全然キラキラしていない旅の果てに
普段の僕しか知らない人に、海外ひとり旅が好きで……と打ち明けると、意外な顔をされることが多い。
もしかすると、海外ひとり旅=積極的なアウトドア派の人が行くもの、というイメージがあるのかもしれない。
ところが僕は、積極的ともアウトドア派ともほど遠い、むしろ消極的な、インドア派の日常を送っている。
人に会うことはだいぶ苦手だし、3日間くらい外に出なくても全然平気なタイプだ。
勇気なんてものもないし、どちらかといえば、ネガティブな方に考えがちな性格かもしれない。
それなのに、海外ひとり旅だけは大好きで、年に何度か、ふらっと飛行機に乗っては、見知らぬ異国へ出かけてしまう。
自分でも、ちょっと不思議だと思う。
こんなにも普段はひっそりと暮らすのが好きなのに、どうして何千キロも離れた異国まで、ひとりで旅に出てしまうんだろう、と。
たとえば、SNSを見ていると、本当にキラキラとした旅をされている方もいる。
現地の人とすぐに打ち解けて、仲良くなって友達になったり、辺境の地を巡りながら、国境を越えて壮大な旅をしていたり。
そういう旅を見ると、こんな素敵な旅してみたいな……と思うと同時に、でも僕にはできないかな……と気づく自分もいる。
たぶん、他人から見れば、僕の旅は、全然キラキラしていないと思う。
人との交流が苦手な人間も、旅に出れば、コミュ力が一気に高くなる……なんて奇跡は起きないし、インドア派の人間も、異国へ着いた途端、一瞬にしてアウトドア派になれる……なんて魔法にもかからない。
旅に出たところで、人は生まれ変われるわけではないのだ。
実際、僕の海外ひとり旅は、すべてが楽しかったり幸せだったりするわけでもない。
言葉のやり取りが上手くできなければ、どうしても落ち込んでしまうことはあるし、ひとりで食事をしているときに、ふっと寂しさに包まれることだってある。
夜、良さそうなレストランを見つけたのに、なんとなくひとりでは入りづらくて、なかなか一歩を踏み出せないときは、不甲斐なさに情けなくなることもある。
旅という行為は、自分の弱さと向き合うためにあるのかもしれない、とさえ思う。
それでも、僕が海外ひとり旅を好きなのは、それだけではない、もうひとつの、魅力的な一面があるからだ。
確かに、旅に出たとしても、人は生まれ変われない。
だけれど、海外ひとり旅をしているときの自分が、いつもの自分とまったく同じか……というと、そうでもない気がするのだ。
ちょっとだけ……ほんの少しだけど、いつもの自分よりも、前向きで、行動的で、かっこいい自分になれるように思うのだ。
異国の街で道に迷ったとき、一瞬の逡巡の末に、通りがかった人に、道を訊ねる自分がいる。
カフェで飲んだコーヒーが美味しかったら、お店を出るとき、店員さんに一言、「美味しかったです」と慣れない英語で言い添える自分もいる。
夜の街をさまよい歩いた後で、最初に見つけたレストランに戻って、よしっと背筋を伸ばして、お店の中へと入っていく自分だっている。
いつもの自分だったらあり得ないような、不思議な勇気が湧いてくる瞬間が、海外ひとり旅にはいっぱいあるのだ。
もちろん、他人から見れば、どうってことのない瞬間ばかりかもしれない。
でも、僕にとっては、その瞬間、あれっ……と思う。
あれっ、意外と自分、勇気あるんだな、かっこいいとこあるんだな、と。
思い切って入ったレストランで、出てきた料理がすごく美味しければ、あまりの嬉しさに自然と笑みがこぼれていく。
たまたま声を掛けた人と、思いがけず会話が盛り上がれば、その忘れられない出会いに目が潤んでしまうこともある。
きっと、これなのだ。
僕が海外ひとり旅を好きな理由は。
全然キラキラしていない旅の果てに、ときに、本当にときに、ふっとキラキラした瞬間に出会えることがある……。
たぶん、海外ひとり旅は、自分の弱さだけでなく、隠れていた強さにも気づかせてくれるのだ。
その「輝き」に出会えるから、普段は消極的な自分も、海外ひとり旅にだけは出ることができるんだと思う。
ネガティブなかっこ悪い自分なんかじゃなく、ほんの少しだけポジティブで、ちょっとかっこいい自分になるために……。
といっても、旅から日常へ帰れば、またいつもの自分に戻ってしまう。
でも、異国を旅した余韻のように、キラキラと輝く航跡は残る気がするのだ。
なぜなら、旅から帰ってくると、こんなふうに思えるからだ。
ありのままの自分でいいから、また頑張ってみよう、と。
他の旅人と比べれば、僕の海外ひとり旅は、全然キラキラしていないのかもしれない。
だけど、それでも旅を続けていれば、キラキラした瞬間に出会えることはあって、きっとそれを求めて、僕はまた海外ひとり旅に出る。