tabi77tanoshi

生物学的年寄り 2024.10.17 にプロフィールを書き換えました。 現在note始めて2年半。当初は「ワクワク」シリーズで始めましたが、現在は「おやじとオレ」(実際は「おやじの裏側」)など、海外旅行等からつかず離れずで記事を書き加えています。 気楽でいいですよ~!

tabi77tanoshi

生物学的年寄り 2024.10.17 にプロフィールを書き換えました。 現在note始めて2年半。当初は「ワクワク」シリーズで始めましたが、現在は「おやじとオレ」(実際は「おやじの裏側」)など、海外旅行等からつかず離れずで記事を書き加えています。 気楽でいいですよ~!

マガジン

  • エッセイ集

    アートはまさに私のオリジナルです。まさかビーズを糸も通さずアートにできるなんて・・・それがオリジナルなのです。個展も何度か地元で開催済み。シーグラスは更に研究約10年。今までの作品はほぼ完売。シーグラス作品の誕生秘話はマガジン「ひっさhのオリジナル長編物」に収めています。他のエッセイは私の感性で書いてみました。じっくり考えたりせずに書いてみました。どこかにオリジナルが潜んでいるはずです。楽しんでみてください。

  • ワクワク ルンルン シリーズ

    読んでいくうちに・・・ワクワクするのがこのシリーズです。各記事の文章は勝手気まま。外国に興味をお持ちの方にはうってつけ。私の無計画な旅。どこにでも入り込むのに勇気はいらないのです。好奇心のなせる業だからです。普通のパック旅行では手に入らないスリルがワクワク感をもたらしてくれる予定です。

  • おやじの裏の顔

    プロテスタントの牧師をしていたおやじ。。。信徒から見る表の顔と家庭での裏の顔とにどのような乖離がみられるのか? 牧師は本当に祈るのか?子供のオレはその影響を受けているのか? オレ自身がおやじの裏の顔を思い出しながら検証していく。そのために書く記事は意外と面白い。まずは「まえがき」を一番読んでいただきたいです。気が付いたら、13本の記事が・・・。その合間の短編記事読み切りも楽しいぜ! えっ、それって「オレ」だけ?

  • New York 見聞記

    New Yorkを知りたければ、このマガジン。New Yorkを味わいたければ、このマガジン。マンハッタンをいろいろな角度から掘り下げます。何しろ、筆者が自分の脚で歩いて集めた現地の姿満載なのです。 まだまだ追加記事を書く予定ですが、書きたいことが多くて手が回らないのが実情です。がまん、我慢。。。

  • 毒ガス検知器

    私が若い頃気が付いたこと、経験したことをエッセイ風に書き上げたものです。話題がほしい方々には有効になるマガジンに仕上げる予定です。一話ずつ書くので「続く」とあるのは終わっていないことを示しています。終われば「完」です。残念ながらあえてアップトゥデイトでないのであしからず。。。

最近の記事

おやじの裏側xxiii (23. 初電話初テレビプロレス)

この記事の前に・・・オレが書いたおやじとオレの呼び名についての記事をこのシリーズの最初に書いておいた。でも、途中からお読みいただいている読者の皆さんには知っていただきたい事柄なので、「おやじの裏側」シリーズの最初「おやじの裏側 i (まえがき)」から最初の部分をコピペすることにしました。今までも時々やっていましたが・・・。本当は「おやじの裏側 i (まえがき)」全部を読んでいただきたいのですが。。。   《これから書く記事(複数)は、皆さんの知らない私(オレ)の父親(おやじ)

    • 旅先で怒られたことある? 4

      「ないわけがない」   これが私の答えだ。   「旅先で怒られたことある? 3」 (2024.10.31公開済み)の中で、Westminster 寺院でのカメラの話(勿論叱られたのだが)を書いたので、カメラつながりで今回の記事を思いついた。   2002年の時だ。 その前年にマンハッタンのワールドトレードセンターがテロ攻撃にあって、崩落した事件があったのはご存じだと思う。マンハッタンに行くたびに上っていたツインタワーだった。     (「世界貿易センタービルで何が?」参照)↢

      • 私は初めてnoteプレミアムに入りました。 他のSNSはやっていないので、コメントを頂けると記事を書く時のヒントなり、参考になるかもと期待しています。 「スキ」、「フォロー」などへのリアクションも作成いたしました。

        • おやじの裏側xxiv (24. 朝ドラ「おむすび」と大水害)

