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かづやの雪ジャラ

文字数:8858字

 この童話は、筆者の娘が短大を卒業してから関西のとある児童福祉施設に就職して、そこでいろいろと経験をしたことを退職してから話してくれた話を元に、筆者が「童話」として書いてみたものです。「大ちゃんと雪ジャラ」は彼女の先輩のグループが作成したものです。
 この童話は書き上げてから随分時間が経ちました。書いた時に先輩から使用許可をいただいているものです。
 今回は文章だけを公開しましたが、そのうち、文章に重なる部分(’絵本)に絵本からの絵を追加する予定にしています。
 現在、「ワクワク バンクーバー、カナダ その1」など、同時に多数の記事を執筆ないしは「完」とした記事に書き加えたりしている最中ですので、その合間に絵入りの童話に少しずつ仕上げる予定です。

絵本からの絵を全て挿入しました。なかなかうまくいきませんでしたが、完成しました。 2022.6.13

 せまいへやでした。ちいさなまどからは、さくらの花がみえました。すこしうすぐらいへやの、すこしやぶれたソファーに、ちいねぇちゃんはすわっていました。
 その年の春に、ちいねぇちゃんは、大学だいがくをそつぎょうしたばかりでした。ちいねぇちゃんがすわっているへやは、児童福祉施設じどうふくししせつのおうせつでした。
 ちいねぇちゃんがいっしょに生活することになる、こどもたちとのはじめての顔合わせなのです。
「さ、では、こどもたちのへやに、あんないしましょう」
 園長えんちょう先生がちいねぇちゃんの先に立って、歩きはじめました。ちいねぇちゃんは、きんちょうしていました。園長先生は、歩くのがはやくて、ちいねぇちゃんは、走るようにして、ついていきました。みうしなったら、まいごになりそうだったからです。
「このへやの、こどもたちのおせわをすることになりますからね」
「はい、わかりました」
「この子が、かずやくん。四才になったばかりです。むこうでテレビをみているのが、ゆうじくん。らいねん、小学生になります。あなたのすぐそばにいるのが、さっちゃん。かずやより、ひとつ年下のあまえんぼさんです。あとは、学校から帰って来たら、しょうかいしましょうね」
「あと何人いるんですか?」
「あと、小学生が三人と、中学生が一人。そして、高校生が二人です」
「はい」
「じゃぁ、さっそく、今から、お願いしますね」
 園長先生は、三人のちいさなこどもたちの中に、ちいねぇちゃんをおいて、へやを出ていきました。
 ゆうじは、ちいねぇちゃんの方を、ちらっと見て、すぐにテレビでアニメのつづきに見いっていました。
「かずやくんだったよね」
かずやは、へんじをしませんでした。まるで、ちいねぇちゃんの声が聞こえないようでした。そして、何もいわないで、へやを出ていきました。
「かずやくん、今日、ごきげんななめみたいだよ」
 さっちゃんだけが、ちいねぇちゃんに話しかけてきました。
「そうなの」
「うん、すきじゃない人がくると、かずやくん、いつも、何もいわないで、へやを出ていくの」
「じゃぁ、ちいねぇちゃんは、きらわれたのかなぁ?」
「かもね。でも、じぶんのことをちいねぇちゃんとかいうのも、へんだね」
「かもね」
 さっちゃんとちいねぇちゃんは、声を立ててわらいました。
「さっちゃんは、気に入ったから、ちいねぇちゃんのこと、ちいねぇちゃんってよぶね」
「そうしてね。さっちゃんだって、じぶんのこと、さっちゃんっていってるから、なかまみたいだもんね」
「かもね」
 ちいねぇちゃんが、ふと、テレビに目をやると、テレビのがめんに、大きなゆきだるまがうつしだされていました。テレビのまん前には、さっきから、みうごきしないで、ゆうじが、がめんをみていました。

