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【さかばなし44】ホタルイカの目玉
「さかばなし」は、酒場(さかば)であった、ちょっとしたエピソード(はなし)について綴っています。「さかば」の「はなし」で、「さかばなし」です。
富山湾に揚がったホタルイカを地元の魚店で買った。過去10年平均の3倍と豊漁だとは聞いていたが、予想以上に安価だったので喜んで買い求めた。
しかも、見るからに太っていて、肝に脂を蓄えているのがよくわかる、いいホタルイカであると見受けられた。
「ホタルイカはですね、目玉と軟骨とクチバシを外さないと店では出せません」
だいぶ前に訪れた酒場で、板前がそう言っていたことを思い出した。開店直後、冷えた酒と茹でたホタルイカを注文したとき、そんな風に教えてくれた。
「たまに、それすらサボる店もあります。目玉とかが歯と舌に障って仕方ないんですけどね」
たしかにな、と思った。くりゅっとした食感、とろりとした肝の脂の旨み、それがホタルイカの良さ、目玉と骨とクチバシは邪魔だ。
「好き好きですけど、わたしはボイルしたホタルイカが一番と思っています。内臓には寄生虫のリスクがあるので、生で食べる場合は注意が必要です。茹でることで安心な上、旨みも凝縮するのでおすすめです」
板前は続け、手元を忙しそうに動かしていた。
「あ、もしかして、今まさにホタルイカの下拵えしてます?」
わたしは尋ねてみた。
「お恥ずかしいです。ちょっと仕込みが遅れていて、今まさにピンセットで目玉と軟骨とクチバシを外してます。まあ、慣れてしまえば、誰でもスムーズにできる作業ではありますね」
そんなやりとりが懐かしい。そんなことを教えてくれた、あの板前は元気だろうか。店から独立して、自分の店を持ったと聞いている。
キッチンに立ち、ホタルイカを器に盛り付けた。けれど、板前の言葉を思い出しながら、面倒だからと目玉も軟骨もクチバシを外さずに盛り付けた。
まあいいや、きちんと下拵えしたホタルイカは、きちんとした酒場で食べればいい。素人は、素人なりに手抜きで楽しもう。
そうやって、冷蔵庫から冷えた酒を取り出して、蕎麦猪口になみなみに注いだ。
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