#9 クッチャロ湖~サロマ湖 あの時の姐さん
クッチャロ湖は、オホーツク海側を北の果てまでもう一息の、町のすぐ近くにありながら観光地としての開発は最小限というふうで、静かで穏やかなところだ。ラムサール条約に指定されており、たくさんの渡り鳥の飛来地として知られている。湖畔の駐車場には小さな売店があるが、コロナ禍のせいか、営業はしていない。
クッチャロ湖は、好きだ。以前に来た時はこの売店がやっていて、この辺りの名物である帆立を使ったホタテまんを頂いた。そのときの店員は年上の女性で、若い頃は旭川で水商売をしていたが、年をとって、色々あって故郷に戻り、今、こうして仕事をしているといった。寒さの厳しいところで、「しばれるって言葉、わかる?寒いんじゃなくて、痛いのよ」と、この地の言葉のニュアンスを教えてくれた。ここでの暮らしも商売も厳しい。来年は湖畔で100kmマラソンが開催されることになったが、こんな小さな町に他所から人がたくさん来ても、ホテルや飲食店なんて殆どない。若い人も少ないけれど、町のみんなでがんばらなきゃ。そんな話をしてくれた。そうして、アイスコーヒーをご馳走してくれた。 やがて、駐車場に観光バスが停まり、ゾロゾロと観光客が降りてきた。店員である姐さんが「皆さん、長旅お疲れ様でした!コーヒーはいかがですかぁ?」と、大きな声を張り上げる。すると何人かが売店に集まり、静かだった湖畔が、一時の賑わいとなった。その一連の様子に、人生やこの地で暮らす厳しさ、それでも姐さんの頼もしく生きる様を、勝手に感じ入っていた。
そういう前回の思い出があった。あのときの姐さんは今、どうしているだろう。のどかで開けた湖の対岸を眺めながら思い出す。
しかし、やはり暑い。太陽はてっぺん付近にあるせいで日陰は短く、建物の壁際のわずかな影に隠れ、地図を確かめる。Tシャツ1枚で走りたいところだが、バイクに乗る正しい服装は長袖であるべきだからというよりも、陽射しを直に浴びる方がアツいから長袖シャツを着ている。しかし、どうしても袖から露わになる手首は日焼けで真っ赤になり、いよいよ痛い。おまけにミドルブーツとジーパンの裾の間からも陽射しが入り込み、靴下が短いせいで足首の裏あたりも焼け始めている。
クッチャロ湖からは、オホーツク海側を通らず、なるべく国道も使わず、道道120、60、49号と、少し内陸をジグザグに南下する。単調な国道を行かず、都道府県道や広域農道を行った方が、景観や走ることそのものを楽しめることが多い。だからなるべく国道を使わないのが、ツーリングにおけるぼくのちょっとしたこだわりでもあるのだが、しかしこれ以上の遠回りは、さすがに時間が遅くなりそうである。
やむを得ず雄武(おうむ)からはオホーツク海へ出て、R238、239で紋別、網走方面へ南下する。今日はサロマ湖か、余裕があれば女満別(めまんべつ)まで行きたいつもりだ。
オホーツク海に沿ってまっすぐ進む道は、オホーツクという響きもあって、初めて走ったときは感激のようなものを憶えたが、それも束の間だった。今はもう、そういう気持ちは微かさえも沸いてこない。この国道は、迫るような断崖やアップダウンもなく、カーブや信号もないから、ブレーキを使うこともない。単調としかいいようがなく、退屈な時間である。
左ひじをタンクバッグの上に置き、そこに顎をのせ、教習所なら絶対に怒られるような姿勢で、80km/hくらいで走る。そこを地元の車に追い越される。道北の海沿いは皆ペースが速いことは分かっていたが、その車の後ろ姿を見ると、家族らしい3人乗りの軽自動車だった。
サロマ湖畔をいくR239は、地図では、湖の景色を観ながら湖畔沿いを走れそうに思ったが、実際には森の中を行き、湖は観えない。道の駅 サロマ湖に着いたのは、15時をとうに過ぎた頃だった。
売店には、豚や鶏のスープカレーの他に、タラバやズワイ、ホタテといった、北海道らしい食材を使ったレトルトカレーが棚一面にある。ほかにも酒のアテになりそうなものやお菓子がたくさんあり、見ているだけでも楽しい。
雲行きは怪しくなり、もしかしたら雨に降られるかもしれない。余裕があれば道の駅の裏側にある展望台に登って、サロマ湖全体を眺めようと思っていたが、時間的にもそれどころではない。女満別も諦め、サロマ湖畔のキムアネップ岬に向かうことにする。
キムアネップ岬キャンプ場は、旅に出る前にいくつかのキャンプ場を調べて知っていた。蚊が多いらしいが、それ以外は殆どよい口コミだったのと、昨日の兄さんも勧めていたところだった。湖面に沈む夕日は見られないかもしれないが、期待が高ぶる。
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