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馬日記・その16

 テントで目が覚める。さあ、ついに、僕にとってのHorseCaravanの旅が始まる。

 しかし、ぼくは、まだ自分の馬を持っていない。そのことに心配していたのだが、今ぼくたちがいるコスタリカのこの地域は、牧畜が盛んな所で、至る所に牧草地帯が広がっていて、牛の姿を目にする。そして、牛を管理するためなのか、牧場主が馬を何頭も飼っている。そんな場所を通り中がら旅をしていく過程で、まだ足りていない頭数分の馬を探して行こうという、ヨヨの考えだ。そうだよな、これだけの人数分(20人近くかな?)の馬を一気に集めるのは、とても労力がいる。実際、2ヶ月も前のRainbow Gathering の頃から、Horse Caravanの準備を始めていたのだから、なかなかに大変なことだ。 馬が揃うのを待つよりも、とにかく旅を初めてしまおうというのも、なかなかに、すごい。

 そんな僕に、昨日の晩からヨヨは、「たくやにぴったりの、白いアンダルシアンの馬が近くのFinca(農場)にいるぞ。明日もCaravanはここに滞在するから、明日、その馬を一緒に見にいこう」と言ってくれていたので、楽しみにしていたのだが、朝一番にヨヨが「今日は移動だ!」と大きな声を出しているのが聞こえてきた。「あれ!?」と思うが、まあ、こういったヨヨの言動にもだいぶ慣れてきた。Caravan 全体のことを考えて、そう言っているのだろう(と、納得しようと自分に言い聞かせる)。

 〜 ヨヨはイスラエルとアルゼンチンのハーフの男性である。文化の違いなのか、彼の言動に戸惑うことが多々だったのだが、他のメンバーにもたくさんのイスラエル人の仲間がいたし、南米、中米、アメリカ、カナダ、オーストラリア、そしてヨーロッパの国々の人々(他の国の人たちもいたっけ? とにかく、世界中の人たちだ)が一堂に集まってこれだけタイトな関係性で、日々、しかも、馬!で旅を一緒にするというのは、なかなかに過酷で肉体的・精神的余裕がない状況が多い。そんな環境において、個人の価値観や、物事を実行に移す手段の違いを、受け止め合いながらチームを作っていくという作業の日々だ。この人間関係が、僕にとってHorse Caravan で一番しんどかったことだし、一番学んだことだ。おかげで、それまでのいわゆるバックパッカーでだいぶ喋れるようになっていたと思っていた僕の英語なんて、浅はかな表面上を撫でるコミュニケーションしかできていなかったことを実感した。そして、「この旅の仲間たちとの関係性では、もっと英語で自己主張をできるようにならなければダメだ」と痛感し、より自分の考えを伝えるための手段としての英語を、身につけていったものだ。また、現地語のスペイン語も同じくに必要性を痛感し、その後の旅の過程で随分と話せるようになった。〜

 みんな、出発の準備を始めている。僕が日本に帰っている間にHorse Caravan がスタートしてから、数週間が立つのだろうか。もう、みんな慣れた様子である。まあ、それもそうだ、ここの仲間たちは、みんなRainbow Gathering から集まった人たちなので、こんな野営暮らしが当たり前といった人たちなのだ。ヨヨが、僕が今日一日乗るための馬を貸してくれた。昨晩、僕をバス停まで迎えに来てくれた時にヨヨが乗っていた、茶色のアラビアンの若い馬だ。荷物は、なるべく軽くするために地元の人のトラックをチャーターして、そこに乗せて今晩の野営地まで送ることになっていた。本当は、全部馬だけの移動にしたいのだが、まだパックホース(荷物を乗せる専用の馬)まで頭数が揃っていないのだ。ぼくは、バックパックをトラックに載せたものの、ディジュリドゥは背中に背負っていくことにした。もう、手放すのが心配だし、トラックの荷台にバンバンと荷物を載せていく様にちょと繊細な楽器の安否が心配になったのである。

 南米の馬旅からのメンバーでもあるルーシーに、道具や乗り方を少し教わった。ドレッドの髪に、いつもシンプルな生成りの服を身に纏っているルーシーは、本当に格好良い女性である。オーストラリア出身の彼女もまた、ずっと旅をしている旅人だ。キャラバンのメンバーのひとりひとりはとても魅力的なひとばかりで、それぞれの今までの人生の話を聞いてみたい。

 さあ、馬に乗って、いよいよ出発だ!就職活動するかしないかなど迷いに迷って、ぼくはHorse Caravan を選んで、それがついに始まったのだ!やったぞ!
 