          怖いテレビの映像を見てしまった。 2024年10月終わりから11月初め頃の朝ドラ「おむすび」の中だ。   タイトルの雰囲気からして、ギャルの話題からして、 オレは記事にする気持ちはなかった。   さすがに脚本家はすごい流れで大震災にオレたちを誘った。   オレの娘も当時滋賀県に在住していた。 卒業後にその場所に勤務するようになったのだ。 オレは電話をかけてみた。 電話をかけるにあたっては、少なからず勇気がいった。   娘が電話口に出た時には、ほっとした。 滋賀でさえ、かなりの

        • おやじの裏側xxiii (23. 初電話初テレビプロレス)

        • 旅先で怒られたことある? 4

        • 私は初めてnoteプレミアムに入りました。 他のSNSはやっていないので、コメントを頂けると記事を書く時のヒントなり、参考になるかもと期待しています。 「スキ」、「フォロー」などへのリアクションも作成いたしました。

        • おやじの裏側xxiv (24. 朝ドラ「おむすび」と大水害)

        マガジン

        • エッセイ集
          88本
        • ワクワク ルンルン シリーズ
          59本
        • おやじの裏の顔
          32本
        • New York 見聞記
          22本
        • 毒ガス検知器
          22本
        • 筆者のオリジナル長編物
          9本

        記事

          旅先で怒られたことある? 3

           「ある、ある」   これが私の返答だ。   アメリカだけではない。   イギリスのロンドン。 3年続けて大学生を連れて訪れた。   そのたびに大きく分けて3種類のプログラムだ。 ① ホームステイ ② ロンドン市内見学を自由行動中心に ③ ウィンダミア中心に湖水地方等、ロンドンから離れて行く一日旅行   ホームステイは、土日は一日中ホストファミリーと時間を共有する。 これは引率教員としてはとても重要な時間なのだ。   かっこよくホームステイとしながら、この土日は教員の自由行動

          旅先で怒られたことある? 3

          リスの餌やり 実況中継

          (表紙画像はLAのLa Brea Tar Pits Museumの駐車場の木の中でリス発見)  相当前から考えていたのが、今回のタイトルだ。   それなのに・・・「スズメの餌やり」に先を越されてしまった。 餌を自分の手から相手の口元に持って行って食べてもらえるインパクトは、リスに対するときにも大きいが、スズメの方がより大きいと経験から分かる。   このインパクトの差が、「スズメの餌やり」が先行した理由だろう。   カナダもそうだが、アメリカではリスはどこでも見かけるといって

          リスの餌やり 実況中継

          おやじの裏側xxii (22. 病室でのおやじ)

          オレはおやじに聞いてみたかったことがある。 聞く時間がなかったわけではない。 今更という内容のような気がしていたのだ。 今でもその思いは続いている。 おやじの思っていたことを聞いたところで、それこそ「今更」だ。   おやじが牧師であったことと無関係ではない。 いや、むしろ深い関係があるかもしれない。   おやじにしろ、母親にしろ、毎朝早くお祈りをする姿をオレはしばしば目撃していた。早く目が覚めた時の話だ。   おやじに至っては、朝早く出かけていくことがあった。いや、夕方遅くだ

          おやじの裏側xxii (22. 病室でのおやじ)

          旅先で怒られたことある? 2

          「あるに決まってる」   これが私の答えである。   一人旅は、ある意味、それが楽しいのだ。 その時は少しびくついたりするが、後で考えると人よりも特殊な体験が私の旅を豊かにしてくれるのかもしれない。   LAのUnion Station(ユニオン駅)に行った時のことだ。 Union Stationと言う名の駅はワシントンDCにもあって、利用したことが何度かある。同名の駅はNew Yorkにもある。 私のNew Yorkへの一人旅では、この駅にまず行って、東西の路線の地下

          旅先で怒られたことある? 2

          旅先で怒られたことある? 1

          まえがき「私はおこられたこと、あるよ」   これが私の答えだ。   思い付きだが、思い出しながら再現できれば楽しいかもしれない。   頭の中に思い浮かんだ順番にその記憶を深堀してみたい。   2016年のロサンジェルスへの一人旅の中でそれは起きた。 東京からLAへ1988年に妻を連れてLAに行った時は、アメリカのUnited Airline の国内便で入ったので、私のLA訪問は、日本からは1970年以来だった。 その年はLA在住だった兄が空港まで迎えに来てくれていた。  

