探してました。

インスピレーションを、「ヒント」みたいに捉えていました。
単に、「次にコマを進める際の道標になってくれそうなヒント」みたいな貧相な解釈しかなかったです。

要するに、「なりたい自分になる」ための道具を探してたんです。で、それが「インスピレーションというものに違いない」と、思い込んでました。

本当に「インスピレーション」というのを体感して、これがそうか!という実感に至った経験がないものだから、勝手に、インスピレーションってこんなものに違いない!って、どっかで妄想してました。

で、妄想にはつきものの貧相なシナリオとして、「インスピレーションに触れてヒントの鉱脈を探りあてたら、それ以降の展開は追い風でぐんぐん進む」みたいな、お粗末なものでした・・・(恥)

「これを読んだら、これを観たら、この話を聴いたら、このグループに入ってあの人(達)とのご縁ができたら、インスピレーションが湧いてくるんじゃないか、そんな環境へとステップアップするきっかけになるかもしれない(ウキウキ♪)」

↑こんな感じの貧相な動機(というか下心!!・・・恥)が、どこかにありました。当時はそれに気づいてなくて、自分は純粋に積極的にチャンスをつかみに行ってる(ウキウキ♪)と信じてましたけど・・・

今、自分が置かれている(と思っている)状況で、手っ取り早く(今の自分の)想像が及ぶ範囲で頭で考えた「理想」に近づけるような、「足し」になる何かを求めてたように思います。

もちろん、振り返って「あの時のインスピレーションがヒントになってた」というのは、あると思います。でも、ヒント自体を意識して狙って動くというのは、インスピレーションが訪れた時にそこにいる姿勢とは対局にあります。

まるでゾンビですね。
もっと欲しい〜あれをよこせ〜ここにはないか〜あそこにはあるか〜って。

自覚する限りでは、たとえそんな彷徨うゾンビの状態であっても、目標達成とか、自信とか、夢の実現に近づくとか、自分にとって望ましい方向に向かっていると思ってました。

でも、実際やってることは、「もっと」とか「次」を期待して、求め続けて、さまよい歩いて、廃人になり掛けている薬物依存と本質的にはかわりない状態だったと思います。

本当に怖いです。
今思えば、目標に向かって行動して前進しているはずだったのに、ヒントらしきものをつかめば、さらにやることが増えて、なんかしんどかったです。

そして、そんな日々が終わって、本当にホッとしています。

そういえば、さっきシェアした私のインスピレーション初体験は、ウォレス・ワトルズの名著、『富を「引き寄せる」科学的法則』を読んだ直後のことでした。

読みながら、これがインスピレーションか!!と感動する瞬間がなんどもありました。

なんども本を閉じて、自分の深いところから湧いてくるアイディアと、その本にかいてあることとがとつながる部分を、急いで書き留めておかなければなりませんでした。そして、一通り何章か書き終わった後、さっき触れた「本当のインスピレーションの感覚」に気づいた、という流れです。

きっと著者自身、この本を執筆中、そんなインスピレーションに突き動かされていたに違いありません。そして、そのバイブレーションが、時空を超えて、読むものに伝播してきた!のでしょう。

「ああ、インスピレーションって、意識的に求めたり探したりしちゃいけないんだな」って、ため息出ました。

求めてもいいのかもしれませんが、「それ」自体を探して歩いちゃいけないんですね。

探しちゃいけない。
インスピレーションに見つけてもらわなければいけない。
インスピレーションを受け取ることのできる状態になっていなければいけない。

では、どうすれば?
簡単です。

まず「好き」を正直に見つめて認める、そして、その「好き」をどんなスケールでもいいから叶えている状態、無意識に葛藤のない風通しの良い状態でいる、「心地いい」状態でいる、これだけです。

「ヒントとか足がかりが欲しい」とさまよい歩くのではなく、「自分の”好き” や ”興味ある” や ”やり遂げたい”を、叶えるプロセスに集中する。

その先にしかインスピレーションはありませんでした。

今回は、ここまでです。
では、また〜☆



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