 ヨヨが貸してくれた、アラビアンの馬は、とても若く、走るのが大好き馬だった。ぼくも、なんだかはじめから上手に乗れたもので、とても楽しくて嬉しくて、たくさん、たくさん、馬を走らせた。赤土の田舎道に、砂埃が舞い、道の遠くには蜃気楼が見えるような、暑い暑い日だった。

 ぼくは、走ることに随分と夢中になっていたし、馬に乗って旅することの快感に酔いしれていた。仲間の数人と並走して、どんどんと道を駆け抜けていった。しかし、そんな初日の浮かれた気分もわずかばかりのことであった。ぼくは、落馬して、大怪我をした。先を走る一頭の馬を、全力疾走のままに脇から追い抜こうとした瞬間のことである、馬が横に跳ねた時に、サドル(鞍)がガバッと外れて、次の瞬間には、顔面を思いっきり地面にぶつけていた。地面に顔をぶつけた瞬間は、痛いというよりも、「あ〜、やってしまった」との気持ちだった。地面に落ちて、勢いのままにぐるぐると地面に転がった。しばらくうずくまりながら、自分の状態を観察していた。大丈夫、顔面は骨折してなさそうだ。傷はどんなものか、、、。顔をあげて、周りの景色に目をやると、ぼくが乗っていた馬も驚いたように、落ちかけたサドルを背負ったまま、少し先で止まっていた。みんなが、「大丈夫か?」と近寄ってくる。



 
 「はあ」、ぼくは、初日からこんな大怪我をしてしまったことに、恥ずかしく思った。顔の傷に、まさにみんなに合わせる顔が無い気持ちである、、、。
 
 ぼくは、走ることばかり夢中になっていて、意識は、自分と馬にしかなかった。しかし、道具のことにも注意を払わなければいけない。あれだけ、たくさん走って、サドルの腰ベルトが緩んでいたのだ。まあ、もともとの知識がないのだから、注意も十分に払えなかったのも致し方ないことか。しかし、しかし、この傷の代償に、十分な経験からの知識を与えてもらった。日々、学んでいこうではないか(どこまで身が持つかしら、との心配もありながら・・・)。

 ヨヨも後ろから追いついて来て、「たくや、大丈夫か?」と心配してくれた。そして、「うん、いいぞ!半日で、もう勇者の出立ちのようだぞ」と茶化してくれたおかげで、なんだか自分の申し訳なさの気持ちの所在を見つけることができた。そして、「こちらの馬の方が、シャンティ(落ち着いている)かもしれない。馬を交換しよう」と言って、ヨヨが乗っている馬と交換をしてくれた。しかし、ぼくは、馬に乗らず、馬の手綱を引きながら歩いて、その日の残りの行程をカバーした。ぼくのイメージだと、馬はひたすらに走るものだと思っていたので、馬の背に乗ったら、もう自動的に全力疾走なものかと思っていたのだ(そうか、きっと、いままでの馬の知識が、TVの競馬の光景しか知らなかったからだろう)。けど、このHorse Caravan の旅では、馬に乗ってもトコトコ歩かせたり、降りて一緒に並歩するのがメインのようだ。馬だって、こんな一日中の移動は疲労が激しいようだ。競馬の短距離走じゃないのだ・・・。ぼくは、どこか馬を機械の車のように考えている節があったようだ。こんなところからも、学んでいかなければ・・・。

 コスタリカの日差しは、とにかく強い。少し、熱中症の症状を感じる。移動の合間、合間に口にした水が本当に美味しかった。

 夕刻になり、やっと今晩のキャンプ地に到着。とても疲れている。馬での移動疲れよりも、熱中症の体力の消耗だ。はあ、なかなかの旅の始まりの一日となったものだ。

 今日学んだことは、馬と自分だけでなく、サドルやブーツなど、道具のことにもしっかりと注意を払わなければいけない。それにしても、学びの代償にとてもひどい顔になったものだ。


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