0.旅の始まりを
飛行機が好きだ。
そんな風に書くと、機体の形とか機能とかにやけに詳しかったり、時間があれば飛行機に乗っていたり・・・と思われそうだが、機体のことはほとんど知らないし、両手で数えられる程度にしか搭乗したことはない。
なんなら、飛行機に乗るのはあまり好きではない。移動手段として便利だから、利用してきたに過ぎない。
ただ、あの鉄の塊(ではないことを、私は知ってはいる)がバックをしながらゆっくりと駐機場を離れ、滑走路へと進み、エンジン音を高鳴らせながら徐々にスピードを上げてふわっと浮かび上がる姿。米粒のような小ささから段々と大きくなり、旋回をしながら近づいてきたと思ったら、ふわっと(時にドスンと)着陸し、逆噴射の音を響かせながら到着を告げる姿。その姿たちの繰り返しを見るのが、ただ好きなのだ。
ある日、やはり飛行機好きな友達と(ちなみに、彼女の好きの種類は知らない。宇宙や空が好きなひとなので、実は飛行機自体はそれほど好きではないのかもしれない)羽田空港の第三ターミナルに遊びに行くことになった。
第一、第二は何度か行ったことがあるが、第三ターミナルは初めてだ。人が多すぎて会えないと困るので分かりやすい待ち合わせ場所を・・・とスマホの地図アプリで第三ターミナル内を散策していたら、歯医者を見つけた。「神奈川歯科大学羽田空港第3ターミナル歯科」というらしい。出発するにしろ到着するにしろ、わざわざ空港で歯医者に行くひともそういないだろう。きっと空いているに違いないと考え、歯医者の前で待ち合わせることにした。
羽田第三ターミナルとエアポートガーデン
当日、待ち合わせの時間より30分ほど早く第三ターミナルに到着したので、友達を案内できるようにと空港内を実際に散策することにした。まず、壁のフロアガイドを確認する。今いる2階は到着ロビー。3階は出発ロビーで4、5階がレストラン&ショップのフロア。展望デッキは5階にある。4、5階のフロアを端から端まで軽くチェックし、展望デッキで飛行機の離着陸をしばし眺める。NikonのZ50ミラーレスをカバンからいそいそと取り出し、体が持って行かれそうな望遠レンズを携える人たちに交じって、こじんまりとしたレンズで飛行機の離着陸を撮影しながらひとり時間を満喫していた私は、初歩的なミスをしていることにまだ気づいていなかった。
待ち合わせ時間10分前、そろそろ行かなければと歯医者がある2階へ戻る。ここにあるはずと、地図アプリ上で何度もチェックした場所に向かうも、歯医者は無い。それらしいものは何も無い。まずは待ち合わせ場所を確認しておくべきだった。普段であればそうするのだが、地図アプリ上で何度も確認したことですっかり行った気になり、油断してしまった。結局、歯医者は見つけられず、同じフロアにあるインフォメーションセンターまで友達にむかえに来てもらう羽目になってしまった。
無事合流。まずはお昼を食べようということに。挽回のため、レストランは4、5階にあると仕入れたばかりの情報を伝えながら友達を案内する。コロナの自粛も緩和された土曜日のお昼時。多くの飲食店が並ぶ4階の店はどこも混んでおり、人の列ができていた。30分前に来たときはまだ混んでいなかったのに・・・お昼時間、恐るべし。だが、下見をしていた私はひるまない。確か、ショップが並ぶ5階フロアにも奥の方にカフェがあったはず。きっと空いているに違いない。そう思い向かうも、やはり人の列ができていた。ただ、店内には空席が見られる。どうやらプラネタリウムが併設されたカフェらしく、並んでいる人たちはプラネタリウムの開場を待っている模様。
街中でもよく見かけるカフェだが、ランチのお店は今日はそれほど重要ではない。混まないうちにと、急いで入る。注文を取るお兄さんは感じが良く、食べたパスタもおいしかった。並んで待っている人がいると、早く食べなければと気になってしまうタイプなので、適度に空いているのもとても良かった。