「大ちゃんと雪ジャラ」の裏表紙です

「大きなゆきだるまだね」
 ゆうじは、それにはこたえないで、テレビを見つづけていました。
「ゆうじくんはね、アニメが大すきなの」
「うるさいっ。音がきこえないだろっ。せっかく、ゆきだるまが何かいってたのにっ」
 ちいねぇちゃんが、首をすくめてさっちゃんを見ると、さっちゃんもくびをすくめました。ふたりは口にりょう手をあてて、「くくっ」とわらいました。
 しばらくたって、ちいねぇちゃんがへやにもどってくると、テレビのゆきだるまは、もううつっていませんでした。
 おやつの時間がすぎるころから、ひとり、またひとりと、学校からこどもたちがかえってきて、ちいねぇちゃんたちの家は、にぎやかになりました。 かずやもゆうじも、さっちゃんも、お気に入りのお兄ちゃんや、おねえちゃんのところに行って、あそんでもらうのです。
 でも、朝がきて、みんなが学校に行ってしまうと、ゆうじはテレビにかじりつきます。かずやはいっしょにテレビを見たり、にわに出てすなあそびをします。さっちゃんは、ちいねぇちゃんにくっつきまわります。そして、ちいねぇちゃんのおてつだいをするのです。
 かずやは、ちいねぇちゃんが話しかけても、あいかわらず、へんじもしないで、すーっとどこかにいなくなりました。
 この前なんか、ちいねぇちゃんが「くつをぬいだら、ちゃんとならべておくのよ」というと、わざと、ぽーんと、くつをほおりなげるようにして、ぬいだのです。くつは、ことんと音をたてて、うらがえしになっておちました。
 ある日、ちいねぇちゃんは、かずやがひとりでへやにいるときに、そーっとそのへやにはいっていきました。めずらしくしずかだったからです。
「かずやくんはね、ひとりでいるときはね、いつも、絵本を読んでるんだよ。絵本がとてもすきみたいなの」
 ちいねぇちゃんのそばに来ていたさっちゃんが、ひそひそ声でいいました。
「そうなの。それはよかった。おしえてくれてありがとう、さっちゃん」
 ふたりはいつものように「くくっ」と、声に出さないようにしてわらいました。 
「みんな、今日は、ちいねぇちゃんが、絵本を読んであげようかな」
 かずやが、絵本がすきなことを知って、ある日、ちいねぇちゃんが、声をかけました。ゆうじは、いつものように、テレビの前にじんどっていました。
 かずやは、知らん顔です。わざと、さっちゃんが読んでいた本をとりあげて、読むふりをしました。
「ちいねぇちゃん、かずやくんが、さっちゃんの本をとったよー」
「ちょっと、かしてもらっただけじゃん」
「みんな、うるさーい。テレビの音がきこえないっ。また、ゆきだるまの声を、聞きそこねたから、だまってくれーっ」
「ゆうじくんも、かずやくんも、こまったちゃんだなぁ。せっかく、みんなに絵本をよんであげようと思ったのになぁ。ゆうじくんは、テレビすきにんげんだし、かずやくんは、さっちゃんの本をよこどりするし・・・」
「ちいねぇちゃん、読んで。だって、かずやくんが、さっちゃんの本、読んでるんだもん」
「そうだね、じゃぁ、さっちゃんに読んであげようね」
 「だいちゃんとゆきジャラ」
 ちいねぇちゃんが、大きな声で、絵本の題名(だいめい)を読みあげました。
 さっちゃんは、そーっと、ちいねぇちゃんのひざに右手をおいて、ちいねぇちゃんが広げた絵本を、のぞきこみました。さいしょのページには、歌が書かれていました。
                            《ゆきジャラゆきジャラ♪ 
                           すてきななまえ♪ 
                          そうだよきみは♪ 
                           ぼくのゆきだるま♪ 
        ゆきジャラ♪ 
                                       ジャラジャラジャラジャラ♪》

 「パチパチパチパチ」
 ちいねぇちゃんがうたいおわると、さっちゃんは、思わず手をたたきました。
「ちいねぇちゃん、この歌、おもしろいね。もう一回うたって」
         《ゆきジャラゆきジャラ♪
            すてきななまえ♪》
「パチパチパチパチ」
「パチパチパチパチ」
 気がつくと、かずやもいっしょになって、手をたたいています。ゆうじも、四つんばいになって、近づいてきます。
「今の歌はね、ゆきジャラマーチっていうのよ」
「ゆきだるまの歌なの?」
 ゆうじは、てれくさそうにぼそっといいました。
「そうなの。ゆきだるまの歌なの」
 ちいねぇちゃんは、みんなの顔を見回しました。
「へぇー。だれが作ったの」
 気がつくと、さっちゃんは、ちいねぇちゃんのひざの上にすわっています。
「ちいねぇちゃんの、大学のせんぱい。この絵本もね、その人たちが作ったの。だから、ちいねぇちゃんにはとっても大切な絵本なの」
「さっちゃん、この本、かえす」
「かえしていらないもん。さっちゃんは、ちいねぇちゃんの絵本、読んでもらうもん」
「おれにも読んで。テレビのゆきだるまより、おもしろそうじゃん」
「ぼくも読んでもらうから、この本、かえすよ」
「わかったよ。みんなに読んであげるからね」
 ちいねぇちゃんは、『だいちゃんとゆきジャラ』を読みはじめました。