          旅先で怒られたことある? 1

          海外での見知らぬ友 6

          まずはホテルの予約から1988年夏。 妻との旧婚旅行。 16日間の北米大陸。 日本出国から日本入国までは18日間。   チケット購入から、 ホテルの予約まで、 私のオリジナル企画。   留守番は高3の娘。 相談したら、 「行ってきたら。    私が一人で留守番をするから」   この頃のホテルの予約は 自分でするには メールというわけにはいかない。 そんなものなどまだまだ先の話だ。 そんなものはまだ未来に出現するからだ。   私は自分で予約するために ハガキに宿泊予定日、到着日

          海外での見知らぬ友 6

          海外での見知らぬ友 5

           (この記事は、「行方不明のスーツケース4‐2」の出だしに次のように書いています。「(この省略した部分は「海外での見知らぬ友 5」のタイトルで書くことにしました」というわけで、その続きを書いています。ちなみに「行方不明のスーツケース4‐2」はすでに公開記事としてアップしています)   長蛇の列は・・・ なかなか短くなってくれない。 後で考えれば、写真でも撮っておけば面白かったのに・・・。 そんな心の余裕があるわけもない。   列に並んでも、そうそう話すことはない。 気が付くと

          海外での見知らぬ友 5

          行方不明のスーツケース 4-2

          長蛇の列は・・・なかなか短くなってくれない。 後で考えれば、写真でも撮っておけば面白かったのに・・・。 そんな心の余裕があるわけもない。   (この省略した部分は    「海外での見知らぬ友 5」のタイトルで書くことにしました。)     なんだかんだ言っているうちに、 時間は午前1時。 そして午前2時にまでなっていた。   さすがの長蛇の列も、前の方が詰まってくる。 うしろを見ると、相変わらずひっきりなしに列が伸びていく。   みんなの疲れ切った顔は、私の顔の伝染の結果かも

          行方不明のスーツケース 4-2

          おやじの裏側xxi (21. 学費との戦い)[「おやじと修学旅行」の続編]

          (この記事は「おやじと修学旅行」の続編として記事にあげました) (この表紙画像は、私のオリジナル・シーグラス・ランプシェードです) 予約奨学金 オレは大学の予約奨学金をもらっていた。 将来教師になるものは、教師になった暁にはその奨学金を返却しなくていい、というなかなか結構なものだ。   卒業してから、その奨学金をせっせと返し始めた。 オレは最初から返すことに決めていたのだ。 そうすれば、オレが返し終わった時に、国の奨学金の人数がオレの分、一人多くなると何故か子供じみたことを

          おやじの裏側xxi (21. 学費との戦い)[「おやじと修学旅行」の続編]

          行方不明のスーツケース 4-1

          (表紙のスーツケースは以前壊されたもの。ただし、アメリカではカギをしないことを推奨されるようになって、私はそれを守っている。推奨される直前に旅行した時に壊れてしまった。私は中身を盗まれて経験はない) トロント私が生まれて初めて、トロントを訪問した時のことだ。   そこには私が高2の担任をした時の教え子が住んでいた。 2015年の7月のことだ。   彼女は息子が二人いる。その子供を引き連れて私が以前住んでいたマンションを訪ねてくれた。   私がカナダで訪れたことがあるのは、そ

          行方不明のスーツケース 4-1

          おやじの裏側 XX (20. おやじと修学旅行)

          オレは小・中・高と修学旅行の経験がない。 時代的に考えてみて、小学校では修学旅行がなかったような気がしている。   とは言え、中学と高校では確かにオレは修学旅行に参加していない。 学力別クラス分けオレの中学は、一学年10クラスで各クラス60人近く在籍していたので、学年で約600名いたことになる。   中学3年になると、朝と放課後に高校入試に向けた課外授業が実施されていた。勿論強制だ。費用は無料だから、全員が出席した。オレももちろん出席だ。   これがなかなか面白い。 中間試

          おやじの裏側 XX (20. おやじと修学旅行)

          スズメの餌やり in Battery Park, Manhattan

          最近のある夕食後、久しぶりに頭の中を整理するためにNew York訪問時の(自分で写した)全ての画像(静止、動画からの静止)を流してみた。大量にあるので、本当に流しただけだ。   その中で、忘れていたわけではないが数年ぶりに見た映像が入った。 それはマンハッタンの「バッテリーパーク」での休憩時に写したものだ。 自分一人で行った時の映像なので、思い当たる年は2015年だ。2002年にも一人旅だったが、その目的は明らかだ。「9.11」が前年だったので、その復旧具合を自分の目で見た

          スズメの餌やり in Battery Park, Manhattan