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旅先で怒られたことある? 1

まえがき

「私はおこられたこと、あるよ」
 
これが私の答えだ。
 
思い付きだが、思い出しながら再現できれば楽しいかもしれない。
 
頭の中に思い浮かんだ順番にその記憶を深堀してみたい。
 
2016年のロサンジェルスへの一人旅の中でそれは起きた。

東京からLAへ

1988年に妻を連れてLAに行った時は、アメリカのUnited Airline の国内便で入ったので、私のLA訪問は、日本からは1970年以来だった。
その年はLA在住だった兄が空港まで迎えに来てくれていた。
 
もっとも、私はそれまでも私が立ち上げたホームステイプログラムのために、生徒たちを連れてアメリカに行くときは、大概はLAで入国審査を受けて2,3日滞在してから目的地に行っている。LA出ないときはサンフランシスコから入国していた。どちらにしても、空港から貸し切りバスでの移動なので、殆ど何もしないでホテルまで行けるのだ。
 
ところが2016年にはどこでどうしたらいいのかが分からない。空港から駐車場までの無料リムジンで行き、終点で隣にあるバスターミナルから地下鉄に向かう、と物の本に書いてあった。
 
ようやく駐車場行のバス停を発見して、書いてあった通りに終点に着き、隣のバスターミナルらしき場所を発見。
 
2番乗り場だったか、2番の路線だったか覚えてなどいない。
 
私は旅行本(大抵の場合は『地球の歩き方』)を出かける前にその部分だけ切り離して利用するのだ。
そして、旅行から帰宅するとその本を処分してしまうので、後で見返したくても手元にはない。バラバラになった本などに興味はない。
 
バスで降りる場所では、心配していた割には意外と無事下車をした。
そこからは地下鉄に乗りさえすればホテルまでは乗り換えながら行くことができるからまずは安心だ。

この地下鉄駅からハリウッド地区のホテルへ
踏切の向うに帰国の際のバス停があった

スーツケースを引っ張りながら、地下鉄の駅を確認してから、一応確認作業をしておくことにした。
 
何の確認作業かと言うと、帰国時に同じ地下鉄駅で下車をしてから、バスに乗り換えなければ空港に行くことができない。
タクシーに乗れば問題ないのだが、私はできるだけバスを使用したかったのだ。それが私なりの海外旅行のあり方なのだ。アメリカのタクシーは私には安く感じている。でも苦労した旅行は記憶に深く刻み付けることがたくさんできるのだ。
 
さっき下車したバス乗り場とは異なる場所にあると推察して、反対方面を探していると、そのバス停が見つかった。
これなら何とかなると確信できたので、また地下鉄駅に戻ったらすぐに電車がやってきた。
この駅は地上部にその駅があるので、かなりの安心感が持てる。
 
1週間だったか10日だったかの乗り放題チケットはその駅で購入済みだ。
 
それからのLAでのプランを終えて、いよいよ日本への最後の旅が始まる。
私が(案外)一番緊張する時間帯に入る。
 
私の海外での一人旅の最後の日は、安全面を考慮してホテルをゆっくりとチェックアウトできるように時間を使う。
この旅でも、昼過ぎにホテルを出た。
フライトは夕方かそれ以降に離陸したはずだ。
 
滞在中バス路線にも慣れ、地下鉄も問題なく移動手段としていた。
そして無事にLAに着いた日に最初の地下鉄の駅で下車したその駅まで来ることができたのだ。
 
あとは、そこからバスに乗り換えて飛行場の駐車場まで行って、そこから無料バスで空港まで行くという手はずだ。
 
実はうっかりしてバス路線の番号をチェックするのを忘れてしまっていたことに気が付いたが、やや遅きに失したことに気が付いたのだ。
と言うことは、不安が心の中に湧き上がるのだ。
 
そこでバスに乗る前に、ドライバーにそのバスが私の目的地に行くものかどうかを聞くことになる。
女性ドライバーだった。

女性バスドライバー

1970年にミシガン大学に行った時、授業の一環としてバスツアーが計画されていた。数台を連ねて行ったのだが、私たちのクラスが乗ったバスのドライバーが女性だった。
 
当時、日本ではバスのドライバーが女性と言うことは経験がなかった時代だ。
 
彼女は自信に満ちて運転していた。
ところが、途中でバスの調子が悪い。
私たちの乗ったバスだけが途中で停止して点検が始まった。
トランシーバーを使う時代だ。
 
トランシーバーのおかげで
他のバスが戻ってきた。
そして他のドライバーがバスの点検が始まる。
意外とすぐに解決して、無事目的地に着いたのだった。
 
田舎のこととて、バスが集合してきても
十分のスペースだ。
目的地自体はどこだったかもう忘れてしまっている。「もう」と書いたが、今から50年以上も前のことだから、忘れて当然だ。
 