《だいちゃんは、おおきなゆきだるまをつくりました。なまえは、〝ゆきジャラ〟といいます。あきかんでつくったくびかざりが、ジャラジャラおとをだすからです》

 かずやもさっちゃんも、ちいねぇちゃんのそばで、おとなしく聞いていました。ゆうじは、四つんばいになって、テレビをけしに行きました。
 ちいねぇちゃんが読んでいる絵本には、クレヨンでかいたような、やわらかな絵が、ページいっぱいにひろがっていました。どのページをひらいても、だいちゃんが作った大きなゆきジャラが、三人を見つめていました。

 ゆきジャラに手を引かれただいちゃんが、空をとんでいるばめんでは、かずやは思わず、さっちゃんの手をにぎりしめました。さっちゃんもにぎりかえしました。ゆうじは、二人の手を見ていました。
「ねぇ、ちいねぇちゃん。ゆきジャラは、どこに行くの?」
「ゆきジャラはね、空の上のほうで、ゆきを降らせている人をだいちゃんに見せに行ってるのよ」

《とちゅうであくまのような顔をした北風のコールドに出くわしました。ふたりのぼうけんをじゃましようとしていたのです。》

 ゆうじが、かずやのかたに手を回しました。三人とも、まばたきもしないで、絵本にえがかれているコールドをにらみつけました。

「がんばれー、ゆきジャラ。がんばれー、だいちゃん」

 さっちゃんは、思わず大きな声で、絵本の中のゆきジャラとだいちゃんに、声をかけました。
「コールドなんか、やっつけてしまえ」
 かずやも、むちゅうになってさけびました。
「おれが、だいちゃんといっしょに、コールドをやっつけてやる」
 ゆうじが、とびあがって、かべにキックをしました。
 かずやとさっちゃんの手は、しっかりとつながれていました。ちいねぇちゃんは、絵本をおいて、三人をだきしめました。

