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【さかばなし50】冬の夜の”いしゃころ”
「さかばなし」は、酒場(さかば)であった、ちょっとしたエピソード(はなし)について綴っています。「さかば」の「はなし」で、「さかばなし」です。
いつもの酒場の暖簾をくぐり、がららと引き戸を開けると、ふわっと、なにかいい匂いが鼻腔をくすぐった。
「あ、いらっしゃい。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、お世話になります。いい匂いですね、なんですか?」
「えっとね、粕汁。食べる?」
「食べます食べます、お願いします」
コートを脱ぎ、席の後ろにある冷蔵庫から「サッポロ黒ラベル」の大瓶をとり、栓を抜き、女将さんが手渡してくれたグラスに注ぎ、入店1分でぐいぐいぷっはーーー。
「はい、どーぞ」
アツアツの粕汁が目の前に置かれる。七味をぱらりぱらりと振りかけ、箸を伸ばし、汁を飲む。ああ、美味い。
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一気に平らげ、熱燗をもらうことにした。きっちり熱い、とびきり燗がいいな。
手書きの壁メニューから、「湯豆腐」を注文する。鍋底に昆布が二枚敷かれ、その上にタレが入った器、お湯の中には四角い豆腐が5個ゆらりゆらり。
醤油にし、鰹節、刻み葱やおろし生姜などを合わせたタレが抜群に旨い。豆腐に合うし、塩っ気が強めで熱燗が甘く感じる。
次々と豆腐を平らげるわたしの姿を見て、女将さんが笑いながら言う。
「最後、いしゃころにする?」
「いしゃころ?」
「あ、やっぱり知らないんだね?」
「医者、を、コロッとなんかする?」
「違う違う、医者ごろしって言葉あるじゃない」
「ああ、りんごとかトマトが赤くなると、医者が青くなる、みたいな」
「そうそう、これ食べとけば医者にかからずに済む、っていうヤツ」
「ふむふむ、よくわかりませんが、最後ってことは、じゃじゃ麺の仕上げにもらう『ちーたん』とかですかね?」
「あー、まーそうともいうかも」
「蕎麦食べた後の蕎麦湯とかもですかね?」
「そうそう、そういう感じ」
そうやって、いったん女将さんが豆腐がなくなった鍋を厨房に引き上げ、鍋を温め直した。
「はい、この昆布のお出汁が出た汁をね、タレに混ぜて飲んでみて」
「ははーー、締めのスープになるわけですね」
「そうなの、いろいろ入って体があったまるから、風邪引かないよ」
言われたとおり、湯豆腐を食べていた器にタレを追加し、再加熱したお湯を足して口に運ぶ。と、これが実に風味溢れる醤油スープとなっているではないか。
「あーー、これはいーーー、あったまるーーー」
「でしょう、けっこう評判良くてね」
「これはお医者さんの出番なくなるかも」
「そうなるといいよね」
年末年始の暴飲暴食で胃が疲れ気味だったところに、このいしゃころの優しい味わいと温かさは良かった。しかし、そのまま家に帰ればいいものの、ついつい熱燗の追加をしてしまい、いつものように深酒してしまったのだった。医者の世話にならないよう、2025年は節制しなければと思いながら、いしゃころと酒を楽しんだ夜だった。
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