そういえば、ミシガン大学では、あちこちにバス旅行が企画されていた。
 
LAの女性バスドライバー
 
さて、LAの女性バスドライバーの話に戻る。
 
乗り口の段に片足だけ乗せて、
ドライバーに聞いてみた。
 
「このバスは空港の駐車場まで行く路線ですか?」
 
この女性ドライバーは機嫌が悪かったに違いない。
 
「心配なら乗んなさんな」
 
えらい剣幕だ。
 
私は慌てて乗り放題チケットを見せて乗り込んだ。
彼女は何かぶつぶつ文句を言い続けながらバスを動かしていた。
 私が慌てたのには訳がある。

バスドライバーと客のケンカ in ダウンタウン LA

この数日前に、私は「la brea tar pits Museum(ラブレアタールピッツペイジ博物館」(「ロサンゼルス郡美術館」が隣接している)に出かけた。
兄に連れて行ってもらったこの場所で、もう一度都会の真ん中に姿を現したマンモスの化石とその発掘現場を観察したかったからだ。
 
ホテルから南北に走る路線に乗り、ウィルシア ブルバード(Wilshia Blvd)で東西線に乗り換えたのだ。

(ちなみに、この記事の表紙の地図にWilshiaという駅があることが分かる。同じ地図内に〇で囲んだ駅名があるが、ホテルのある場所だ)
 
このバスも女性ドライバーだった。
私はドライバーに話しかけやすいようにすぐ近くの席に座る。
ところがそんなことが叶う雰囲気ではなかったのだ。
乗ってすぐに男性の乗客とドライバーが大げんかなのだ。
 
「あんた、何をぼやぼやしてたのよっ」
 
「ボタンを少し遅く押したくらいでその言い草はないぜ」
 
ここから口げんかが始まるのである。
ドライバーはめんどくさそうに、バスの中ほどの降り口をガタゴトと音を立てながら運転席でギアを動かす。
 
「何だお前は~っ。静かに開けろよ」
 
「文句があるんか、酔っ払いのくせして」
 
そうなのだ。客は相当酔っぱらっていたのだ。
彼は降りると運転席側に来て、文句たらたら大声で言うのだ。
バスの中は、どちらにも味方できない雰囲気で首を振ってお互い顔を見合わせる。
私も近くのおばさんと目が合ったので、肩をすくめて見せた。
 
ドライバーはよほど頭に来たのか、身振り手振りでその怒りを外にいる客に向かって汚い言葉を投げつける。
聞いているこちらも気分が悪くなりそうな勢いだ。
 
とは言え、バスは走らせなければならず、最後の強い言葉を酔っ払いに吐きつけてドライバーはバスを走らせた。
 
私はこの時のことを、帰国のための最後のバスの中で思い出してしまったのだ。
 
いくら何でも「心配なら乗んなさんな」などと言われて降りるわけにはいかない。
時間は十分とっていたとはいえ、海外旅行の帰りはできるだけの時間的余裕をもって空港についていなければいけないのだ。一人旅の当たり前なのだ。
 
バスに乗り込んでから、再度聞いてみた。
 
「さっきからそこに行くって言ってるだろう」
 
ドライバーとはケンカしたくないに決まっている。
 
LAに到着して最初に乗ったバスの窓外の景色を思い出しながら、外の景色を見ていた。覚えているわけがない。
 
私は日本にいても大都会のバスに乗ると、路線が間違っていないか不安になるほどだ。要するに方向音痴なのだ。家族がそれをしっかりと確信しているのだ。勿論、自分も確信している。
 
しかし、私は海外旅行で道に迷ったりしたことはほとんどない。ただ、バスは苦手なのだ。バス停に停留所の名前など書いていない。日本のバス停のように次のバス停の名前まで書いたりしてくれていない。
 
だからと言って、ドライバーに叱られるのはたまったものではない。
そう思うと、乗客に聞いてみたくなる。
ところが、彼らは意外と空港に行ったことなどないのだ。その辺の買い物客は海外旅行は夢なのかもしれないのだ。
 
と言うわけで、私は怒られようがどうしようが、乗るときにドライバーに確認することを忘れない。
 
おかげで毎回無事に帰国できている。そして、余分の経験を蓄えてきたのである。


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