お昼を食べ、お互いの近況を少し話してから展望デッキへと向かう。先程はまだ湿り気を帯びただけだった空から、ぱらぱらと小粒の雨が降っている。カメラが濡れるのが嫌なので、写真を撮る友達の横で飛行機の離着陸する姿をのんびりと眺める。お天気のせいか先程よりも人はまばらで、機体が見やすい。しばらく待つも雨が止む様子はない。早々に次の目的地へ向かうことにした。
次の目的地に向かう前に、せっかくなので隣接する羽田エアポートガーデンにも寄ってみることにした。連絡路を歩く間は私の方が買い物する気満々だったのに、着いた途端に慎重になり、結局何も買わずじまいだった。それほど乗り気でなかった友達の買い物スイッチが急に入り、なぜか紀伊国屋のバッグを買い始めたのが面白かった。
足湯につかり飛行機を眺める
買い物を済ませ、友達が行きたいと言う羽田イノベーションシティへと電車で向かう。羽田空港第三ターミナル駅から1駅、天空橋駅を出ると、雨は止んでいた。が、風が強い。
羽田イノベーションシティは駅を出てすぐのところにあった。目につくところにフロアガイドがあったので確認すると、目的地は奥の方にあるらしい。寒さを感じつつも、初めての場所のため物珍しさからきょろきょろと少しゆっくりと歩く。人は全くいない。
目的の建物を見つけて中に入り、エレベーターで2階へと上がる。張り出してある案内の通りに進むと、急に視界が開けた。屋上に足湯のスペースが広がっている。
家族連れやカップルが足湯に浸かっている。空いている場所を見つけ、靴と靴下を脱いで、お湯の中へ足をそうっと滑らせた。
暖かい。
吹きすさぶ風のために冷え切っていた体が、足の方からポカポカと温まってくる。立ち上る湯気の先には、先程まで遊んでいた空港が小さく見えている。天気があまり良くないからか、人はあまり多くなく、心ゆくまで足湯を楽しめた。
温泉があまり好きではないので、友達が行きたいと言わなければ決して来なかっただろう。心の中でちょっと感謝。
抹茶ティラミスとまったりタイム
帰る前にお茶でもしようかと、きょろきょろしながら見つけておいたカフェに入る。客は誰もいない。「お好きな席にどうぞ」と店の人に声をかけられ、外から入り込む冷気を避けて奥のテーブル席に座った。
入る前から、表の看板に出ていた抹茶ティラミスを頼もうと決めていたのだが、念のためメニューも開く。飲み物も頼みたいしね。
私は紅茶、友達はコーヒーを選び、注文する。見つけた時から思っていたのだが、写真を撮りたくなる雰囲気の店だ。明るさを考えながら何枚か撮っていたら、頼んだ品々が運ばれてきた。
運ばれてきたのは、升に入った抹茶ティラミス。ずっと食べたいと思っていたのだ。まさかこんなところで出会えるとは。スプーンをスーッと奥まで入れ、すくって一口食べる。抹茶の程よい苦みと香りとが鼻を抜ける。舌触りは柔らかく、ほのかに甘みもある。
ティラミスを堪能しつつふと顔を上げると、いつの間にか店内は満席になっていた。女の人ばかり。若い女性が多いみたいだ。
外にも人が並び始めている。急にそわそわとしてしまい、カップに少しだけ残る紅茶を飲み干すと、お会計を済ませて外に出た。
先程まで綺麗な廃墟感のあった羽田イノベーションシティに人の姿が増え、急に活気づいていた。後で知ったのだが、羽田エアポートガーデンにはZepp Hanedaもあるらしい。何かイベントがあったのだろう。
帰りの電車の中で、空港の書店で購入した益田ミリさんの『47都道府県 女ひとりで行ってみよう』を開く。そういえば最近、全然旅をしていないな。もし、私が42都道府県をひとり旅するとしたら、どこに行って、何をしようか・・・
帰りの電車の中でむくむくと、旅の気分が湧き上がってくるのを感じた。