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【さかばなし36】酒場の短冊
「さかばなし」は、酒場(さかば)であった、ちょっとしたエピソード(はなし)について綴っています。「さかば」の「はなし」で、「さかばなし」です。
古い酒場といえば、壁の短冊。たいてい手書きのところが多く、仕入れた食材や価格改定に応じて、入れ替えなどもしているのだろう。
酒場の空気そのものが滲む、酒場好きにはたまらない光景だ。
その短冊を眺めながら呑むのが好きだ。酒場好きなら、みな同じだろう。メニューをぱらぱらめくるのもいいが、あれは場所を取る。メニューを広げる手間が省け、酒と肴の邪魔をしないのも短冊の良さだ。
壁にかかった短冊は、誰にでも見えるところに、誰にでもわかる大きさで、値段も一目でわかるように提示されているから、親切この上ない。
盃を口元に運んだとき、自然目線が少し上に行ったとき、この短冊が目に入ってくるのも楽しい。ついつい「ん? 次はなめこおろし注文してみようかな」という気分にさせられる。
忘れられない短冊がある。静岡県焼津市の焼津駅から近い、おでんを中心とした海の幸を肴に、地元の酒「磯自慢」が呑める酒場だった。
不思議と店名すら思い出せないが、それがかえって印象深さを物語っている気がする。
墨で書かれた文字は、焼き物の煙に燻されたのだろうか。短冊は独特の艶を帯び、それが時の堆積を感じさせる。壁一面を埋め尽くしたその光景は、まさ圧巻であった。
短冊は、ただの品書きではない。酒場の歴史だったり空気だったりするのだ。
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