《ぼくがすてきなよるをまもるんだ! ゆきジャラは、コールドめがけてたいあたりしていきました》

「えーっ、そんなことをしたら、ゆきジャラがこわれてしまうじゃん」
 かずやは、しんぱいそうに、ちいねぇちゃんを見あげました。

《ドォーン! ゆきジャラもコールドもこなごなにくだけてしまいました》

「あーん、ゆきジャラがかわいそう~。コールドだけがこわれたらよかったのに」
「だから、おれがコールドをやっつけるっていったのに」

《つぎのあさ、まっ白なゆきがいちめんにひろがっていました。だいちゃんはそとにとびだすと、いっしょうけんめいおおきなゆきジャラをつくりはじめました》

 さいごのページには、にこにこ顔のだいちゃんと、大きな作りかけのゆきだるまの絵が、かかれていました。だいちゃんが、ゆきジャラマーチをうたっているのです。

「ねぇ、ちいねぇちゃん。ゆきジャラは、この施設にもいるのかなぁ?」
 かずやがはじめて「ちいねぇちゃん」といってくれたことが、ちいねぇちゃんには、うれしくてたまりませんでした。
「そうねぇ、いい子してたら来てくれるかもしれないよ」
「えーっ、やったーっ!」
 かずやは、思わずゆうじの手をにぎりました。三人は、手をつないだまま、さっそく外に出てみました。ちいねぇちゃんは、三人のうしろからついて行きました。外は、四月のはじめにしては、ぽかぽかようきでした。
「ねぇ、みんなで、ゆきジャラマーチをうたおうよ」
 かずやがそういうと、三人は大きな声でうたいはじめました。
 すると、すーっと風がふいてきました。
「わぁーっ、きもちいい。ゆきジャラマーチをうたったらすずしくなったね」
 ゆうじとかずやは、うれしくなって、ゆきジャラマーチを前よりも大きな声でうたいました。
 さっちゃんも、いっしょになってうたいました。
 ちいねぇちゃんまで、おおきな声でうたいました。
「わーぁ、ゆきだー、ゆきがふりだしたー」
 かずやが、とつぜん、走り出しました。
「わーぁ、ゆきだー、ゆきがふりだしたー」
 さっちゃんも、走り出しました。
「やったーっ、やったーっ」
 ゆうじはすこしおくれて、走り出しました。りょう手をいっぱいにあげて、走り出しました。
 ちいねぇちゃんが、空の上のほうを見ると、白いものが、ふわふわふんわりと、ゆっくりおちてきていました。
 にわのまんなかにくると、三人は手をつないで、ぐるぐるぐるぐるまわりました。三人とも、うれしくてうれしくてたまりません。
「ゆきジャラがきてくれたね。ね、ちいねぇちゃん、そうでしょ? きてくれたんでしょ?」
「そうかもしれないね。かずやくんがさっちゃんとなかよくしてくれたからね」
「かずやくん、ありがとう。わたしとなかよくしてくれてありがとう」
「それに、ゆうじくんだって、大すきなテレビをけして、みんなといっしょにあそんでくれたしね」
「そうだよ、ゆうじくんがあそんでくれたから、ゆきジャラがきてくれたんだよ」
 三人は、ふってくる白いものを、口をいっぱいにあけてまっています。うまく口にはいると、おいしそうにぱくぱくと食べました。
「あれーっ、これ、ゆきじゃないよ」
 すっとんきょうな声で、かずやがさけびました。
「ほんとだ。かずやくん、これ、花びらみたい」
「なーんだ。さくらの花びらか」
 ゆうじは、じめんにすわりこみました。
「そうよ、いま、ゆきだとおもっていたのはね、さくらの花びらよ。それにしても、きれいだね。ゆきジャラが風をふかせてくれたから、こんなにきれいなさくらの花びらがふってきたんだよ」
「やったー、ゆきジャラが、ぼくたちのために、花をふらせてくれたんだね」
 三人は、施設しせつのにわを、さくらの花びらをおいかけて、走りまわりました。
 施設の、ほかのこどもたちも、にわに出てきました。こどもたちは、みな、手をいっぱいに広げて、さくらの花びらをおいかけました。
「おれたちが、ゆきジャラマーチをうたったから、花びらがふってきたんだぞ」
「そうよ、さっちゃんたちがうたったから、ゆきジャラが花をふらせてくれたのよ」
 三人とも、大きな声でじまんしました。
「でもね、ゆきジャラは、この施設のみんなに、さくらの花をプレゼントしてくれたのよ」
「あ、そうか。ゆきジャラは、みんなのゆきジャラだったんだね」
 しばらくすると、風がやんで、さくらの花びらも、だんだん、少なくなっていきました。
 施設のこどもたちは、いつのまにか、さくらの花をおいかけるのをやめていました。そして、にわで、かくれんぼをしたり、おいかけっこをはじめました。ゆうじにさそわれて、かずやもさっちゃんも、みんなの中であせをかきながら、あそびました。
 「さっちゃんたち、もうそろそろねなさいよ」
「はーい。でもね・・・」
「でも、どうしたの?」「さっちゃん、ちいねぇちゃんにおねがいがあるの」
「なーに?」
「だいちゃんとゆきジャラ、読んで」
「うん、ぼくもねる前に、もう一回、よんでほしいよ」
「ちょっ、ちょっとまって。おれも、読んでほしいけど・・・。もうすこしでこのテレビがおわるからまって・・・」
「だーめ。テレビとゆきジャラと、どっちかにきめなさいね」
「おれ、ゆきジャラにする。今日は、ゆきジャラのおかげで、楽しかったから」
「じゃぁ、ちいねぇちゃんが、ねる前に、読んであげるね」
 ゆうじをまんなかにして、三人は、手をつないで、ふとんの上にねころがりました。
「わぁ、さっちゃん、くもの上をとんでるみたい」
「ぼくがゆきジャラだぞ」
「じゃぁ、さっちゃんは、だいちゃんの妹になる」
「おれ、だいちゃんになってもいいかなぁ」
「もちのろんよ。わぁ、さっちゃん、ゆうじくんの妹になっちゃった」
「ちがうだろ。おれ、だいちゃんなんだから」
「でも、さっちゃん、ゆうじくんの妹になった気分」
「ぼくらは、三人とも、なかまになったね」
 三人は、大はしゃぎです。
 ちいねぇちゃんが、『だいちゃんとゆきジャラ』のページをめくるたびに、三人は、絵本にかかれている絵と、同じかっこうをしました。さっちゃんは、ゆうじのすることをまねしました。
 どっしーん。 コールドめがけてとっしんするばめんでは、三人は、手をつないだまま、へやのかべにぶつかりました。
「きゃーっ。たのしーい」
「やったーっ。コールドをやっつけたぞ」
「三人とも、夜なんだから、あまり大きな音を立てないようにしてね。ほかのへやの人たちのじゃまになっちゃうからね」
「はーい。おれたちが、コールドをやっつけたから、もう、だいじょうぶ」
 ゆうじは、かずやとさっちゃんの手を、しっかりとにぎりなおしました。「ゆうじくん、来年の冬に、ゆきがつもったら、ぼくたちのゆきジャラをつくろうよ」
「さっちゃんも作りたい」
「おれたちのゆきジャラを作って、みんなをおどろかせよう」
「ぼくたちが作るとき、ちいねぇちゃんも、てつだってくれてもいいよ」「そうよ、ちいねぇちゃん、いいでしょ? いっしょに作ろうよ」
「三人とも、それまで、なかよくしてなきゃね。ゆきジャラマーチもたくさんうたって、わすれないようにしなきゃね」
「さっちゃん、いい子してるよ。はやく、ゆきがふらないかなぁ」

