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ロストフで見た夢 ロシアワールドカップ旅日記16
21時、ロストフ・アリーナでのベルギーvs日本の試合がキックオフされた。
前半は大方の予想通り、ベルギーの攻勢が続いた。
僕が座っていたのはバックスタンドの1階席、ちょうど日本のゴールエリア前だったが、僕の目の前でボールのやり取りがされることが多かった。つまり、それだけ日本はベルギーに攻められていたということだ。
けれど、意外に日本の守りが効いている。危うい場面もあったが、日本の選手にみなぎる不思議な躍動感が、ゴールを割ることを許さなかった。
ゲームが動いたのは、後半に入ってすぐだった。
48分、柴崎のスルーパスからボールを受けた原口が右足でシュート。これがGKクルトワも止められない鋭いコースとなり、ゴールネットを揺らした。
日本が先制した!
僕を含めた日本のサポーターばかりでなく、周りのロシアの観客たちも、これには驚いたみたいだった。まさかこんなに最高な形で、日本が先制するとは思ってもみなかったからだ。
自然と日本コールが湧き起こる中、さらに驚くべき展開は続く。
52分、ゴールエリアの前で香川からのパスを受けた乾が右足でシュート。これがゴールネットに突き刺さったのだ。
日本が2点目!
これは僕が見ている目の前で放たれたシュートだったが、クルトワが止められないのもわかるほど、美しい弾道を描いた、素晴らしいゴールになった。
思いもかけない展開に、日本サポーターの笑顔が弾けた。僕も、まるで夢を見ているかのような、信じられない気持ちになった。
嬉しかったのは、日本が2点を決めたからだけではなかった。周りのロシアの観客たちが、日本のプレーに魅せられているのがわかったからだ。
チケットがあまり売れていない、という話は聞いていた。おそらくロシアの人々にとって、日本サッカーなんてあまり興味はなかったのだろう。
そのロシアの人々が、いま、日本のサッカーをうっとりするような目で見つめている。それはなんだか、とても誇らしいことに思えた。
これはもしかしたら、ベルギーに勝てるのではないか……。
しかし、僕も含めた日本サポーターの多くが、そんな余裕を持ってしまったことは、結果的に命取りになったかもしれない。
ここから、ベルギーの怒濤のような反撃が始まったからだ。
69分、フェルトンゲンのヘディングがそのまま日本のゴールに吸い込まれてしまう。
1-2。狙ったゴールではなかったが、ベルギーが確かな「運」を持っていることに、ふといやな予感がした。
そのすぐ後だったが、長友が僕らの席の前で、両手を何度も挙げて観客を煽った。それは「闘志」を感じさせる光景で、僕らも応援を頑張らなくては、と身震いするような気持ちになった。
しかし74分、ベルギーが再び畳みかけるような攻撃を見せる。アザールからのクロスをフェライニが頭で合わせ、これがゴールに入ってしまったのだ。
2-2。ついに同点に追いつかれてしまった!
ベルギーのサポーターがお祭り騒ぎになる中、僕ら日本サポーターは沈黙するしかなかった。
2点差の優位な状況から、わずか5分で、同点になってしまった。そのとき、ふっと夢が覚めていくような、不思議な感じがした。
2-2のまま、後半は過ぎていく。
僕は、まだこれからだ、まだわからない、という思いを抱いていた。それは前日の夜に見た、モスクワでの光景が頭にあったからかもしれない。苦しみながらもPK戦の末にスペインを破った、あのロシア代表の光景が……。
新たに本田と山口を投入した日本に、アディショナルタイム、絶好のチャンスが訪れる。ゴール前でのフリーキックを得たのだ。
しかし、本田が左足で放ったシュートは、無回転でゴールネットへ向かったが、クルトワが弾いてコーナーキックとなる。
僕の目の前の左コーナーに、本田がボールを置く。このとき、もしかしたら、と思った。
もしかしたら、これが日本の決勝点になるのではないか。本田の上げたボールに、大迫か吉田、昌子が頭で合わせ、それがゴールネットへ吸い込まれる……。
僕はそのとき、本当に「夢」を見ていたのかもしれない。
しかし現実は、まったく逆の展開を見せることになる。
本田が上げたボールをキャッチしたクルトワが、すぐにデ・ブライネにボールを預ける。カウンターで一気に前線へ走り込んだデ・ブライネはムニエにパス。そのムニエからのパスを受けたルカクがシュートを放つかと思いきや、そのままスルーし、後ろに走り込んでいたシャドリがシュート。なんとこれが、そのまま日本のゴールに突き刺さってしまったのだ。
その間、わずか14秒。僕は一瞬、何が起こったのか、よくわからなかった。でもそれがベルギーの3点目を意味すると気づいたとき、思わず呆然とした。
勝利を確信して大騒ぎするベルギーサポーター、言葉を失い目の前の光景を見つめる日本サポーター、ドラマのような展開に興奮するロシアの観客たち……。
すべてがまさに、夢の中の出来事のように、遠くに感じられた。
3-2となり、試合はすぐに再開されたが、それとほぼ同時に、試合の終了を告げる笛が鳴らされた。
日本は負けた。それも2点をリードする展開になりながら、負けた。
夢を見せてくれた原口のゴールと乾のゴール。夢から覚めることになったフェルトンゲンのゴールとフェライニのゴール。そして再びの夢を見ることになったシャドリのゴール……。これらがたった45分間で起きた出来事とは、とても思えなかった。長い長い試合を見ていたような気がしたのだ。
大喜びのベルギーサポーターの傍らで、日本サポーターの多くが立ち上がれないでいた。ピッチを呆然と見つめるサポーター、目を閉じ試合を反芻するサポーター、静かに涙を流すサポーター……。
そんな光景の中で、僕はひとり、ロストフの夜風に吹かれていた。
確かに、僕も悲しかった。残念だった。けれど、不思議な清々しさも感じていたのだ。
それは、最後まで懸命に戦う日本の選手たちを見られた、ということによる清々しさだったかもしれない。
前のポーランド戦では、最後にパス回しで時間を稼ぐ日本の戦い方に、情けなさを覚えた。でもこのベルギー戦では、間違いなく、勝利のために最後まで戦いきる日本を見ることができたのだ。
それは、ベルギーに3点目を決められた直後の、酒井宏樹の行動にも表れていた。
ベルギーの選手が喜びに沸く中、酒井はすぐにボールをセンターに置き、試合の再開を待っていたのだ。あのとき、日本の選手たちは、まだ勝利を諦めていなかった……。
あるいは、あのポーランド戦があったからこそ、このベルギー戦の健闘があったのかもしれない。ポーランド戦の不甲斐なさが、ベルギー戦の躍動へとつながり、その勝利への執念によって、結果的に敗戦へと導かれてしまった……。
気づけばスタジアムは静けさに満ちていて、観客の多くは帰ってしまったみたいだった。
でも僕は、いつまでもスタジアムを出ることができなかった。
スタジアムを出てしまうと、旅の終わりを認めてしまうことになるような気がしたから。
僕はいつまでも、ロストフの夜風に吹かれていたかった。たぶん、ずっと「夢」を見ていたかったのだ。
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![手塚 大貴](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/5868495/profile_c3e0cd35ff2040d3f23cf1974361e992.jpg?width=600&crop=1:1,smart)