#1 出発、新千歳 大人の青春

 もう、何度目かわからなくなってしまったコロナ禍による緊急事態宣言。今年の夏はまともに商売ができそうにない。スポットでなにか面白そうな仕事を探してみたが、さほど仕事もなく、あってもすぐには決まりそうもない。家でじっとしていても仕方ない。空いてしまう、せっかくの時間。今しかできない事は何か。そうして慌てて、旅に出ることにした。コロナ禍ということもあって、もちろん一人、バイクでのテント泊。これなら誰にも迷惑はかけまい。

 これまで飛行機に乗った機会は、まだ両手で数えられる程度である。空港へ着いたらまずはどこに行けばよいのか、この歳になっても未だに勝手がわからずキョロキョロとしてしまう。とりあえず手荷物かな?と、当てずっぽうに手荷物カウンターへ行く。キャンプ道具一式も詰めてパンパンになったバッグは、サイズ超過で機械を通らない。スタッフの手によって手続きをしてもらう。「火気など、持ち込めないものは入っていませんか?」と、リストを見せられる。「あ、ガスが入っています」と、せっかくパッキングしたバッグを解体し、奥に潜んでいたガスを取り出す。無念にも、キャンプ用のガスを没収されてしまった。そうだった。ずっと前のアメリカ旅でも、パンク修理材を没収されたことがあった。

 記憶では、新千歳空港は活気づいてとても賑やかな印象であったが、到着ロビーは閑散としていた。レンタルバイク屋の送迎バスが到着すると、ぼく一人だけを乗せてすぐに出発した。「今年はお客さん、少ないんですか?」「そうですねぇ。例年の半分以下という感じですね。来週のお盆前からは団体さんの予約などもあるんですが」。お盆はそれなりに混むらしい。ぼく一人のためだけに送迎バスを出してもらうのは忍びなかったから、いずれ混むと分かって、それならよかったと、勝手によしとした。

 このレンタルバイクチェーンの新千歳空港店は、外車も国産車も、大型も中型も、車種が豊富だった。ハーレーにしようか。いや、万が一盗難にあったらどうしよう。国産ならカワサキかな? いやしかし、長旅にカウル(風よけ)が付いていないのは辛いだろう。旅の全日程を借りられる車種はそれなりに限られてくる。そうして今回は、ホンダCB1300SBを予約していた。

 レンタル手続きのための車体チェックを済ます。メーターの走行距離は300kmもなく、まだ新車に近い。荷物を積む前に、慣れるために店の前の道を1往復する。バイクに乗るのは5年ぶりだった。

 このバイクの乗車姿勢は、前傾でも、後ろにもたれるでもなく、背筋をまっすぐ上に伸ばして跨る。こういうバイクに乗るのは、教習所以来であろうか。馬に乗るときの目線って、こんな感じだろうか?と、慣れない目線の高さにいっそう背筋が伸びる。カチコチにぎこちない試走。バイクを手放して9年。その間、2回ほどレンタルして乗る機会があったとはいえ、ずいぶんなブランク。新車同様で傷ひとつないバイクが、余計に緊張を高ぶらせる。いよいよ出発だ。

 走り出してしまったきというのは、まさに頼りない。発表やスピーチで大勢の前に立たされたとき。レストランのアルバイトで初めてホールに出されたとき。教習車で初めて一般道に出たとき。サーフィンやSUPで初めて海の上に立ったとき。それまでは何とも思わなかった普段の景色が、急に広がって見え、迫り来るような感覚。

 背筋が伸びた姿勢からの視界は広いはずだが、狭い。路面、街路樹、歩道。その向こうにはオフィスや建物。他の車やバスも走っていたはずだが、目の前の路面しか覚えていない。ふわふわとして、ちょっと風に吹かれればよろけてしまいそうな頼りなさ。そういう緊張は誰にでもあったはずだが、大人になるにつれなくなる機会。これはまさに、アオハルだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?