  この日をさかいに、三人がいっしょにあそぶすがたが、たくさんみられるようになりました。かずやも、それいらい、ちいねぇちゃんのいうことを、まもるようになりました。
 その時から、かずやは、ちいねぇちゃんに『だいちゃんとゆきジャラ』を読んでもらうのが、とても楽しみになりました。もちろん、さっちゃんもいっしょです。ちいねぇちゃんが読みはじめると、ゆうじはテレビをけして、なかまにくわわりました。
 夏のあつい日には、三人は、施設のにわで、手をつないでゆきジャラマーチを、大きな声でうたいました。まっ白なゆきがふってくるのが、まちどおしいのです。でも、ゆきは、なかなかふってくれませんでした。
 気がつくと、あつい夏がおわって、施設のにわの木々のはが、赤くそまっていました。それでも、にわでは、三人のゆきジャラマーチをうたう声が、ひびいていました。
 しばらくすると、木々の赤いはも、ぱらぱらぱらと、風にふかれて、じめんにおちてしまいました。 
「かずやくん、さようなら」
「・・・・・・」
「さっちゃんは、これからもゆきジャラマーチうたうから、かずやくんもうたってね。そしたら、また、ふたりは会えるよ」
 かずやは、元気のない顔で、さっちゃんをみました。そして「うん」とちいさな声でいいました。
 おかあさんが、さっちゃんを引きとりにきたのです。
 おかあさんがうんてんする車の中で、さっちゃんは、いっしょうけんめい、手をふりました。
 かずやも、車に向かって手をふりました。左手は、しっかりと、ちいねぇちゃんの手をにぎりしめていました。
 ちいねぇちゃんも、かずやの手をにぎりしめて、いっしょになって手をふりました。
 かずやが、とつぜん、ゆきジャラマーチをうたいはじめました。ちいねぇちゃんも、いっしょになってうたいました。いつのまにきたのか、ゆうじも、ふたりのうしろで、うたっていました。
 かずやの目から、なみだがころころと、ころがりおちてきました。かずやは、ゆきジャラマーチを何度なんどもなんども、うたいつづけました。
 すると、空の上のほうから、はらはらはらと、白いものがおちてきました。
「かずやくん、上のほうを見てごらん」
「ねぇ、ゆきだよ。ちいねぇちゃん、ゆきがふってきたよ」
 かずやは、ちいねぇちゃんの手をはなして、なみだをぬぐいました。そして、りょう手をのばして、おちてきたゆきをつかまえようとして、走り出しました。
「おーい、まってくれー」
 ゆうじが、かずやのあとをおいかけました。
「かずやくん、今年はじめてのゆきだね。さっちゃんもゆきジャラマーチをうたっているのかもしれないね」
「うん」
 ちからづよいへんじがかえってきました。
「さっちゃん、ぜったいに、うたってるよ。おれ、わかるもん」
「うん。ぜったいに、うたってるよね」
                                          《ゆきジャラゆきジャラ♪ 
                                               すてきななまえ♪》
 かずやがうたうゆきジャラマーチは、どなっているだけみたいでした。ゆうじは、かずやのじゃまにならないように、ちいさな声でうたいました。  次の日の朝、かずやはいつもより早く、目がさめました。おきるとすぐに、カーテンをしゃしゃっとあけました。
 施設のにわいちめんが、うすい白いぬのをかぶせたみたいになっていました。
「やったーっ。ありがとう、ゆきジャラ」
 にわにとび出ると、かずやは木のはや、車のまどにくっついているゆきを、かきあつめました。  

  完


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