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【商業BL感想】明け方に止む雨  草間さかえ

【旧ブログより】
2017年6月23日 (金)

シンプルなのに緻密。海外の短編小説のような空気感。

【あらすじ】
大きく分けて2つの話からなる短編集。
前半の、表題作を含む現代日本の2CPをメインとした話と後半の近代(に見える)イギリスらしき外国の画家の話。

〈夜更けに花降る〉〈小夜啼鳥の夜〉
マンションの隣室に住む高夫が、大麻を吸っているのではないかと疑う生真面目な裁判所事務官・山田は、証拠をつかむため高夫に近づくのだが…

高夫×山田

〈明け方に止む雨〉〈少し戻って〉
弟の自殺の原因を探る、裁判所書記官・里村は、弟の件を担当した刑事の結城に協力を仰ぐ。自殺の本当の原因を知る結城は、それを里村に隠したまま協力を続けていくが…。

結城×里村

〈歌わない鳥〉〈風景画家と肖像画家〉〈鳥と木〉
殺人者の孫という理由で、村はずれで独り暮らす画家のアーサーと画家になりたいのに絵を描くことを家族に反対されている農場の三男・ジョゼが、祖父の遺した絵の謎を解き明かして…

ジョゼ×アーサー

【感想】
空気感。敢て行間を埋めない勇気を“センス”とか“才能”というのだろうか。

正直最初は物足りなく感じた。しかし、2度目からはこの話はこれでよかったのだと納得できた。この物語をもっと読みたいという感情はもちろん残ってはいるけれど、腹八分目がちょうどよいと言われるように、余地を残して終われる幸せもあるのだと思う。

最初の大麻がらみの話は、ネタバレしてしまうと生真面目な山田の誤解だったのだけれど、山田の、ともすると滑稽にうつってしまう生真面目さや実直さに高夫が癒され、惹かれていくのがわずかな描写ながらもきちんと読者に伝わってくるところがすごいと思った。

表題作の、弟の死を受け入れられない兄・里村の苦悩と、真実を知りながら伝えられず愛してしまう刑事・結城の話が切ない。

里村は現実主義者でプライドが高く、結構やっかいな人だと思うけれど、弟がゲイだとわかると、弟の気持ちを知りたいからと男と致してみようという発想には驚いた。しかも、自ら「受け」を選択するところも。
結城とは体格差があるので、合理的な選択だったのだろうとは思うけれど、突拍子もなく摩訶不思議に見えるのにある意味筋が通っている里村の思考回路が面白かった。そしてさらっと結城に「来てくれてよかった」と言ってのける魔性さもまたやっかいだ。

あと「熊(くま)」というセリフが突如出現する、ある意味雰囲気をぶち壊すやり取りも忘れられない。(なぜここに「ぶっこんだ」のか知りたい!)

後半の画家の話も緻密で見事だと思う。

生まれた環境のせいで思うように生きられないあきらめと、同時にある「絵を描く」という救いが二人を結び付けていき、やがて逃避行へと至る不運な出来事。全体に漂う空気は海外の短編小説を読んでいるかのよう。現代では感じられない薄明かりのだけの夜の情景が目に浮かぶ。

書き下ろしの「鳥と木」では、アーサーのおそらく人生ただ一つの後悔であろうと思われる、少年・ポールとのその後が描かれていて、ジョゼとポールにとっての救いの話。
逃げた先でも「兄弟」と偽って生きるジョゼとアーサーが生涯添い遂げるであろうと思わせてくれているのも救いだと思う。
この書き下ろしがあってくれて読者の私も救われた。

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